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壮大な世界の物語~絶望の果てで、少年は勇者になる~  作者: おう
共和国遠征編

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第二章第二十一話『撤退戦④』

 

 「主戦力はもう撤退した。後は君と殿の常世隊長だけだ」

 「待ってくれ主戦力ってことは、他の出雲城にいた人たちは?」


 二人の手を借りながら撤退したユダ。

 冷静沈着なアルスはこの移動の中で、彼が知る限り全ての情報をユダに伝えていった。 


 「…まだこの城に取り残されている」


 アルスのその言葉は、冷たい氷水のようにユダの全身を駆け抜けた。


 「……取り残されてる? 嘘だろ、アルス」


 ユダは二人の肩を借り、引きずるように足を動かしながら聞き返す。視界の端では、崩落した天井から火の粉が舞い、城全体が断末魔のような軋み声を上げている。


 「嘘じゃない。大罪教の無差別攻撃で、脱出経路の半分が断たれた。手の届く範囲の人は救った……それでもまだ、下層の救護所や独房エリアには、動けない負傷者や職員が残っているんだ」


 「だったら!!」


 ユダは「だったら、その人達を助けないといけないだろ!!」と叫ぼうとしたが、途中に口を閉ざした。叫ぼうとした言葉が、喉の奥でひきつれたように止まったのだ。


 目の前のアルスの、凍てつくように冷徹な、それでいて今にも砕けそうなほど悲痛な瞳を見てしまったからだ。


 「……分かっている。分かっているさ、ユダ。だけど、僕たちの『主戦力』はもう、今直ぐ救うことを捨てたんだ。だってしょうがないだろ! 今ここで撤退して状況を立て直さないと、救える命は救えなくなるんだよ…」


 アルスは泣いていた。

 彼はこの三人の中で一番状況をよく見て、最善手を理できる人間だ。だからこそ、最善とは何かを誰よりも理解し、その裏側に積み上がる切り捨てた命の重さを、誰よりも鋭く感じていた。


 「――」


 フェリスは押し黙っていた。

 いつもお調子者の言葉では彼を楽にできない。それを理解している彼は、自分がどんな言葉をかけられるのか分からず口を閉ざしている。


 「クソが…」


 ユダは短く悪態をついた。

 今のユダは戦うことはおろか、まともに歩くことすらできていない。だから場内に巡回している屍兵の対処は二人に任せてしまっている。


 そんな身分で他者を助けようとした自分に嫌気が差した。


 (俺が強かったら…!!)


 いくら強くなろうとも、そういった後悔はずっと残っていた。

 それからしばらく。


 城内をアルスとフェリスの手助けのもとユダは脱出した。

 最低限の戦闘で地獄のような城から逃げれたのも、隠し経路を知ってくれていたおかげだ。


 城から脱出しても、まだ気は抜けない。


 今のところ大罪教の手は出雲城にしか及んでいないが、いつ城下町や他の場所に及ぶか分からない。


 「これって結界か…?」

 「うん、マナ副隊長が展開しているものなんだ。人以外の物体を外部に漏らさないようにしている。だから魔術なによって城下町の方に危険が及ぶことはない…はず」


 ユダの感じた魔力の流れは、マナによる結界魔術だった。


 人以外の物体を外部に漏らさないように、というのは撤退して状況を立て直している主戦力が再び場内に行くときのためだろう。

 

 下手に人の出入りをも禁じると、また攻め入ることが難しくなる。


 しかしそれは大罪教の戦力が城下町に容易に攻め入ることが可能なことも示しているが。


 「それは大丈夫だよ。大罪教はまだ城でやるべきことがある」

 「やるべきこと? 城を掌握して戦力をどかして、これ以上にやることあるのかよ?」

 「あるじゃないか。出雲城によって守られている、見ただけで分かるとんでもないものが」


 そうやってアルスは語っていくが、ユダには一切の心当たりがない。しかしアルスがそう言っていくということは、ユダも知っている代物のはずだ。


 ならばとんでもないものとは一体――


 「『神櫻』だよ」

 「っつ!!」


 確かにと、ユダはさしたる根拠もないのに納得した。


 「けどこれが本当か確かめるためには、早く『隠れ家』に行くよ。頑張ってユダ、あともう少しだから!」


 「そうだぜユダ! 今頑張らないとお前の女とっちまうぞ!!」




 ―― ―― ――





 「着いたここが隠れ家だよ」


 そう言って案内されたのは、出雲城から離れた場所にある森。


 「……森? 隠れ家っていうから、もっと地下の秘密基地みたいな場所かと思ってたぜ」


 ユダは肩を貸してくれているフェリスの体温を感じながら、目の前に広がる深い緑を見上げた。

 出雲城の喧騒と硝煙が嘘のように、そこには静謐な空気が流れている。だが、ただの森ではない。木々の間を縫うように流れる魔力の質が、明らかに下界とは異なっていた。


 「ここには強力な隠蔽結界が張られているんだ。大罪教の探知網からも外れている、いわば空白地帯だよ」


 アルスが特定の巨木の根元に手を触れると、空間が水面のように揺らぎ、木々の隙間に一軒の古びた、しかし頑丈そうな石造りの館が姿を現した。


 アルスが扉をノックすると、扉が開けられて副隊長マナ・イハートが姿を表す。


 「ユダちゃん!!」


 ユダの顔を見るなり、マナは大粒の涙を浮かべながらユダに抱きついた。


 「マナ副隊長、苦しいですって……!」


 不意に飛び込んできた柔らかな温もりと、鼻を突く清潔な石鹸の匂い、そしてそれらを上書きするほどのマナの嗚咽。ユダは骨身に染みる激痛に顔を歪めながらも、彼女を突き放すことはできなかった。


 「よかった……本当によかった……! ユダちゃんが戻らなかったら、私、常世隊長ちゃんに合わせる顔が……ううっ」


 「……泣かないでくださいよ。俺、これでも強いんですから」


 冗談めかして言った言葉も、今のユダのボロボロな姿では説得力がない。フェリスとアルスが苦笑しながらユダをマナから引き離し、ようやく館の中へと足を踏み入れた。


 館の中に入った時、ユダに最初に伝えられた情報は、血の匂いだった。廊下には、出雲城から脱出できたわずかばかりの兵士たちが力なく座り込んでいて、負傷兵を癒すように衛生兵が慌ただしく動き回っていた。

 

 ツンと鼻を突く消毒液の臭いと、鉄錆のような血の匂いが混ざり合う。

 華やかな出雲城の面影はなく、そこにあるのは敗走の傷跡を必死に繋ぎ止めようとする、泥臭い戦場の延長線だった。


 「……マナ副隊長。和葉さんは?」

 「奥の部屋にいるよ。精神的な消耗と魔力の枯渇で眠っているけど……命に別状はないよ。安心してね」


 マナが涙を拭い、ギルドの隊員としての表情を取り戻しながら答える。ユダはその言葉に、張り詰めていた糸がふっと切れるのを感じ、壁に背を預けてずるずると座り込んだ。


 「ユダちゃん!!」

 「「おいユダ!!」」


 マナと友人二人が過剰な反応を示した。

 

 「……悪い、ちょっと、一息つかせてくれ」


 ユダは力なく笑って、肩を揺らした。

 ザインとの死闘、そして崩落する城からの脱出、それらの反動が今になって鉛のような重さとなって全身を圧している。

 

 マナが慌てて膝をつき、ユダの胸元に手をかざした。


 「今すぐ回復魔術をかけるから!!」


 マナは顔に焦燥感をにじませながら、ユダの胸の方に手をかけて回復魔術を発動した。

 淡い光がユダを包み、ユダは呼吸が楽になっていくのを感じた。


 「……ふぅ、助かる。ありがとう、マナさん」


 マナはユダの胸元から手を離さず、震える声で呟いた。


 「あと少しでも回復魔術が遅かったら死んでたかもしれない。ごめんね、本当にごめんね…!!」


 必死に感情を堪えていたのだろうが、言葉を話すごとにマナの隠していた弱さを見えていった。


 「ユダ殿。ご無事でなによりです」

 「桜花将軍!?」


 姿を見せたのは『将軍』桜花。

 

 「桜花将軍……! ご無事だったんですか……!」


 ユダは驚きに目を見開いた。煤に汚れながらも、そこに立つ彼女の眼光は未だ衰えていない。出雲の頂点に立つ者が生存している事実に、館の中にいた兵士たちの間にもわずかながら活気が戻る。


 「……左様。多くの忠臣を失い、無様に生き恥を晒しておりますがな」


 桜花は静かに、しかし重い悔恨を滲ませて答えた。彼女は廊下に座り込む負傷兵たちを一瞥し、それからユダを真っ直ぐに見つめた。


 「ユダ殿。和葉は治療が済み、動けるようになっています。貴方が連れ出したお陰です。心より感謝いたします」

 「……俺は、ただ……」

 

 ユダは言い淀んだ。助けたかった人たちの顔が浮かぶ。救えなかった命の重さが、今も胸の内でくすぶっている。


 「あなたの気持ちは十二分に理解しています。残してきたものを救うためにも、今一度力を貸してください」

 「勿論です!」

 「奥の部屋で作戦会議をしています。加わっていただきたい」

 

 直ぐにそうしたいが、足りない人がいた。

 そう、ユダ達を撤退するために殿を努めている常世だ。


 彼がいないとギルドは纏まらない。最悪の可能性が頭を過ぎり、ユダの口が重くなる。


 「……常世隊長は…?」

 「あれ程の猛攻です。…残念ですが死亡したと考えるのが妥当かと」

 「そんな! まってください!!」


 ユダが糾弾しようとしたとき、扉が開く音がした。

 身構えようとしたとき、目に映ったのは懐かしい顔。


 「常世隊長!!」

 「すまない。死に損なった」


  扉の陰から現れたその人――常世隊長は、立っているのが不思議なほどボロボロだった。自慢の隊服は焼け焦げて千切れ、剥き出しになった肩口からは絶え間なく鮮血が滴っている。しかし、その瞳に宿る、全てを射抜くような鋭い光だけは、死の淵を覗いてきた者のそれだった。


 「隊長ちゃん!!」


 マナが弾かれたように駆け寄り、常世の体を支える。常世は「必要ありません」と短く突き放そうとしたが、その声にいつもの張りはなく、膝がガクリと折れかけた。


 「感謝します副隊長。憤怒の罪人に魔龍、そして咎人二人と相対しました。やはり無傷とは行きなかったですが」

 

 「……おかしい、いや生きていて良かったです」


 ユダは呆れたような、それでいて心の底から安堵したような溜息を吐き出した。

 憤怒の罪人に魔龍、さらには咎人二人。地獄の詰め合わせのような絶望的戦力を一人で引き受け、生還してみせた。その執念と強さは、もはや畏怖の対象ですらある。


 「常世殿、十分な休息を与えることができず申し訳ありませんが、奥の部屋で行われている会議に参加してほしい。ギルドの代表として」

 

 「了解です」


 こうして常世、ユダ、アルス、フェリスは会議に加わるのだった。


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