第二章第二十話『撤退戦③』
「ミカエルさん本当なのかよ。次代の『勇者』の人が直ぐに死なないように、『勇者』の権能に封印を施すって…」
「それが一番次代の生存確率が高い。勇者の権能をそのままにしておくと、奴らは生まれた直後に権能に気付き、赤子のうちに殺しにくるだろう」
(まてまて、なんだこれ。 俺はこの人たちを知らない。これはいつの記憶だ? いや、俺じゃない記憶の可能性も…)
「っつ。アル、どうやら誰かが私達の会話を観ているようだ」
「もしかしてあいつらが…!!」
「いや、違う。過去、或いは未来の権能者だろう。…観ている君のために状況を説明する。暦で説明するのは難しい故、三界戦争から何年経ったかで年を教える。今は三界戦争からちょうど千年の年だ」
(ってことは今から百年数十年前か…。だったらこのミカエルさんは俺の前世?)
思考が加速する。普段ならありえないと一蹴するような事象だが、
「私は今から大罪教との決戦に挑んでくる。だが恐らく、私では大罪教を完全に倒せない。恐らく、大罪者と相打ちになるだろう」
(やっぱりこの人は俺の前世のミカエルさんだ!!)
ユダの知っていた情報が完全に一致した。
アルデバランが言っていた。ユダの前世は大罪教の主にて権能者である大罪者と戦い、相打ちとなって死亡した。
そしてミカエルが話していた赤髮の少年。ミカエルの発言的に彼こそが、ユダを導いてくれた『ギルドマスター』アルデバランの過去の姿なのだろう。
(ギルドマスター、『聖獣』フェニックスのお陰で不老不死って話だったもんな。多分この数年後に魂に聖獣を宿して、不老不死になるんだ)
「未来の君。もし君がこの記憶に触れているのなら、それは君の『封印』が一時的に解け始めている証拠だ。……感情が大きく揺れているか、死にかけているか。どちらにしろそれは望ましいことではない。正規の手段で封印を解かずに使用した場合、君は権能に呑まれる。それでも君は『権能』を使うのか?」
ミカエルの目は鋭かった。
ユダのことなんて見えないはずなのに、その双眸はユダに自身の覚悟を問いかけているようだった。
「俺は皆の所に戻らないといけないんだ。だからそのためなら、どんな危険性があっても使う!」
ユダは覚悟を口にした。
「そうか…アル。君に託す次代の勇者は、私のことなんて優に勝る『勇者』だ」
「はっ! 冗談はよしてくれ。最強のミカエルさんより強い存在なんて生まれるはずないだろう!! だからミカエルさんは大罪者なんかに負けない」
若かりし日のアルデバラン――アルが、強がりのように、けれど震える声でそう告げた。その瞬間、ユダの視界を覆っていた過去の残滓が、ガラスが砕けるような音を立てて霧散する。
(……託されたんだ。俺は、俺の前世に)
何のために託され、何のためにアルデバランは命をかけたのか。ゆだはまだ全てを知らない。
けど、
(俺は『勇者』だ。だから――)
魂に宿る『勇者』の権能。そしてそれを縛る封印が一時的に解ける。
次いでユダの髪が蒼く、そして淡く発光した。それと同時にユダの自意識は沈む。
「おいおい! そいつは冗談だろう!!」
見た目の変化だけではない、何か形容できない変化を感じてザインは焦燥を顕わにする。
そこから一瞬だった。
――一切の動作をすることできず、ザインは倒された。
『ユダ。これは君の物語だ。だから君が歩め』
ユダの口から出たのはユダではない誰かの言葉。
ユダが満足気な顔すると、白銀の髪の淡い発光は収まり、ユダは自意識を取り戻した。
(……勝った、のか……?)
ユダは震える手で、何もない空間を見つめた。
ザインの体は見つからなかった。崩落に巻き込まれて、どこかに落ちたのかもしれない。どのみち彼はもう戦える体じゃないはずだ。
わざわざ探して、確実に殺す必要なないはずと、仲間との合流を優先するユダは考えた。
「……戻らなきゃ……みんなの、ところに……」
壁を伝いながら、ユダはふらつく足取りで歩き出す。
「アルス、フェリス。マナ副隊長、常世隊長。それに皆…」
今のユダにとって仲間が精神的な支えだった。
歩くのに伝う壁が必要なように、仲間の名前や思い出が必要不可欠。
「くそ、眩暈が…」
眩暈とともに、視界がぐにゃりと歪む。
さらに最悪。
「――っ、しまっ!」
内臓を焼くような眩暈に襲われた瞬間、足元の石床が無情にも崩れ去った。
視界が上下に揺れ、体が重力に引かれる。ユダは反射的に右手を伸ばした。
ガリッ、と指先が硬い感触を捉える。
「ぐ、うぅっ……!!」
間一髪、まだ崩落を免れていた床の端に指をかけ、ユダの体は宙吊りになった。
指先に全体重がかかり、爪が剥がれそうなほどの激痛が走る。下を覗けば、底の見えない暗闇が口を開けており、崩れた瓦礫が音を立てて奈落へと消えていくのが見えた。
「はぁ……はぁ……、笑えない、冗談だぜ……」
ザインに掴まれた胸元の傷口から、ポタポタと血が滴り、下の闇へと吸い込まれていく。
腕の筋肉が悲鳴を上げ、指がじりじりと滑り始める。だが、ここで手を離せばすべてが終わる。和葉の笑顔も、アルスたちとの約束も、常世から教わった剣も。
けれどもユダの掴む力は徐々に落ちていっている。
魔力があれば、例え落ちようとも身体強化によって死は免れるだろう。けれども激闘の直後にそんな魔力は残っていない。
(このままじゃぁ落ちる…!!)
歯を食いしばり、雑巾を絞るようにユダは何とか力を捻出する。
指先から、感覚が消えていく。
石の冷たさも、爪が割れる痛みさえも、遠い世界の出来事のように。
ただ一筋、床に残された自分の血が潤滑油のように作用し、ユダの体は数ミリずつ、確実に奈落へと引き寄せられていた。
ズルッ、と指が石の縁を滑った。
残ったのは、右手の人差し指と中指だけ。
「……あ」
吐息のような声が漏れた。
視界が揺れる。暗闇の底から、冷たい風が這い上がってきて、ユダの全身を優しく、そして冷酷に包み込む。
すべてを諦めかけ、瞼がゆっくりと閉じようとしたその時――。
「――まだだ! 離すんじゃねえ、ユダッ!!」
空気を切り裂くような怒号。
目に映ったのは二本の腕。そして友の姿。
「「久しぶりだなユダ!! 助けにきたぜ!! さっさと掴め!!」」
落ちそうなユダを助けたのは友人。アルスとフェリスだった。
「……アルス、フェリス……!」
掠れた声でその名を呼ぶ。
視界を埋めたのは、共に訓練に明け暮れ、時に馬鹿話をしながら過ごした、かけがえのない友の顔だった。
二人の逞しい腕が、滑り落ちる寸前だったユダの手首を、逃がすまいと力強く掴み取る。
「ったく、お前はいつも一人で無茶しすぎなんだよ!」
フェリスが顔を真っ赤にしながら叫び、ぐいっと腕を引き寄せる。
「今は喋らなくていい。……しっかり掴まっていろ、ユダ」
アルスが鋭い眼光で崩落する足元を見据えながら、ユダの体を安全な床へと一気に引き上げた。
「ありがとな二人とも!!」
崩落する城の中、ユダは見事に生存するのだった。




