EP600:伊予の物語「三悪趣の半獣(さんあくしゅのはんじゅう)」その6~伊予、関白殿の悪行に怖気づく~
本堂の仏像の隣に、地獄の様子を描いた『地獄絵図』の掛け軸が六幅並べて、かけられている。
全体で大きい一枚の絵になるように、描かれている光景は繋がってる。
端から見ていくと、地獄で罪人たちがさまざまな拷問をうける様子が所せましと描かれている。
煮えたぎる大鍋で罪人が煮られてる様子や、美女が上で待ってる刃物でできた山を罪人が登る様子はベタだし理解できる。
だけど、
「その罪と罰って作者の感想じゃない?主観的意見じゃない?」
って思う地獄の様子もちょくちょくあった。
例えば、地面から罪人たちの顔や足だけが出ていて、そばには目玉のクリっとした猫ぐらいの大きさの白い芋虫がたくさん描かれてる地獄って何だかわかる?
掛け軸の注釈を読むと『屎糞所』という地獄で『汚いものと清いものとの区別がつかない者が堕ち、糞の穴のなかで虫に体を食われる。』らしいんだけど、どーゆーこと?
「『汚いものと清いものとの区別がつかない』って何すればその地獄に落ちるの?」
他にも、真っ暗な空の下、地面に寝転がってる罪人たちがいて、小さい炎がところどころ落ちてる地獄って何だかわかる?
注釈では『黒雲沙地獄』で『人の家に放火した者が、黒雲から降り注ぐ熱い砂の雨に打たれ続ける。』らしいんだけど、これの変なところは、
「放火した罪の重さに対して罰が軽すぎる!!??」
ところ。
だって、『鉄磑所』地獄では、おどろおどろしい鬼のような獄卒が曳く『鉄の臼』で罪人たちが体をすりつぶされる!という痛々しい悲惨な罰なのに、この地獄は『人の物をだまし盗った者が堕ちる』って、
「いやいや!放火のほうが重罪だと思うけど?詐欺窃盗?のほうが厳しいっ!!」
あと、三つ眼の鬼に見守られた罪人たちが、火のついた粒々を四角い升から升に移し替えてる地獄って何?と思ったけど、注釈では『函量所』地獄で、『計量をごまかした悪徳商人が、獄卒にいつまでも灼熱の鉄を量らされ続ける。』って、ピンポイントすぎるっ!!
「個人的に悪徳商人に騙されて恨みでもあった?」
とか、次々と地獄にツッコミをいれてると、忠平さまはそのたびに声を出して笑った。
だけど、最後の一幅には、牛車の中に美しい単姿の女性がいて、その車箱全体が炎に包まれてて、人身獣顔の獄卒の牛頭馬頭が、松明を手にもってそばで見守る様子が描かれていた。
紅い炎の上は黒い煙に変わり空に立ちのぼっていて、網代車の中の女性の顔は苦しそうというより、寂しそうな諦めたような表情。
その地獄絵図を食い入るように見つめた忠平さまは、やっと私の手を放し、張りつめた表情と緊張した声で
「父が生前、屋敷に勤めていた侍女に豪華な衣を着せ、車箱に乗せ、火をつけ、そのさまを良秀という絵師に描かせたという噂を知ってる?」
え??!!
驚いた私は首を横に振り
「知らないっ!車箱に乗せって、生きたまま?焼き殺したのっ?!!なぜっそんな酷いことをっ?!」
思わず責め立てるようなきつい口調になった。
忠平さまは険しい表情で地獄絵図を見つめたまま
「噂によると、その侍女は絵師・良秀の娘で、堀河の大殿は手籠めにしようとしたが逃げられたのでそれを恨んだと言われてる。
あるいは絵師・良秀の芸術至上主義的な考え方を諫めるためだともいわれてる。
なんでも
『地獄変相図を仕上げるためには、実際に美女が牛車の中で焼き殺される場面を見なければならない!』
とゴネたらしいから。」
どちらの考えも全く理解できない私は、動揺して
「でも、あくまで噂でしょ?嘘よきっと!」
忠平さまは皮肉気に口をゆがめ
「だが、父上ならやりかねないと周囲に見なされてる時点でやったも同然だ。
日ごろの行いのせいだ。」
「・・・・・・・」
もし本当なら・・・・?
藤原基経さまのあまりの傍若無人な残虐さに、言葉を失っていると、忠平さまは平然と
「父が怖い?
私も怖いよ。
でも私たち兄弟はそんな『人でなし』の恩恵を受けて育ったんだ。
今も高い身分に安住していられるのは、父上のおかげなんだ。
父は地獄に落ち今ごろ獄卒たちに拷問されているだろうけど、私たち兄弟はこの世でその罪を背負って生きている。
私にできることは子々孫々に受け継がれる罪をできるだけ減らすことだ。
そのためには誰よりも人の役に立たねばならない。
父の罪を帳消しにするぐらい善人にならねばならない。
なるつもりだ。」
きっぱりと言い切ると、口をつぐんだ。
血縁というつながりは、恩恵も弊害も同時に享受しなければならない。
一方的に絶縁したくても、あまりにも富貴栄華を極め、権力と羨望を一手に集めた基経さまの罪を、きっと世間は見逃しはしない。
跡を継いで高い地位にいる子供たちを、許してはくれない。
表ではお世辞を言うかもしれないけど、裏では悪しざまに陰口を言う。
一生、親の罪を背負って生きていく。
忠平さまだけじゃなく、兄さまも。
もし、私の親が同じように悪逆非道で残酷無比な『鬼畜』だった場合、私はどうする?
親の罪を償うために仏門に入る?
忠平さまのように、現世でできるだけ功徳を積む?
どちらを実行する勇気も覚悟もない。
ダメな自分に落ち込むとともに、忠平さまの悲愴な覚悟と崇高で尊い決心に触れて、もっと尊敬の念を抱くようになった。
二人で黙り込んでると、不意に、本堂の入口の方から
「あのっ!若君っっ!!姫さまがっっ!
姫さまが、た、倒れてしまってっ!
意識が無くてっっ!」
と私たちに向かって、焦った大声で叫ぶ男性の声が聞こえた。
すぐさま状況を理解した忠平さまが
「行こうっ!」
と呼びかけ、さっきの少女・美濃の従者のところへ駆け出したので私もついていった。
(その7へつづく)




