EP597:伊予の物語「三悪趣の半獣(さんあくしゅのはんじゅう)」その3~伊予、最後の願いを聞き入れる~
ジッと見つめたまま私がウンと頷くと、忠平さまは目の前の床に胡坐をかいて座り込み、腕を組んで少し考え、
「よしっ!じゃ、私と一緒にある寺にお参りに出かけてくれ!
都の外にあるが、馬でいけばその日のうちに帰ってこれる。」
私は顎に指をあて考え込む。
最悪の場合、人気のないお寺に連れていかれて忠平さまに拉致監禁される?
まぁ、でも、そんなことする人なら今ここで強姦して終わり!にしそうだから、それはないよね?
「う~~~ん。二人だけで?竹丸とか梢を連れて行ってもいい?」
忠平さまが首を横に振り
「ダメだ。伊予と私の二人だけで、だ。
安全は保障する。
危険な目には合わせないし、ちゃんと内裏まで送り届けると誓うよ。」
私がまだ『う~~~ん』と考えこんでると、茶化すようなおどけた声で
「なんだよ!
安いもんだろっ?!
一日つきあうだけで今までの苦労をチャラにしてやるっていうんだから!
もうお前に纏わりつかないって約束するんだから!」
チラッと上目遣いで忠平さまを見て
「じゃ、兄さまに話してもいい?
忠平さまと二人で出かけることを?
兄さまが反対したら別の条件にしてくれる?」
チッ!と舌打ちしたと思ったら
「わかったよ!好きなだけ相談すればいい。
もし都合のいい日が決まったら知らせてくれ。
私も日程を調節するから。」
全てが上手く片付きそうなことにホッとして立ち上がりながら
「ありがとう!
じゃそうさせていただきます!
あっ!せめてものお返しのつもりで、旅費は全部私が出すからね!
じゃねっ!」
と背を向けて立ち去ろうと、御簾のそばまで歩くと、後ろから
「バカだなぁ・・・・・・・男なんて一生気を持たせておけばいいのに。
一生かかっても恋人になる夢を見させてくれる女子のほうがいいに決まってる。
お前のように、どうでもいい男にまで誠実に対応する必要なんてないんだ。」
ブツブツとボヤくので、振り返り
「だって、来世も、その次の来世も、その次の次も、私にはずぅぅぅぅぅぅっと、未来永劫!時平さまだけだもの!
さすがにそんなには待てないでしょ?」
きっぱり言うと、あっけにとられたようにポカンと口を開けてた。
私はそのまま、抜け殻みたいな忠平さまをあとに残して、サッサと枇杷屋敷を立ち去った。
立派な口実ができたので、文を書いて『話がある』と兄さまを呼び出すと、久しぶりに宿直の夜に、雷鳴壺の私の房に来てくれることになった。
約二月ぶりに、二人っきりで夜を過ごせるっ!ことに興奮しっぱなしで、ソワソワし続け、
『そういえば、ポイ捨てされた安禄山のように時平『皇帝』に謀叛心を募らせてたんだ!』
って怒ってたことを、兄さまが来る直前になるまで忘れてた。
サヤサヤと衣擦れの音がして、白檀の香が漂い、妻戸の向こうで低い硬い声で
「伊予はそこにいるか?」
と問う声が聞こえると、心臓が跳ね上がり、口から飛び出しそうだった。
心臓が元の位置に戻ったと思ったら、今度は鼓動が速く打ち過ぎて、息苦しくなった。
ドキドキで眩暈がしそうなほどパニックになりつつ、震える手で妻戸の閂をはずし、扉を開く。
濃紺の直衣に、冠をつけ、白皙の肌に、刀子のように鋭い目元の、薄い桃色の唇の、鼻梁の細い整った顔立ちの殿方が目の前に立っていた。
ウットリと見とれてぼぉ~~っとしてると、扇で口元を隠し、私の目をいたずらっぽく見つめ
「このまま朝まで入れてくれないつもりか?」
冗談めかす。
すぐにでも胸に抱き着きたくなる衝動を抑え込み、
「こちらへ」
と先に立って自分の房に案内する。
兄さまが舞うような優雅な仕草で、直衣のままでストンと軽やかに畳に座り込み
「話とは何だ?」
と聞くので、
『直衣を脱がないの?ということはここで夜明けまで過ごすつもりは無いんだ』
と落胆し、私も座り込んで水瓶から器に白湯を注ぎながら、ショックを和らげようと、世間話を試みる。
「あのね、前にね、堀河邸から出ていくのを兄さまに見られた時にね、実は・・・・・」
と催馬楽合奏で臺与と廉子さまに嵌められたことや、それに対しての仕返しに枇杷屋敷で臺与を舞わせたことを延々と話し続けた。
さらにさかのぼって山寺で兄さまの幻覚と話したことや、三世女王の失踪事件や、会えない間に起こった出来事をできるだけダラダラ時間を引き延ばすべく話し続けた。
夜の、月明かりだけの、真っ暗な中で、やっと目が慣れてきて、美しい天人のような佇まいがハッキリと見えた。
目の前に、この世で一番高貴で、貴族たちが仰ぎ見る、女子たちの憧れの的の、美丈夫で煌びやかな貴人がいると考えるだけで、気を失いそうなほど興奮して舞い上がった。
私の言葉に真剣に耳を傾け、ウンと頷いたり、眉根を寄せて考え込んだり、時々目を見て、ほほ笑みを浮かべたり、そんな普通の何気ない仕草をしてくれるたびに、ドキッと心臓が跳ね上がり、息がとまりそうになり、言葉がつっかえた。
このままではヤバいっ!と冷静さを取り戻そうと、わざと怒った口調で
「あ!そうだっ!臺与に私のことを『不器用』って言った?
だから臺与が私を『安禄山みたいだ』って言ったのよ!
太った無骨な髭だらけの武人でしょ?
私が不器用で大雑把で雑だから、兄さまに細やかに奉仕できてないっていう意味よっ!
閨のことを臺与にバラすなんてヒドいっっ!!」
頬を膨らませ、拗ねるように口をとがらせた。
兄さまは眉を上げ、面白そうに
「まさかっ!
裁縫の話題が出たときに、衣の縫い目を見て、伊予も昔は不器用だったという話をしたんだ。」
フンッ!
やっぱり!
どーーせそんなことだろうと思ったけどっ!!
臺与がそれを曲解して盛り盛りにして、いかにも超私的な秘密を打ち明けられてます!って親密さをアピールしようとしたのねっ??!!
臺与が自分の都合のいい嘘を並べる癖は相変わらずっっ!!
それを信じて腹を立てる私もバカだったっ!!
プンスカしてると、兄さまがパシッと扇で膝を打ち、
「よしっ!話はそれだけ?じゃ直廬に戻って仕事の続きをするよ!」
と立ち上がろうとする。
はぁっ??!!
まだ肝心の話が終わってないっ!!
焦って早口になり
「ええっと、忠平さまと二人でお寺にお参りに行ってもいい?」
チョーかいつまんだ要点だけを口走った。
兄さまがもう一度腰を下ろし胡坐をかいて、前かがみに体を傾け、肘を腿におき、指で顎を支えた。
不機嫌そうに私をギロッと睨みつけ
「今までの話の流れから、なぜそうなる?」
(その4へつづく)




