EP596:伊予の物語「三悪趣の半獣(さんあくしゅのはんじゅう)」その2~伊予、関係を清算する~
椛更衣は急に真顔になり、モゾモゾと膝でにじり寄り、正座してる私の前までくると両手をグッと握り
「恋人になるつもりもないのに上皇侍従にずいぶん迷惑をかけてるわよね?
このままでいいの?
もしずっとこんな調子じゃ、彼だっていずれはあなたが恋人になってくれるって勘違いするかも?
別に・・・・それが悪いとは言わないわ!
恋多き女子でも誰にも迷惑かけてないんだし!
でも、あなたにその気はあるの?」
目をジッと見つめ、フワフワしたいつもの椛更衣からかけ離れた真剣な態度で、張りつめた声で問いかけるので
はぁっ??!!
と焦って、ブンブン首を横に振り
「いいえっ!!全くありませんっ!
全て清算して、きっぱり会うのをやめるつもりですっ!」
椛更衣が『はぁ~~~~』と深いため息をつき
「じゃ、銭ならいくらでも貸してあげるから、すぐに上皇侍従からの借りを清算して、きれいさっぱり関係を断つ方がいいわ!」
ん?
なぜ?急に?
と疑問に思ったけど、そのつもりだったので完全に同意っ!して
「はい!是非そうしますっ!でも銭は貯金があるので、お借りしなくても多分、大丈夫です。
贈り物は真珠とか布とか高価なものでまだ持ってるものはお返ししますし、蜜柑とかめずらしいお団子とかの代金ぐらいの銭なら貯えで何とかなると思います!
あとは手伝ってくれた労力とか、割いてくれた時間をどう返すか、ですが、そこは交渉してみます!」
椛更衣がまた私の目を見てギュッ!と手を握りしめ
「そうよ!できるだけ早い方がいいわ!文を書いて都合を聞いて、すぐにでも枇杷屋敷に出かけなさいっ!」
ん?なぜ?
と疑問で頭がいっぱいになりつつも、ハイ!と頷いて、さっそく文を書き、数日後には忠平さまの枇杷屋敷に出かけることになった。
椛更衣があれだけ私を急かすってことは、あの文?に何か書いてあったの?
と思ったけど、結局やることは同じなので、椛更衣に問いたださず、大きめの荷物袋に贈り物と銭を入れて肩からかけて、水干・括り袴・束ね髪の童姿で歩いて出かけることにした。
枇杷屋敷に到着すると、『枇杷採り鬼』こと竹丸に採りつくされたのか、実のない枇杷の木は、青々と葉だけを茂らせていた。
東門から入って侍所に向かって呼びかけ、案内を乞うと、定和さんが主殿へ通してくれた。
御簾の隙間から通され中に入ると、主殿の御座に胡坐をかいて座り、両手は腿の上にのせ、背筋は伸ばしたまま文机に向かい書を読む忠平さまの姿があった。
私に気付くと顔を上げ、口の端だけでほほ笑み
「やぁ!」
と、照れたように呟いた。
私は忠平さまの目の前の床に座り込み、荷物袋を肩から降ろして、口を開いて、真珠や布、櫛や手箱や三稜鏡、書や筆や墨、玉や琥珀や扇、といった過去に忠平さまからもらった贈り物でまだ持ってた物全部を取り出して、床に並べた。
そして最後に穴にひもを通して銭を束ねた銭緡を取り出してジャラン!と床に置いた。
目を丸くしてその様子を見ていた忠平さまが、すべて並べ終え顔を上げた私と目が合ったとたん
「いったい何の真似だっ!?」
私は肩をすくめ何気ない口調で
「ええっと、過去に頂いた贈り物で、すぐに返せるのはこれだけです!
もう食べてしまったものやお世話になった時間や労力は返せませんけど、銭に換算してもらえれば、一生かけても返します。」
忠平さまがキッ!と眉根を寄せ、こめかみに血管を浮かせ、噛みつきそうな勢いで
「だからどういう意味だっ!
私を侮辱してるのかっ!!??
伊予にいつ贈り物を返せと言ったっ?!!」
吐き捨て、怒りのあまり唇を震わせてる。
私は負けじとグッと睨み返し
「宮中で変な噂を立てられたのをご存じでしょ?
あんなことがこの先も起こらないように、もう二度とあなたに頼らないし、会わないって決めたのっ!
だから過去の借りを全部返したいのっ!」
忠平さまがスクッ!と立ち上がり、ドタドタ足を踏み鳴らして私の前にやってきて、足で品物を蹴り飛ばすと
カシャーーーーンッッ!
と手箱の蓋が開き、それぞれ床を滑っていき、
バラバラッ!
と宝玉や筆などの小物があたりに散らばった。
ドンッッ!!
音を立てて私のすぐ目の前に片膝をついて座り、私の顎を片手で荒々しくつかんで上を向かせ
「借りを返すというなら、覚悟してるんだろうなっ!?」
怒りでギラギラと輝く瞳の奥には、飢えた野獣のような情熱がたぎっていた。
お腹を空かせた黒豹の目の前に、突如、無防備に姿をさらしてしまった野兎になったような恐怖を感じた。
ゾクッと背筋が凍った。
いつ襲われ、切り裂かれても不思議じゃない、と思った。
鋭い牙が頸や腿に食い込み、引きちぎられ、裂けた肉から、血潮がほとばしる。
そんな想像をして全身が震えだしそうになった。
それぐらい酷いことをした。
私は、この人に。
恋心を弄び、都合よく利用して、奪うだけ奪いつくして、最後は切り捨てようとしてる。
ズタボロにされても何も言えないぐらい、深く傷つけた。
その自覚はある。
強姦して忠平さまの気が済むなら、してくれて構わない。
私が弄んだ分、そうされても、何も言えない。
でも・・・・・
ゴクッ!と息をのみ
「覚悟?はしてるけど、私は信じてる。
忠平さまは、嫌がる女子を無理やり犯すような人じゃないって。
知り合ったころの、損得勘定だけで人間関係を計算してるような、冷酷無情な忠平さまじゃないって、信じてる。
私を本当に愛してくれて、傷つけないよう、いつも守ってくれて、私のために行動してくれるって、信じてる。」
まっすぐに、心を込めて、ジッと見つめると、忠平さまが驚いたように眉を上げ、ハッと息をのみ、せつなそうに目を逸らした。
私の顎から手を放し、ふぅっ!とため息をつき
「なんだよっ!
先回りしやがってっ!
じゃ、最後にひとつだけ私の言うことを聞いてくれるか?」
(その3へつづく)




