EP592:伊予の物語「叛心の安禄山(ほんしんのあんろくさん)」 その7~伊予、叛心を抱く~
私は箏を低音から高音へ順番にならし、また歌う。
「御~~㝢~~多~~年~~求~~不~~得~~~~。」
それを聞いて臺与が今度こそ扇を横に動かし、何かを舞おうとするけど、見てもよくわからない。
忠平さまの龍笛が加わり、静かな始まりからだんだん華やかな曲調になってきた。
私の箏がリズムを刻み、歌うのと同じ曲を忠平さまが龍笛で吹き鳴らす。
「楊~~家~~有~~女~~初~~長~~成~~~~,
養~~在~~深~~閨~~人~~未~~識~~~~。」
臺与は私の歌を聞き取ろうとするけど、何が何だかわかってない様子で、足を出そうとしてためらったり、膝を曲げていつ伸ばすのかや、どこで回るのかに、困った様子だったけど、だんだん歌詞を無視して、好き勝手に踊り始めた。
楊貴妃と皇帝の出会いの場面や、楊貴妃の容貌の描写の部分は、どんな風に踊っても構わなかった。
だけど、戦争がはじまり、進軍太鼓が大地を揺るがす場面でも、楽しそうに微笑んでゆったりと舞ったり、皇帝が血の涙を流すほど悲しむ場面でも楽しそうに回転したりする。
明らかに場面と合致してない踊り方になると、漢語が聞き取れて意味が分かるらしい藤原雑魚さんと望月武王さんがヒソヒソと耳打ちし、コソコソ内緒話を始めた。
扇で口元を隠した藤原雑魚が
「もしや、臺与どのは意味も分からず踊ってらっしゃるとか?」
望月武王が驚いたように眉を上げ
「まさか!一時は尚侍の地位までに上り詰めたお方が?
そんなはずはないでしょう!」
藤原雑魚が首を傾げ
「そうですねぇ。
尚侍など、当代随一の才女でなければ務まりませんからね。
漢語が聞き取れないなど、ありえませんな。
それにしても・・・・・あまりにも歌詞とズレている踊りは見ていられませんな」
と眉をひそめた。
望月武王も
「そうですねぇ。これほど見苦しいとは思いませんでしたね。」
武蔵宇三がコソコソ話を聞きつけ驚いたのか大声で
「えっ?!歌詞と踊りが合ってないんですかっ?!
じゃ、臺与さんは『長恨歌』すら知らない無知蒙昧な女子ですかっ?!」
その声が聞こえたのか、臺与がピタリと踊りをやめ、両手をダランとおろして、呆然と突っ立ったまま固まった。
眉間にしわを寄せた、今にも泣きだしそうな顔が真っ赤になり、唇を震わせると、扇で顔を隠し、
「し、失礼しますわ!」
と身をひるがえし、ドシドシと足音を立てて、主殿から出て行った。
私が演奏をやめると、忠平さまも龍笛を口から放し、チラッと見るので私はウンとうなずいた。
忠平さまが几帳の後ろに向かって
「では代わりに義姉上が踊っていただけますか?
臺与どのよりも博学多聞でいらっしゃいますから。」
几帳の後ろから、侍女がオホンと咳払いする声が聞こえしわがれ声で
「女王は人前にお姿をお見せすることすら、憚られますのに、どうして舞うことなどできましょうか?」
忠平さまが声を上げて快活に笑い
「ハハハッ!その通りですね。
あなたは教養と学識を備えてらっしゃることすら、公然と証明できないのでしたね!
失念しておりました。
深層の令嬢であればあるほど、無学非才であっても構わないのでしたね!
ではお三方のうち誰か舞っていただけますか?」
忠平さまの強烈な皮肉に恐れをなした三人が、ギュっ!と身を引き締め、ピンと張りつめた空気が漂った。
藤原雑魚と武蔵宇三と望月武王は互いの顔を見合わせ、藤原雑魚は
「え、遠慮いたしましょう。伊予さんの歌と箏、上皇侍従どのの龍笛だけで最高の曲になっておりますから。」
望月武王がウンウンうなずき
「先日、伊予どのに失礼なことを申し上げ、誠に申し訳ない。
練習もせずに舞えないように、練習もなく箏を演奏するなど、どだい無理な事。
あなたの気持ちがわかりました。」
武蔵宇三も頭を掻き
「そうですね。ついつい臺与どのの口車にのって一緒に非難してしまいました。
許してください。」
藤原雑魚だけは謝罪がなく、私と目を合わせても何食わぬ顔で、すぐに逸らした。
その後、気まずい雰囲気になったけど、私はご機嫌!だった。
せっかく練習したので、中断したところから最後まで、ぜ~~~~んぶっ!弾き歌ってあげたっ!!
歌の意味が分からない人にはただの拷問でしかないけど!
演奏が終わると、客人たちは全員、居心地が悪そうにモゾモゾして、
「では、このあと仕事がありますので」
とか言い訳して次々に立ち去った。
廉子さまが扇で顔を隠して出てきて、その後ろについた侍女が忠平さまに近づき、扇で口元を隠しながら話しかけた。
忠平さまはそれを聞いて、こめかみに血管を浮かせ、歯ぎしりして
「義姉上のお好きなようになさればいい」
と答えた。
主殿から客全員が出ていき、忠平さまと二人きりになったので、一気に緊張が解け、解放感っ!!がきて
「う~~~ん!」
と言いながら伸びをした。
感謝で胸がいっぱいになり
「ありがとーーーっっ!!!
仕返しできて、ほんっっっとにっ!気持ちよかったっ!!
見た?あの臺与の恥ずかしそうな顔っっ!!
あ~~~!楽しかった~~~!」
臺与が漢語を話せないし聞き取れないのは推測だったけど、そっちに賭けて正解だった。
『長恨歌』の書き下し文は宮中に出回ってるから臺与も読めるだろうけど、漢語では無理だろうなと思った。
私はまず、影男さんに自分の漢語の読み方で間違ってるところを訂正してもらって、最終確認にはわざわざ右大臣さまに面会してチェックしてもらうほど、念には念を入れた。
藤原雑魚、武蔵宇三、望月武王、廉子さまのうちの誰かが漢語が流暢だった時に備えて。
意味の分からない歌に合わせて踊る、なんて誰にもできないと思ったから、その無理難題を臺与に押し付けて、公衆の面前で恥をかかせたってワケ。
これが私の思いついた復讐方法。
臺与の恥かいて泣きそうな顔を見れただけで成功!とする。
うん。
あっ!と思い出して
「廉子さまの侍女になんて言われたの?」
忠平さまが眉根を寄せ難しい顔で
「『兄の側女と親しくしていることを世間に公表されれば困るのは誰ですか?』
と言われた。
私は伊予と親しくしてることが世間に知れ渡っても何の問題もない。」
へっ??!!
はぁっ??!!
「側女?って私のこと?私は困るっ!兄さまに勘違いされたらっ!」
そういえば、『催馬楽合奏の宴』で私が侮辱されたことを兄さまはどう思ってるの?
私が伝えてないから何も知らない?
でも、廉子さまからとか、臺与からとか、誰かからの噂で伝え聞いてそうだけど?
すれ違ったとき私が泣いてたことにも気づいてないとか、あり得ないよね?
それなのに、無視してるってことは、楊国忠にいじめられた安禄山が、玄宗皇帝に訴えても無視されて、漢人に恨みを募らせたように、臺与に安禄山と呼ばれた私も、皇帝のような左大臣さまを恨んでも当然ってことよね?!
臣下たちに嫉妬されるほど贔屓して寵愛して、興味がなくなり煩わしくなったらポイ捨てする!なんてひどいっ!!
安禄山が可哀想っ!!
私も可哀想っっ!!
左大臣さま??
ブチ切れた安禄山が皇帝にしたことって・・・・何かご存じよね?!
臺与に『ざまぁ!』してスッキリした楽しい気持ちはすぐに消え失せた。
私に残ったのは、無責任に寵愛したりポイ捨てしたりする権力者に対する、フツフツと腹の底から湧きあがる、やるせない怒りだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
中国語のほうが、音程やリズムが気持ちいいので詩をアレンジして歌曲にするのに適してるなぁ!と思いました。
催馬楽が話題になるたびに、動画を見たりするんですが、あのゆっくりすぎるテンポって、平安時代より遅くなってるんですよね?
確かそう聞いたような気がします。
でないと踊るとか、あり得ない遅さですし。




