EP591:伊予の物語「叛心の安禄山(ほんしんのあんろくさん)」 その6~伊予、復讐を開始する~
私は忠平さまの出してくれた牛車に、厳しい練習の日々をともに過ごした愛用の箏を積み込み、枇杷屋敷へ向かった。
枇杷屋敷に到着すると東門のそばに生えている立派な枇杷の木には、まだ青い実が鈴なりになっている。
渡殿の車寄せに牛車をつけてくれたので、箏とともに、決戦の舞台に、意気揚々と降り立った。
主殿に渡ると、忠平さまだけがいて、龍笛を手に、旋律を記した紙を見ながら、曲を練習してた。
忠平さまと目が合うと私の緊張が伝わったのか、二人ともニコリともせず、厳粛な顔つきでうなずき、挨拶を交わした。
忠平さまの横に座り、箏を布袋から出し、篳篥がないので龍笛で音を出してもらい、その音程に合わせて柱を動かし調弦した。
調弦が終わると、二人で一度合奏して、予行演習してみた。
私は声を出して『歌』も練習してみた。
それが終わると、どちらからともなく顔を見合わせ、古くからの知己のように、ほほ笑みを交わした。
今ほど忠平さまを頼もしく思ったことはなかった。
私の想像通り、いいえっ!それ以上に見事な龍笛の演奏に、素直に感動してた。
艶やかな浅黒い肌に、刃物のように切れ長な、少し彫りの深い目元。
唾液で潤んだ薄い唇に、軽く押しあてられた龍笛は、生命力と活力に満ちあふれた息を吹き込まれ、龍が天に駆け昇るときに鳴く、勝利の雄たけびのような音を出して震える。
私は感嘆の声を上げ
「スゴイっ!!忠平さまって龍笛が上手だったのね!知らなかったわ!」
忠平さまは肩をすくめ
「伊予に頼まれてから練習を始めたんだ。
雅楽寮の知り合いの楽師に頼み込んで教えてもらった。
基礎を一日で教わって、あとは独学だから、玄人が聞けばおかしいところもあるかも。」
はぁっ??!!
何?!その天才逸話っ!!
フンッ!そうなのね~~~~!
なんでもできる人って、やればすぐできるから、念入りに準備してコトに臨むとか、必要ないのね?!
羨ましいっ!!
遊戯でも歌会でも即興が好きっ!!とかいう人種はそういう恵まれた人なのね?きっと。
私なんて念には念を入れないと、いざというときパニック!!
準備万端!のつもりでも頭が真っ白になれば全部メチャクチャっ!!
私が羨望のまなざしでチラ見してると、忠平さまがいたずらを思いついたように口の片方だけで笑い、
「伊予だって思ったよりうまくできてる!
この曲もよくできてるしね!
発音も見事だよ!
だけど、臺与はうまくのってくれるかな?
拒否されれば計画は台無しだけど?」
う~~~~ん。
そこは痛いところを突かれてる・・・・けどっ!!
私は緊張しつつも期待に胸を躍らせ声高に
「大丈夫よっ!
うまく誘導してみるからっ!!」
そんな会話をしてるうちに、雑色の定和さんが案内して藤原雑魚、武蔵宇三、望月武王が一緒に主殿に姿を見せた。
忠平さまが愛想のいい笑顔で立ち上がり
「いや~~!お三方!よく来てくれましたね!さぁどうぞ!」
中央を見て輪になるように置いてある円座に三人を導いて座らせた。
この三人は見届け人よっ!!
私のことを侮辱した?人たちだけど、臺与に同調しただけなので、それほど罪深くないっ!!
標的は臺与ただ一人っ!!
牛の鳴き声がして、牛車が到着した気配があった。
しばらくすると、扇で顔を隠した、廉子さまと思われる女性とその後ろに年配の侍女と臺与が渡ってきた。
廉子さまのために、几帳と屏風で区切った目隠し空間を準備してたのでそこに私が
「さぁどうぞ、こちらへ。」
案内する。
扇の後ろの廉子さまと目が合うと、私を睨みつけていたけど、どこか不安そうな表情にも見えた。
廉子さまと侍女は几帳の後ろ、忠平さま、私、臺与、藤原雑魚、武蔵宇三、望月武王の順に、輪になって座った。
忠平さまが立ちあがりオホンと咳払いして話し始めた。
「え~~~、本日は、私と、ここにいる伊予どので余興をお見せして皆様に楽しんでいただこうと思いお呼びしました。
まず、膳と酒を運ばせますのでおくつろぎください。
定和っ!持ってこい!」
定和さんと妻の侍女が人数分の酒と肴の膳を運び終わると、私が立ち上がり、まず一同に対して頭を下げ
「皆様には、先日の『催馬楽合奏の宴』の折に、まことに無様な醜態をお見せしたことをお詫びいたします。
本日はその埋め合わせと言っては何ですが、私と上皇侍従さまと、臺与さんの三人で『長恨歌』を催馬楽風に編曲したものをお届けいたします。」
「ゴホッ!」
隣にいた臺与がおちょこで飲んでた酒を誤飲したのか、むせて咳き込んだ。
「ゴホッ!ゴホッ!・・・・ちょっ!聞いてないわよっ!そんなのっ!
急に言われてもできるわけないわっ!」
ギロッ!と臺与を刺し殺しそうな目で睨みつけ
「あら!先日の『催馬楽合奏』のときに、私もそう言ったのにあなたは聞いてくれなかったわよね?
今度はあなたの番よ!
心配しなくても教養豊かで文学にも造詣が深い、尚侍まで務めたことのあるあなたなら、簡単な事よ!
私が箏を引きながら『長恨歌』を歌い、忠平さまが龍笛を吹くから、あなたはそれに合わせて舞ってほしいだけ!
何も知らない私が『伊勢海』の箏を弾かされたときより、よっぽど簡単なことだわ!
踊れないならボンヤリ突っ立っていればいいし、歌詞の意味を無視して舞ったってかまわないもの!」
言い捨てると、臺与は簡単だと思ったのか、フフン!と鼻で笑い、スクッ!と立ち上がって髪を一つに束ねた。
扇を袂から取り出し広げて、蝶が舞うかのようにヒラヒラと動かしてみると
「そうね、よく考えれば簡単な事ね!
歌詞に合わせてその情景を踊ればいいんでしょ?
宮中の女房ならだれでも『長恨歌』は知ってるもの!
じゃ、はじめて頂戴!」
と言いながら輪の中心に進み出た。
さすがに臺与!物怖じしないところに感心しつつ、私は弦を弾いた。
「ボーン・・・ボーン・・・ボーン・・・」
同じ調子で同じ弦を弾き続け、まずリズムを作り、声を出した。
「漢~~皇~~重~~色~~思~~傾~~國~~~~,」
臺与は扇を構えたけれど、『え?』って焦った顔で私を見て、どう動くか迷ったようにジッと固まった。
(その7へつづく)




