EP590:伊予の物語「叛心の安禄山(ほんしんのあんろくさん)」 その5~伊予、復讐の闘志を燃やす~
でも、知られてなくてよかった!
兄さまの目の前で、あんなふうに恥かくことを考えれば、今のほうがまだマシっ!!
涙で白粉や紅がグチャグチャになった顔を見られたくなくて、市女笠を素早く被り垂布で顔がちゃんと隠れるように覆った。
スケスケだけど、よく見えないから、多分泣いてることはバレない!
それでも垂布の下でもぞもぞと袖で何度も目元を拭い、しゃくりあげる発作に気付かれないように息を止めて、兄さまとすれ違いざまに
「今日は急いでるから、また今度ゆっくりね!」
と小声で呟き、横をすり抜けると、風とともに白檀の香りが漂った。
後ろで兄さまがピタッと立ち止まった気配があった。
私は振り向かず、急ぎ足で門をくぐって、必死で、駆け出しそうなぐらい速足で、ただただ内裏へ、雷鳴壺へ、一刻も早く帰りたい一心で、前だけを向いて歩いた。
歩きながら考えた。
安禄山は異人で漢人ばかりの宮中では浮いた存在だった。
だから宰相の楊国忠に差別され、迫害された。
そして恨みを抱いた。
謀反を起こし唐を滅ぼそうとしたのは結局、漢人全員を恨んだから、かもしれない。
臺与の言う通り、臺与に比べれは私には何の才能もない。
箏で大恥をかいたぐらい楽器も下手だし、裁縫だって刺繍だって下手。
文字も下手だし、和歌だって得意ってわけでもない。
難しい漢文は読めないし、政治のことも策略のこともさっぱりわからない。
臺与のように、いい商売、儲かる商売、なんて思いつかない。
じゃあ、やっぱり、臺与の言うように、兄さまは私を『物珍しい玩具』だと思って愛してくれてるのね。
考えれば考えるほど落ち込み、傷が深くなる。
兄さまが私のことを不器用って言ったの?
それってどういう意味?
臺与が言うように
『愛する技術が幼稚でみっともない』
ってこと?
房事でのことを臺与に話したの?
二人だけの秘密を臺与と共有したの?
それはつまり、女性として、兄さまを満足させてないってこと?
臺与のように、細やかな気配りと卓越した技術で、兄さまに『奉仕』してないってこと?
ズキン・・・ズキン・・・と脈打つようにこめかみが痛くなる。
痛くて立っていられない
今すぐ横になりたい
それでもフラフラと歩き続け、やっと内裏の雷鳴壺にたどり着いた。
心配顔の椛更衣に
「少し体調が悪いので、横になってもいいですか?」
とお願いすると、どうしていいかわからず困惑したように
「もちろんよ!伊予、大丈夫なの?目が真っ赤で顔が真っ青!医師を呼びましょうか?」
私は平気なフリしてほほ笑み
「大丈夫です!眠れば治ります!」
できるだけ力強く答え、自分の房の寝所で横になり、ズキズキする頭の痛みを忘れるため、ギュっと目をつぶって、早く眠れるように祈った。
次の日、自分の言葉通り頭痛がすっかり取れ、すっきりした気持ちのいい朝を迎えることができた。
さっそく椛更衣に昨日の出来事をすべて話し、これからどうすればいいか相談した。
椛更衣は怒りに震え、目にギラギラと憤りをたぎらせ、
「もちろんっ!復讐よっ!!
臺与をやっつけるのよっ!!
伊予をコケにして、打ちのめした罰を与えるのよっ!!
いいえっ!天罰よっ!!
伊予をいじめて馬鹿にしたヤツら全員に天罰を下して地獄に突き落とすのよっ!!」
と息巻く。
私もモチロン賛成っ!!
だけど・・・・
「具体的にはどうすればいいと思いますか?」
う~~~~ん、と二人で考え込んだ。
しばらく考えると、ハッ!とある考えがひらめいた。
私が椛更衣にその方法を伝えると、
「まぁ!いい考えっ!そうしましょっ!
さっそく上皇侍従に文を書いたり、曲を作ったり、箏の練習をしたり、歌の練習をしたり、右大臣との面会の約束を取り付けたり、伊予は大忙しねっ!!
でも任せてっ!
その間、女房の仕事はしなくてもいいから!
伊予は復讐することだけを考えてっ!」
完っっ全っに他人事なので、椛更衣は能天気でお気楽。
でも、親身になって心配してくれる人は今は椛更衣だけ。
兄さまには相談したくない。
だって、臺与に房事のことをベラベラしゃべってるなら、兄さまも敵!!
それに、己に受けた屈辱は己で返すっっ!!
見てなさいよっっ!!
倍にして返してやるっっ!!
と新たな目標に向かってメラメラと闘志を燃やした。
それからの私は復讐の日に備えてちゃくちゃくと準備した。
曲を作り、何日もかけて、朝から晩までみっちり、箏を練習し、歌を練習した。
右大臣さまに面会をお願いして、あることを確認してもらった。
忠平さまに、『催馬楽合奏の宴』での屈辱的な出来事を打ち明け、その復讐をしたいので協力してほしいとお願いした。
忠平さまは同情してくれて、協力してくれるというので、実現したいことを伝え、実現可能かどうか?をたずねると了承したとの返事。
その後も何度も文をやり取りし細かく打ち合わせた。
そして、ある会合のために枇杷屋敷を一日貸してもらいたいこと、その日に、藤原雑魚、武蔵宇三、望月武王、と臺与、廉子さまを呼び出してもらいたいこと、とをお願いし手筈を整えた。
私もその復讐戦の日に向けて、練習を怠らず、日々努力を惜しまなかった。
あっ!その途中にあった影男さんとの出来事は、一番最後に話すわね!
そしてついに、運命の日がやってきた。
(その6へつづく)




