EP588:伊予の物語「叛心の安禄山(ほんしんのあんろくさん)」 その3~伊予、場違いな存在になる~
堀河邸の主殿に入るのは二回目なので(*1)、そんなに緊張はしなかった。
兄さまがいるかどうかだけは気になったけど。
主殿は塗籠のある北側を除いて、すべての御簾が巻き上げられていた。
私が東の廊下を渡って南廂から主殿に入ろうとすると、
母屋の南廂近くの真ん中に、箏がポツンと置いてあった。
その東には臺与が座る後ろ姿があった。
中に入って気づいたけど、臺与は琵琶を演奏するかっこうで抱えて、撥で音を確かめるように弦をはじいていた。
北側の塗籠の前には龍笛、篳篥、笙、をそれぞれ持った若い狩衣姿の男性たちが並んで座ってた。
そして西側に人が隠れているのか、空間を囲って置いてある几帳と屏風があった。
つまり、中央を見て輪になるようにして、楽器を持って座る人たちいたってこと。
その風景を見た私が発した第一声は
「はぁ?!何コレ??!!」
私に気付いた臺与が突っ立ったままの私に
「あら!伊予さん!
あなたはそこよ!
箏を担当して頂戴ね!
お上手でしょ?」
え?
突然のことにあっけにとられ過ぎて、呆然と立ったままでいると、しびれを切らした臺与が琵琶を置いて立ち上がり、私の袖をつかんで無理やり座らせ、目の前の箏を演奏できるように整えた。
パニックな私が
「え?何?聞いてないけどっ?!
箏をっ?!
演奏するのっ?!
これからっ??!!
い、いったい、何の曲をっ??!
わ、私っ、全然練習してないから、弾けないっ!!」
焦って臺与に問いかけると、臺与は『してやったり』の『企み成功!』顔で、
「あ~~~ら~~~~!
やだぁ!
私ったらっ!言い忘れたかしら?
今日の宴は廉子さまが主催される『催馬楽合奏の宴』です、って?!
曲はね~~~そうね、まずはね、有名だから大丈夫よ!
『伊勢海』よ!
あなただって一度は聞いたことがあるはず!
「御遊」が宮廷で催されたことがあるでしょ?
そのときには必ずと言っていいほど演奏されるもの!
ね?だから大丈夫よ~~~!」
心から楽しそうに笑う。
はぁっ??!!
知らないっ!!
聞いたことはあるかもしれないけど、憶えてないしっ!!
聞けばわかるかもしれないけど、そもそも和琴と違って箏の練習すらほぼしたことが無い!!
絶っっっ対っ!弾けないっっ!!
正直に打ち明けようと口を開きかけると、西側の几帳の後ろから
カンッ・・・カンッ・・・カンッ・・・・・!
と一定の間隔で拍子木を打つ音が聞こえ、高い、透き通るような女性の声で
「い~~~~せ~~~~の~~~~う~~~~み~~~~の~~~~~・・・・」
と歌うのが聞こえ始め、龍笛の
「ピィーーーーーー」
という音が続くと、篳篥や笙を持った狩衣男性たちが口に楽器を当て、息を吹き込み、合奏を始めた。
はぁっ??!!
と焦って臺与を見ると、正面を向いてすました顔で、一定の調子で琵琶の弦を鳴らし合奏してる。
私もとりあえず、右手に箏爪をはめ、左手は柱の左側の弦に触れてみる。
歌いだしに合わせて下から上に弦を一個飛ばしに
タンッ・・・タ・タ・タンッッ!
みたいに弾くのよね?
歌いだしに合わせて、右手の爪で龍角の内側を弾いてみると、音が合ってない??!!
冷や汗をかいた。
そうして、何とかテキトーにテキトーを重ねて、終わりまで弾いてみた・・・・・けどっっ!!??
曲が遅いから音が外れてるとモロバレだし、調子だって外れてるし、弾いちゃいけないとこで音を出してた気がした。
合奏が終わった後、笙の奏者が
「いや~~~~よかったですね、ですが難しい篳篥を、藤原雑魚さんはお上手ですねぇ」
藤原雑魚と呼ばれた篳篥の奏者が
「いえいえ武蔵宇三さんこそ!玄妙な笙の音色でした。
お上手といえば望月武王さんの龍笛こそまさしく『舞い立ち昇る龍の鳴き声』でした!」
龍笛の奏者・望月武王さんが
「それにしても廉子女王の催馬楽歌はいつ聞いても絶品ですな!
私の龍笛と皆さんの楽器そして廉子女王の幽玄なお声が響きあうと、より深遠かつ霊妙な味わいを引き出されますな。」
感嘆のため息を漏らした。
篳篥の藤原雑魚さんが
「もしご本人がご教示くださる意志がおありなら、かつての広井女王(*2)のように『諸大夫及び少年好事の者、多く就きて之を習ふ』でしょうな!」
と西側の几帳の向こうをうかがうように誰にともなく話しかける。
臺与が大きく首を縦に振り、頷きながら
「まことにそうですわ!
北の方さまのお声、お歌は、当代並び立つものは無い、唯一無二のたぐいまれな才能でございますわ!
それに引き換え・・・・・」
臺与が大きなたれ目を細め、訝しげな表情で、横目で私を見て
「この催馬楽合奏に一人だけそぐわない人物が紛れ込んだようですわね?
明らかに実力が伴わないのに、いけしゃあしゃあと合奏に加わった人物が。
いったいどういうつもりでこの宴に参加したんでしょう?
理解不能ですわ!」
軽蔑に満ちた冷たい声で吐き捨てる。
はぁっ??!!
あんたが無理やり演奏させたんでしょっ!!
私はできないって言ったのにっっ!
言い返そうとしても、口を開けて声にならない声でパクパクすることしかできない。
だって、恥ずかしすぎるっ!!
変な音を、変なタイミングで出して、上手な人たちの『深遠かつ霊妙な』演奏を邪魔してしまったんですものっ!!
私のバカっっ!!
愚か者っっ!!
何もせずに座って聞いていればよかったのにっ!!
顔から火が出るほど真っ赤になって、うつむき、右手にはめた箏爪を、外したりつけたりしてモジモジしてた。
胸が苦しくなるほど締め付けられ、息苦しくなった。
今すぐここから逃げ出したくなった。
(その4へつづく)
(*1:EP215:伊予の事件簿「密雲の枇杷(みつうんのびわ)」にあります!)
(*2:平安時代前期の女官。天武天皇の皇子・長親王の後裔で、従五位上・雄河王の娘。従三位・尚侍。催馬楽の名手であった。)




