EP586:伊予の物語「叛心の安禄山(ほんしんのあんろくさん)」 その1~伊予、下山する~
【あらすじ:山のお寺でもらった『滋養強壮の薬酒』を時平さまのご正室に贈っただけなのに、過去最高に屈辱的な辱めを受けてしまった私は、復讐を誓い、万端に準備を整え、日々鍛錬に鍛錬を重ね、その日に臨んだ。
古くから、権力者に寵愛を受ける寵臣は、計り知れない嫉妬と陰湿ないじめを受けてきたのは歴史的な事実。
だけどそれだけじゃない劣等感を、恋敵の女子に感じてる私は、知識だけは貪欲に吸収しようと頑張るけどすべて裏目にでたかも?
私は今日も大事な人にこそ、八つ当たりしたくなる!】
今回は一話ずつ毎日16:20~公開します!
よろしくお付き合いお願いいたしますっ!!
目が覚めると、観音堂でひとりだった。
昨夜、時平さまが来てくれたと思ったのは、やっぱり幻だった。
朝餉をいただき、身支度を手早く済ませ、山を下りる前に住職の無尽意さんにお礼の挨拶をすると無尽意さんは
「熱心に写経してましたね。
じっくりと自己の内面と対話するなかで、観音さまから良い教えをいただくことができましたか?」
と目を細めて問いかけた。
私は頷きながら
「はい。本当に会いたい人と、本当に欲しい言葉がわかりました。
それに、悩みや苦しみの原因は、どこにも無いと気づきました。
悪意や恨みが生じるのを、止めることは、私にはできない、と気づきました。」
廉子さまが今の世界線では、私がいるせいで、嫉妬し、苦しみ、恨み、太郎君を虐待してるとしても、もし私がいない世界線があるとして、そこでは別の憎しみや恨みがあり、別の理由で太郎君を虐待してるかもしれない。
無尽意さんが手に持っていた瓢箪を私にさしだし
「これは滋養強壮に役立つ薬酒です。
生薬を粉にして酒に混ぜたものです。
元気がないときに匙一杯を飲むと精が付きます」
持ち合わせが少ないので、お断りしようと両手を前でヒラヒラさせて
「あのっ!もう、お布施ができないので、いただけません!」
無尽意さんがほほ笑みながら
「いいえ。お代は結構です。
最初に過分のお布施をいただきましたので。
私が普段愛飲しているものをお分けしました。」
タダっ??!!
じゃぁっ!と意地汚く反応し
「そうですか!遠慮なくいただきます!ありがとうございます!」
と瓢箪を受け取り、首からさげている荷物袋にしまった。
山道を下りながら、考えた。
影男さんが来てくれたのも、兄さまが来てくれたのも、すべて幻覚だった。
私が望んだ人が、望んだときに、来てくれただけ。
でも、話す内容は『爾時子女王の失踪』とか『太郎君の左大臣邸への避難』とか、実際的だった。
実際に会話したかのように、心が繋がった、のかもしれない。
太郎君(藤原保忠)は現実でも廉子さまから引き離されたのかな?
まだ十歳なのに、母君から引き離されるなんて可哀想。
でも虐待が続くとしたら、防がなくてはいけない。
一時的に、と兄さまが言ってたし、廉子さまが私をもう少し認めてくれれば落ち着くかもしれない。
・・・・うん。
そうっ!!
そうよっ!!
私が今すべきこと!!は、廉子さまと仲良くなることっ!!!
どんな手段をとったとしてもっ!!
下手に出ても、ご機嫌を取ってでも、馬鹿にされたとしても、何とかして廉子さまに認めてもらって、気に入ってもらって、兄さまの側室になることを許してもらわなきゃっ!!
言葉だけじゃなくて、心の底から許してもらえるように頑張らなきゃ!
でないと、廉子さまの怒りが、また悪い方向に向かうかもしれないし。
私は側室で、廉子さまより身分は絶対的に下だし、愚かで不器用で単純な女子だから、廉子さまには敵わないっって理解してもらわなきゃ!
恋敵には、なりたくてもなれないって。
だって、事実そうだし。
兄さまが病で床に伏したりしても、私はそばで介抱できないし、兄さまが昇進したとか誕生日のお祝いとかの宴や公の行事も、廉子さまが許してくれなければ出席できない。
晴れの儀式に、表立って側室は参加できない。
表の世界での妻は廉子さまだけ。
私や年子さまは、裏でひっそりと時平さまを支えることしかできない。
もし私に子供が生まれても、廉子さまの太郎君とは、最初に賜る身分が違う。(*庶子は一階を降す)
明らかに上下の差があるのに、もしかして私は今まで、廉子さまと対等に張り合おうとしてた?
私が一番愛されてる!って自信があったから、無意識に、廉子さまにも不敬な態度だった?
そうかも。
その態度を改めて、姉のように敬って、命令を従順に受け入れて、仲良くなりたい!
心を入れ替えた私は、まずは贈り物作戦!で無尽意さんに頂いた『滋養強壮の薬酒』を、下山したその足ですぐに、堀河邸に持っていくことにした。
築地塀が続く路を歩くと、堀河邸の立派な四脚門(*1)が見えた。
門番に頭を下げ、椛更衣の女房・伊予と名乗ると、中に入れてくれた。
侍所で対応してくれた雑色に
「廉子さまにお渡ししたいものがあり、お会いしてご挨拶させていただきたいのですが」
と面会を申し出ると、私は庭に立ったまま、少し待たされた。
見覚えのある年配の侍女がやってきたので、会釈すると、目の前の廂で立ちどまり、上から見下ろすようにその侍女が
「北の方さまは、お忙しいのでお会いする暇がございませんとのことです。」
無表情で無感情な、無味乾燥な声で告げられた。
昔の私ならその冷静な拒絶に、ビビッてすぐに
「ごめんなさいっ!お忙しいところをっ!!」
とか言って、慌てて引き下がってたと思う。
でも、心を入れ替え、子分だとしても、手下だとしても、可愛がられたいっ!!と必死な私は
「あの、では、これをお納めください。
xx寺で頂いた『滋養強壮の薬酒』でございます。
お疲れの際に匙一杯をお飲みになると、精が付き元気になるそうです!!
ご住職もお飲みになっているそうで、体も健康そうに見えましたし十歳はお若く見えました!」
できるだけハキハキ!楽しそうに言った。
無尽意さんのホントの歳は知らないけど。
若く見えたのは確かだし!!
話を盛るぐらい、いいよねっ?!!
両手で瓢箪を差し出すと、年配の侍女は困ったように私を見て、北の対の方をチラッと見て、また私を見て躊躇いがちに
「じゃ、一応お渡しするわね。
お飲みになるかどうかは分からないけど、それでいいなら・・・・」
私はウンウンと何度もうなずき
「もちろんですっ!受け取っていただけるだけでありがたいですっ!!」
と『滋養強壮の薬酒』の入った瓢箪を手渡した。
私は廉子さまに喜んでもらいたい一心で、
『仲良くなれば、文を交わしたり、一緒におしゃべりしたり、物見遊山に出かけたりできる!』
と期待してワクワクしてた。
だけど、このことがのちに、あんな屈辱的な出来事を引き起こすなんて、浅はかな私には微塵も予想できなかった。
(その2へつづく)
(*1:本柱2本の前後(または裏側)に、控柱を計4本立てて屋根を支える格式の高い門です。大臣クラスの貴族や公卿の邸宅の正門として使われました。)




