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少女・浄見(しょうじょ・きよみ)  作者: RiePnyoNaro
浄見の物語(恋愛・ミステリー)

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585/603

EP585:伊予の物語「渇愛の空性(かつあいのシューニャ)」 その7~伊予、無明に安住する~

暗闇の中、あたりを見回すと、黒い人影があった。


「怒ってるのか?浄見?廉子(やすこ)のことなら・・・」


兄さま??


ホントにいるの?


それとも影男さんみたいに、妄想??!!


恋しすぎて幻覚を見てるの??!!


幻覚でもいいっ!!


実体がなくてもっ!幽霊でもっ!生霊でもっ!!


「兄さまっ!会いたかったっ!」


叫んで、黒い人影に抱き着くと、衣から白檀(びゃくだん)と汗の匂いがして、その人がギュっと私を抱きしめかえした。


実在するような(ぬく)もりを、確かに感じた。


本当は、


廉子(やすこ)さまから兄さまを奪いたい


御子さまたちには気の毒だけど、構ってられない


私だけのものにしたい


毎日毎日、私のもとに通ってほしい


私だけを愛してほしい


利己的で、幼稚で、強欲な、この本心を兄さまにぶつけるわけにはいかず、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


何を話せばいいのか、迷って、


「あのね、この山で爾時子(にじこ)女王がね・・・・・」


と、この山で起こった痛ましい出来事を、私が知る限り全部話した。


話し終えると、兄さまが


爾時子(にじこ)女王はお気の毒だな。

想い人には拒絶され、大事にしていた腹心の侍女を思いがけない不幸で失うとはな。」


え?


どういうこと?


ワケがわからず抱き着いていた腕をほどいて、体を起こして兄さまの顔を見る。


白皙(はくせき)の肌が夜の闇に浮かび上がり、凛としたたたずまいや整った顔立ちは、極楽浄土の天上人のような、人ならざる者のような凄絶な美しさで、仏さまの後光のような輝きを放っている。


この手にたしかに触れ、目の前にいるのに、実在が疑わしい。


お経によると、目や手や鼻や耳で感じる感覚ですら、空虚だという。


実体は空虚で、虚空は実体を持つ。


その超越的な美貌の幻に、魅入られたように目が離せず


「なぜ?不幸な事故って何?

爾時子(にじこ)女王が妙音(たえ)(あや)めて、遺体を草叢(くさむら)に運んだんでしょ?」


吸い込まれそうなほど魅惑的な紅い唇が開き、体の奥に響く幽玄の声音で


「やってみればわかるが、動かなくなった体をひとりで背負うのは、小さい女子(おなご)の細腕では難しい。

まず高いところに座らせるなど、体を持ち上げるだけでも一苦労だ。

ということは、爾時子(にじこ)女王は妙音(たえ)を、生きてる間に背負ったということ。

つまり、足をくじいたかマムシに噛まれたかして歩けなくなった妙音(たえ)を、爾時子(にじこ)女王が背負って下山しようとしてたんだ。

だが途中で、熊や狼などの獣に襲われ、どうしようもなくなり妙音(たえ)を置いて逃げたんだろう。

逃げたが後悔して山に戻ってきて、妙音(たえ)の遺体と対面し、自責のあまり、


妙音(たえ)に天罰が下った、どうしようもなかった。』


と自分に言い聞かせたくて、心にもない暴言を吐いたんだろう。

気性の激しい人のようだから、自分が置いて逃げなければ妙音(たえ)は生きていたかもしれないと思うと、自分に対する怒りが抑えきれなくなったんだろう。

怒りを転嫁して激しい言葉を吐き出さなければ、やりきれなかったんだ。」


それを聞いて、あっ!と思い当たった。


爾時子(にじこ)女王が『自分は生きてて遺体は侍女だ』って訂正しなかったのは、自分は世間的に死んでもいいって自暴自棄になってたから?

淫売女!って暴言を吐いたのは、弟と同衾しようとした自分を責めたかったから?

禁断の恋をあきらめられなかった自分を憎んだから?」


美しい兄さまの幻は、あの世の者のような、玄妙(げんみょう)な笑みを浮かべ


「そうだ。

おそらく一生に一度の恋に破れて、生きていく気力がなくなったんだろうな。

気持ちはわかる。

私もあきらめることはできない。

二度と浄見を手放さない。

浄見、早く都に帰ってきてくれ。

太郎は一時的に、廉子(やすこ)の手元から離して、年子に預けることにした。

そしてもし娘たちにも危害を加えれば、すぐに引き離してほかの女子(おなご)に育てさせると言い渡した。

廉子(やすこ)も理解しただろうからこれからは自重(じちょう)するだろう。」


幻覚のくせに、やたら実際的なことを言う。


でも、太郎君が安全な場所で暮らせて少し安心。


それでもやっぱり私の罪は軽くならない。


母君が恋しくなるときもあるだろうし、そんな時には私を恨んでくれてかまわない。


この罪の意識も、兄さまへの愛情も、廉子(やすこ)さまの憎しみも、すべて実体は無い。


そして、善も、悪も、何の原因もなく虚空から生じ、それを防ぐ方法も無い。


あっ!とまだ解決できていない疑問を思いだして


「『般若心経(はんにゃしんぎょう)』って『生』も『滅』もない『垢』も『浄』もない『色』も『声』も『香』も『味』も『無い』って、いちいち列挙してひとつずつ『無い』っていうでしょ?

『この世にあるものは全て空虚だ!』っていうだけでいいのに!

なぜ一つずつ否定するの?」


兄さまは


「具体的に想起させ、それを一つずつ消していくことで、実感を持たせたいんだ。

例えばある名前が、その文字を読むだけで、悲しみと愛しさと生への渇望や強い衝動を引き起こすなら、ある人にとって、そのたった一つの言葉はこの世の全てよりも価値があり、大切で、重い。

激しい感情を呼び覚ます具体的な言葉で語りかけないような文字の羅列には、何の意味も何の力もない。」


自嘲(じちょう)するように呟いた。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。


『般若心経』で『何も無い』と言ってるように見えるのに、『十二因縁(じゅうにいんねん)』はあって、輪廻転生して仏になるには修行?悟り?は必要って、意味が分かりません!


悟れば『何も無く』なるのだとしたら、何が面白いんでしょうね?


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