EP583:伊予の物語「渇愛の空性(かつあいのシューニャ)」 その5~伊予、身元確認に同行する~
若者はビクッと肩を震わせ、唇をワナワナと震わせながら口を開き
「か、彼女の、自業自得だっ!
あんなにふしだらで、男にだらしない、どうしようもない淫売女っ!
死んで当然だっ!」
狭野方さんがフムと硬い表情でうなずき
「お前も彼女に弄ばれて捨てられた男のうちの一人で、それを恨み、殺したということか?」
若者はフンッ!と顔を背け、口をつぐんで何も応えなくなった。
しばらく誰も声を出さない静寂の時間が続いたと思ったら、従者の若者が顔をそむけたまま、ボロボロと涙を流し始め、
「うっ・・・うっ・・・うっ・・・」
と声をころして泣き始めた。
胸に迫るものがあった。
愛するあまり、殺さずにはいられなかったのね?
浮気な彼女を自分だけのものにするためには、彼女の人生を終わらせる必要があった・・・・。
でも、全体的に細くてか弱く見える、まだ子供と言ってもよさそうな年齢の若者が、それほどまでに、ひとりの女子を愛することができるかしら?
拭い去れない違和感が頭の片隅に残った。
狭野方さんたちは、捕まえた犯人と思われる若者を連れて下山し、私はその夜も写経し続けた。
いよいよ『観音経』も終盤に差し掛かり、明日には完成させて下山する予定だった。
翌朝、朝餉を終えると、云何さんがやってきて
「女房どの、検非違使たちが身元確認のための人物を連れてきたそうです。
遺体のそばへ連れて行って見せるそうです。
もし、女房どのが同行されるならと外で待っておられるのですが、どうされますか?」
真相が気になってたので、二つ返事で
「もちろんっ!行くっ!」
すぐに身支度を整え、草履をはき、市女笠をつかんで観音堂を飛び出した。
寺から降りる山道で狭野方さんと同僚の検非違使と、今日はもう一人、パリッとした狩衣・立烏帽子姿の男性が一緒だった。
狭野方さんが私を見て、儀礼的な笑みを浮かべ
「こちらは侍多王さん。爾時子女王の弟君です。こちらは宮中の女房の伊予さんです。」
侍多王さんは緊張した面持ちで、私を目の端でチラ見してすぐに視線をそらした。
私は部外者なので、山道を下る狭野方さんたちの一番後ろについていった。
まっすぐな幹の、背の高い木々が生い茂る山道を進み、途中、脇道の草叢が茂る斜面を、藪の中を踏み分けておりていくと、草叢の一部に、筵をかけた場所があった。
狭野方さんが筵のそばにしゃがみこみ、振り返って私に向かって
「伊予さんは見ないほうがいい。
侍多王さんこちらへきて確認してください。」
私は筵が『まだ遠くてよく見えないなぁ~』ぐらいの位置でピタッ!と立ち止まった。
さすがにご遺体を見るのは怖いっっ!!ので遠慮した。
侍多王さんがフラフラと覚束ない足取りで、草を踏み分け、筵に近づいた。
狭野方さんの横にしゃがみこみ、筵をめくってその下にあるご遺体を確認してるようだった。
侍多王さんのしゃがみこんだ背中だけが見えてたけれど、力んでた肩がガックリと落ち、背中の力が抜け、全身の緊張が解けたように見えた。
侍多王さんが狭野方さんを見て
「これは、姉ではありません。
一緒に出かけた侍女の妙音です。
よかった・・・・姉はまだ生きてるってことですよね?
妙音は気の毒でしたが。」
えぇっっ??!!
ビックリして思わず
「じゃあ、昨日捕まったあの従者は妙音さんの恋人?
あの従者は妙音さんと山中で逢引きしたあと、殺して逃げたってことですか?
最初から爾時子女王は山に入ってないってことですかっ??!!
じゃ、爾時子女王は今どこにいるんですかっ??!!」
狭野方さんは腕組みして、真剣な表情で考え込んだ。
その隣でスクッと立ち上がった侍多王さんが、またフラフラと体を揺らし、突然、両手で頭を抱えこんで体を曲げたと思ったら
「ああっっ!!なんてことだっ!!そういうことかっ!!」
と叫んだ。
それを聞いた狭野方さんが何かに気付いたように目を光らせ、
「お寺でお話を伺いましょう。
すべて話してくれますね。」
と侍多王さんの肩に手を置き、話しかけた。
はぁっっ???!!!!
何がわかったのっっ??!!
チンプンカンプンな私は、黙ってついていくしかなかった。
観音堂でまさしく『一堂に会』し、侍多王さんの話を聞くことになった。
私、狭野方さん、同僚の検非違使、侍多王さんに加え、この寺の雑色の云何さんも加わった。
侍多王さんは胡坐をかいた指貫の膝をギュっ!と握りしめ、ゴクリと息をのみ、観念したように、ふっとため息をつき、話し始めた。
「実は四日前、この山で、姉が密会した相手というのは、私なんです。」
へ?
えぇーーーーーっっっ??!!
なぜっ??
同じ屋敷に住んでるのにっ??!!
わざわざ山で密会っ??!!
(その6へつづく)




