EP582:伊予の物語「渇愛の空性(かつあいのシューニャ)」 その4~伊予、殺人事件の犯人と対面する~
私は唐突な訃報に、殴られたような衝撃を受けて黙り込んだ。
頭の中では無意識に記憶をさぐり、昨日、ここへ来るまでの道中の景色を次々と思い出した。
女性の遺体?
全く気づかなかった。
どのへんだろう?
狭野方さんが優しく気遣うような声で
「伊予さんが来る途中に、何か見ませんでしたか?」
私は首を横に振りながら
「いいえ。特に何も・・・・気づきませんでした。
発見された女性の衣の色は?」
狭野方さんは一点をジッと見つめ少し考え
「ええと、確か、朽葉(黄色のこと)ですね。下は青(緑のこと)でした。」
そんな色の衣を道中で見た覚えはなかった。
狭野方さんが腕組みして、う~~んと唸り
「実は、先ほどこの寺の雑色に話を聞いたところ、三日前、山を下りる途中、草叢の中で朽葉色の衣の女性が、従者に背負われているところを見たそうなんです。
急ぎの用があったので声はかけなかったそうですが、その朽葉色の衣の女性が遺体で発見された爾時子女王となると、何のためにそこにいたのか。
伊予さんのようにこのお寺にお経を納めに来たのか、それともほかに目的があったのか。」
考え込む。
ん?
影男さんの話と違う!
と疑問に思ったので
「私が知人から聞いた話では、爾時子女王は『侍女』と二人でこの寺に向かったそうですが、従者と一緒だったの?
それとも云何さんが見たのは別人?」
狭野方さんがう~~~んと首をひねり
「爾時子女王の住まいである父王の屋敷に勤める者たちの話によると、爾時子女王は『恋多き女子』だったそうで、毎日さまざまな男が屋敷に通ってきていたそうです。
もしこの寺訪問の目的が、納経ではなく、『身分違いの恋』や『禁断の恋』の相手との逢引なら、『従者に背負われていた』という証言は別の意味を持ちますね。」
私が目を丸くして
「えっ?!わざわざ従者と逢引きするために山の中まで来る??!!
都でも人目を忍んで逢える場所はありそうだけど?」
狭野方さんはお手上げというふうに肩をすくめ
「遺体が爾時子女王かどうかの身元確認のため、弟君・侍多王に来ていただくことにしますが、衝撃を受けられるかもしれないなぁ。
何しろ熊や狼や狸のような獣に食い荒らされた形跡がありますから。
では、私は下山して報告しなければならないので、これで失礼します。」
と告げて狭野方さんと同僚の検非違使は立ち去った。
モヤモヤで頭がいっぱいになった私は情報を整理してみる。
まず、侍女と爾時子女王が二人でここに来たと言ってたけど、それは影男さんの勘違いだとしたら、爾時子女王は恋人の従者と二人で山に入った。
で、逢引きして、爾時子女王が従者に背負われているところを云何さんに目撃された。
その後、二人がケンカでもして、爾時子女王は恋人の従者に殺されて、山の中に放置された?
う~~~~ん。
じゃ、その従者が犯人よね?!
一応整理できたので私は写経に戻った。
でも、精神集中できず、ハッ?!と別の推理を思いつき、ひとりごとを呟く。
「もし、別の男性と逢引きするために爾時子女王がここを訪れたとしたら?
爾時子女王が従者と仲良くしてるところを、その男性が見て、嫉妬でカッとなって殺したとかなら、その男性を探すべきよね?!」
その別の男性は爾時子女王と都では逢引きできないから、山の中で逢引きしたのかしら?
そんな相手って・・・・誰?
モヤモヤしながらも、少ない材料からは結論は出せず、写経を続けてると、日が傾き始めたころ、入口に誰かがやってきた気配があり、
「あの~~~、女房どの、先ほどの検非違使たちが、犯人の従者を捕まえて戻ってきました。
この観音堂で簡単な事情聴取をしてもいいかと尋ねておりますが・・・・いかがいたしましょう?」
と云何さんの声がした。
えっ??!!
犯人っ?!!
爾時子女王を背負ってたのを見られた従者っ?が捕まったっ?!!
これを聞き逃す手はないっっ!!
すっかり興奮して、上ずった声で
「もちろんよっ!!さぁっ!どうぞ上がってって伝えてっ!」
そそくさと文机を部屋の端に片付けた。
狭野方さんが会釈しながら入ってきて、それに続いて同僚の検非違使が、背の低い痩せた従者の恰好をした若者を、後ろ手に縛り、そこから伸びた縄をもって歩かせながら、入ってきた。
「下山途中にすれ違ったこの男に、朽葉色の衣の女性についてたずねると、いきなり逃げ出したので追いかけて捕まえたんです。
雑色に面通しすると、衣は違うが、背格好は爾時子女王を背負っていた従者と似ていると証言しました。」
そういって狭野方さんが私と並んで座り、対面して同僚の検非違使と、その隣に、後ろ手に縛られた縄つきの、従者の若者が大人しく座った。
犯人と思われる若者は、水干・括袴・萎烏帽子姿で、痩せて、色黒で、二本の前歯が唇から少しはみ出してるところが特徴的な顔立ちで、俯いて、床をジッと見つめ、口をキッと横に引き結んで、体を硬くして正座してる。
狭野方さんは胡坐をかき、腕組みして、若者を真剣なまなざしで見つめ
「今日の昼頃、爾時子女王が遺体で発見された。
三日前、お前は爾時子女王と一緒にいたところを云何どのに目撃された。
お前は爾時子女王の従者なのに、彼女を殺して逃げたのか?」
(その5へつづく)




