EP577:伊予の物語「庚申の色夜(こうしんのいろよ)」 その10~伊予、一つ目の階段でつまづく~
東の対につくと、先に元佐さんを中に入れ、妻戸を後ろ手に閉めたけど、閂はかけなかった。
一応、嫌になったらすぐに逃げ出せるように。
元佐さんが真っ赤な顔で、まだモゴモゴと
「え?ほ、本気ですか?い、い、いいんですかっ?
私は、その、ま、まだ、女子を、し、知らなくて、ど、どうすればいいのか、わからなくてっ・・・・」
しどろもどろになってる。
私は顎に人差し指を当て小首をかしげて
「う~~~ん、そうね、まずは衣を脱いで、小袖姿になるのよ!」
というと、元佐さんは緊張で指がブルブル震えながら、水干の首紐をはずし、腰紐を解く。
私は袿と単の重なりをゴソッと脱いで、小袖と緋袴姿になった。
袴の紐をほどきながら、ふと
『ほんとに元佐さんと男女の関係になるつもり?そんな気になってる?』
自問する。
私が袴の紐を解く前に、すでに袴を下におろして、小袖姿になり目の前に立つ元佐さんの、脛とはだけた裾から膝や腿の一部がチラッと見えた。
白くて肉付きがよくてムチムチしてて、今まで見たことのない、男性のというより女性のような肉体。
筋肉の境界が見えないのは、多分、竹丸のもそうだけど、男性の体としてみると不思議な気がして、手を止めてじっと見つめてしまった。
元佐さんが照れて頭を掻きながら
「ど、どうでしょう?これからはどうするんですか?」
私は、一向に、そういう、性的な興奮が起きないことに戸惑って
「ええっと、そこに、畳に寝転んで、腕枕してくれる?
そこから始めましょ?」
というと、嬉々として元佐さんが畳にゴロンと寝ころんだ。
赤子がよちよち歩きの時に転んでしりもちをついたみたいに不器用にゴロンと寝ころんだので、
『かわいらしい!』
とは思ったけど、心臓は平常運転で、心拍数が上がる気配がない。
こんな状態で、兄さまとしてるような、『あんなこと』できる??!!
あの興奮状態って正常じゃないのねっ??!!
裸になれば誰にでも興奮するものでもないのね??!!
知ってはいたけど、こっちの気の持ちようでどうにでもなると思ってた!!
やる気?さえあれば、何とでもなると思ってた!!
だけどっっ!!!
・・・・・無理かも・・・・・
ムチムチした赤ちゃんみたいな男性に、触れられても、何とも思わないかも?!
柔らかい手やブヨブヨの胸が私の肌に密着する、と想像しても、何の反応も起きない。
それが元佐さんだと思うともっと、難しい漢詩について話してる時のような冷めた冷静な気持ちになる。
・・・・どうしようっ??!!
ここまできて逃げたら、傷つけるっ??!!
でも何も知らないならまだ大丈夫かも?
逃げる口実・・・・あっ!とひらめいて
「あの、さっき思い出したけど、今日は、体調が悪いの!
だから、また後日にしてくださる?
ごめんなさいっ!」
手を合わせて謝って、袴の紐を結びなおし、袿と単をわしづかみにして、そそくさと妻戸を開けて東の対から外へ出た。
妻戸の向こうから、か細い元佐さんの声で
「ええ~~~~!
伊予どの~~~っ!
どういうことですかぁ~~~~!」
って聞こえたけど無視して廊下を歩きながら単・袿にそでを通して、さっさと東の対から離れようとした。
う~~~ん、今更、主殿に戻るのはバツが悪いし・・・・
北の対?
は使ってないよね!
というわけで、格子と壁代のおりた北の対の妻戸の外から中の気配を伺い、誰もいないのを確認して、妻戸を開けて中に入った。
真っ暗で、しんとして、誰の気配もない。
怖いくらい静かなので、怖気づいたけど、とりあえず眠ろうっ!!
と、畳を敷いた場所に几帳と屏風を引っ張ってきて囲って、寝所を整えた。
単・袿をゴソッと脱いで、小袖・袴姿で横になり、単を一枚、重なった衣からはがして、上にかけて眠ることにした。
さっきまであんなに眠かったのに、今は頭がさえて眠れない。
さっきの元佐さんとのことを思い出して、あらためて『恋多き女子』になることの難しさを思い知った。
元佐さんは悪い人じゃないし、話も面白いし、一緒にいて楽しい。
誠実だし、好きな友達の一人。
なのに、性的な行為を想像できない。
どういうときに性的な興奮が起きるのかがはっきりわからず、自分で制御できないことに困惑した。
『好き』だと頭で思っている自分と、無意識に興奮してる自分は、別人なの?
今まで、そういう気持ちになった人は、兄さま、影男さん、忠平さま、の三人だけ。
自分からそうしたいと思ったのは、兄さまだけ。
そういえば、兄さまと、ずっとそういうコトをしてないな~~~~。
他の人とする?と想像しても、兄さまがいなければ、嫉妬してくれなければ、と考えると、無気力になる。
性的な気持ちにならない。
影男さん、でも、忠平さま、でも、兄さまが嫉妬してくれなければ、めんどくさいな~~と思ってしまう。
別に何もしなくても、いいかって思えてしまう。
このまま誰とも、そういう気が起きず、何もせず、年を取って、枯れて、死んでしまうかもしれない。
時平さまがいない世界は、すべてが灰色に見えた。
まるで色を失ったように。
あれほど魅力的に鮮やかな感情に彩られていた世界が、何も感じない、苦痛もない、喜びもない、無味乾燥な世界になってしまった。
乾いて、干からびて、崩れ落ちて、空っぽになった感情を抱いたまま、
底知れない暗闇に沈むように、いつのまにか深い眠りに落ちていた。
(その11へつづく)




