EP571:伊予の物語「庚申の色夜(こうしんのいろよ)」 その4~伊予、徹夜の会に参加する~
茶々が私にグイッと詰め寄り、脅すような低い声で
「ねぇ?聞きたいんだけど、伊予は上皇侍従さまと男女の関係とかじゃないのよね?」
へっ??!!
唐突な質問に焦り散らかしてウンウンと首を縦に何度もふり
「違うわっ!!誓ってもいいっ!!忠平さまとはそういう関係じゃないっ!!」
・・・・・・ヤバかったことは何度かあったけど
茶々は安心したようにホッと息を吐き
「じゃあ彼を絶対っ連れてきてねっ!!」
私は上目遣いで茶々をジトッと見つめ
「でも・・・・茶々も、忠平さまと交流があるなら、茶々が誘ってみれば?」
なんとなくやましいし、引け目も感じるし、私が誘えば忠平さまは断れないかもしれない。
そうなると、忠平さまに勘違いさせて、迫られでもして、もしほんとに男女の関係にまで発展したら・・・・・
と心配しかけたけど、それはそれでいいのかも?
『恋多き女子』としては、もし忠平さまとそうなってもアリ?
でも、茶々の恋路は邪魔したくないので、今回はナシ!
と考えてると、茶々がまだギンギンな目で歯ぎしりしそうな勢いで力んで
「わかったわ!
上手く上皇侍従さまを誘い出せばいいのよね?!
文も何回か交わしたこともあるし、大丈夫っ!できるわよっ!!」
と自分に言い聞かせてるみたいだった。
『誘い出す』って、獲物?!
罠にかけるのっ??!!
私はお気楽にルンルンして鼻歌でも歌いたい気分で
「じゃ、私も漢文は苦手だから、和歌勉強会にしたいっ!って元佐さんに伝えておくね!」
ということになった。
私は和歌勉強会にある趣向をそえたかったので、その提案もつけ加えて元佐さんに文を出した。
数日後の庚申の日になった。
眠らずに徹夜するのが目的なので、『守庚申』の集まりは各々の仕事を終えた夜から集まることにした。
とっぷりと日が暮れ、早春の寒さがチクチク肌をさす薄暗い路を、茶々んちの牛車に茶々と二人で揺られ会場まで向かった。
私たちの単は同じく『雪の下』と『山吹の匂』。
もちろん、茶々がいるってことは忠平さまをおびき出すことに成功したからで、会場は枇杷屋敷だった。
牛車に揺られながら茶々が急に真面目な顔になって
「ね、上皇侍従さまの好みのタイプってどんな女子だと思う?」
え?
よく考えたことなかったけど、記憶をたどり
「さぁ・・・・・?
でも、おとなしくってなんでも言いなりになる女子よりは、素直に思ったことを口に出す女子のほうがいいんじゃないかな?」
昔、『言いなりになる女子はつまらない』とか言ってた気がする。
私のことを『生意気だから面白い!』とかも。
茶々が横目で私を見て、
「ふ~~~~ん」
とつぶやいた。
立派なお屋敷の東門に到着すると、大きな枇杷の木を横に見ながら、牛車が庭に入っていく。
牛飼い童と雑色が牛を放って牛車を東中門廊につけてくれた。
牛車から廊下に降りると、定和さんの奥さん?の侍女が主殿まで案内してくれた。
主殿はすでに格子と壁代を下ろしてて防寒してたので、妻戸を開けて中にはいると、忠平さまと元佐さんが座ってた。
忠平さまは淡い萌黄(黄緑色)の地に濃緑の丸い臥蝶の文様が入った狩衣姿で、指貫の色は葡萄茶色で、立烏帽子をかぶってる。
元佐さんはいつもの灰色の水干、袴に立烏帽子姿。
古くなった鏡餅が大きくなったみたいに全体的にもっちゃりして座ってる。
そこまでは想定内だったけど、さらにその横に輪になるような位置に、黒水干、白袴、萎烏帽子姿の影男さんと、びっくりすることに、望子さんが座ってた。
望子さんは表が華やかな薄色(ピンク色)の下に紅さらに萌黄(黄緑)と重ねた『二つ色』?の単。
目はパッチリしてるけど、目じりが切れ上がってて、鼻梁の細い形のいい鼻と、厚いめくれあがった肉感的な唇の、痩せ型の美女。
はぁ??!!
びっくりして固まってると、茶々はさっさと元佐さんと忠平さまの間に着席した。
元佐さんが二重まぶたの丸い目を細め、にこやかに、白いむっちりした手をヒラヒラして
「驚いたでしょ?!
影男どのも誘いましたよっ!!
影男どのの婚約者もご一緒するとのことでした!」
たるんだ顎をタプタプさせながら楽しそうに言う。
私が手招きに応じて、元佐さんと影男さんの間にある円座に座ると、元佐さんが
「伊予どのっ!お久しぶりですね!元気にしてましたか?
私は毎日、雪案蛍窓(*作者注1)で刻苦勉励し、学問に打ち込んでたので少し痩せました!
わかるでしょ?」
つやつやの白いぷっくりした頬を指さすからジッと見てみるけど、どこが痩せたのかサッパリわからなかった。
影男さんが私を見てるような気配を背後に感じるけど、振り向けず、元佐さんに向かって
「う~~~ん。見た目にはわからないけど、ほんとに痩せた?」
「何を言ってるんですかっ!!
ほらっ!頬のここっ!コケてるでしょっ!!
ゲッソリしてしまって美男子たる所以のふくよかで豊かな頬が台無しになりましたっ!」
「パンパンに張ってるように見えるけど?
全体的に浮腫んでる?」
「ふ~~~~う。これだから美醜のわからない審美眼を欠く女子は嫌なんですっ!
この中の男子で一番ふくよかで柔らかい肉体をもつ豊満な現代の美男子!といえば、群を抜いて私でしょっ?!
こういっちゃなんですけど、あとの二人は手足から推測するに、筋張っててガチガチに硬い筋肉しかない、肉体労働する下働きのような体つきでしょ?
肉体にとっての柔らかさ、つまり『余裕』がありません!」
最後は内緒話ぐらい小声だった。
『余裕』って『脂肪』のこと?
個人的にはガチガチに硬い筋肉質な体形のほうが好きっちゃ好き!
無意識に兄さまの胸やおなかの、境界線がくっきり見える美しい肉体を思い出し、ひとりで顔を赤くした。
現代感覚からはズレてるかも?だけど。
(その5へつづく)
(*作者注1:東晋のころ(4世紀)、車胤は貧しくて油が買えないので、夏、蛍を集めて袋に入れ、その明かりで書物を照らした。また、孫康は冬の日、窓べに雪を積んで明るくして、書物を読んだ。(『蒙求』))




