EP570:伊予の物語「庚申の色夜(こうしんのいろよ)」 その3~伊予、恋多き女子を目指す~
ぐっすり眠れたので翌朝は日の出とともに目を覚まし、忠平さまはそっとしておいて、雑色の定和さんにだけ挨拶をしてサッサと内裏へ帰った。
だって、一刻も早く椛更衣に悩みを聞いてほしかったかったんだものっ!!
内裏の雷鳴壺に戻るとさっそく椛更衣に相談があると持ち掛けた。
今日の椛更衣の装いは一番表は濃い紫の袿で、それからだんだん薄い紫を重ねて、一番下の単は紅でしめる『紫の匂』。
私は表は白で紅梅から淡い紅へと重ねて、一番下は青でしめる『雪の下』。
これが一番おしゃれ!だと思ってるから。
真っ白な雪の下から、雪解け水の『青』や梅の花の中心部分のほんのりとした『紅』が透けて見えるイメージ?
兄さまとケンカしたことと『恋多き女子』になる作戦を打ち明けると、椛更衣はクリッと丸い目をこぼれ落ちそうなほどさらに大きく見開き
「まぁ!」
と驚いたあと、せわしなく瞬きし戸惑った表情で
「う~~~~ん、でも、そうよね~~~~。
女子だって恋人をとっかえひっかえしたっていいはずよね?
現に皇太夫人(藤原温子:時平の異母妹)に長く仕えた女房の伊勢なんて、中宮大夫仲平どの、左大臣時平どの、右兵衛少尉平貞文どのと遍歴して、宇多上皇さまの皇子まで産んで、今は立派な『伊勢の御息所』でしょ?(*作者注1)
伊予だって私に仕える女房で、似たような立場だし、これから恋人をたっくさん!作ったって全っ然構わないと思うわ!
うん、そうよっ!!
で、恋愛の歌が上手く詠めるようになるのよっ!!
伊勢のように歌の名人!になるかもっ!!」
ま、和歌の名人?は無理だとしても、そうよねっ!
今は宇多上皇に仕えてる伊勢さんも昔は兄さまと恋仲だったのよね?
でも兄さまは今はすっかり伊勢さんに恨まれて嫌われてたけど。(*作者注2)
時平さまが若いころから数々の女子と浮名を流してきたことを改めて思い知り、
『自分のことは棚に上げて、私には貞操を強いるなんて、不公平だわ!!』
と苛立つと同時に、
『あの人にとって私はもう特別じゃないのかもしれない。
「幼くて無垢だから可愛いがってただけのわがままな妹」に成り下がった?のかもしれない。』
と不安になった。
でも売られた喧嘩は買ってやるっっ!!
と息巻いて、椛更衣に鼻息も荒く
「更衣さまっ!!決心しましたっ!!
これから恋文を送ってくれたひとりめの人と付き合うことにしますっ!!」
椛更衣があっけにとられた顔で
「え~~??!!さすがに嘘でしょ??
もし恋文を送ったのが初対面の人でも?
嫌いな人でも付き合うの?!」
コクリと硬い表情でうなずき
「『恋多き女子』になるためには選んでなんかいられませんっ!!
来るもの拒まず、去る者追わず、ですっ!!」
椛更衣は呆れたようにため息をつき
「後悔して泣きついてくる伊予の姿が目に浮かぶ・・・・・」
ギロッとにらみつけ
「何かおっしゃった??!!」
椛更衣は肩をすくめ、ううんと首を横に振った。
数日後、記念すべき?一通目の恋文を受け取った。
正確には『恋文』じゃなかった。
いつものように、元佐さんからの漢文勉強会のお誘いだった。
椛更衣には高らかに宣言したけど、そういえば私が『左大臣の女子』と宮廷内外に知れ渡ってから『恋文』なんて受け取った覚えはない。
唯一、影男さんと忠平さまだけは恋文めいたものを定期的に送ってくる。
元佐さんには一応、昔、『結婚を前提にお付き合いしてください』と告白された気がするので、受け取る文は恋文と判定していい(?)
う~~~ん。
もし付き合ったら?
元佐さんと一緒にいるときの自分を想像して、楽しいとは思うけど、恋愛のドキドキやハラハラはないだろうな~~~と思ってしまう。
でも結婚して長時間一緒にいるなら恋愛のドキドキなんて必要ないだろうし、楽しいならそれでいいのでは?
自分を説得し元佐さんの提案を茶々に伝えに桐壺に出かけた。
茶々の装いは一番上の袿は朽葉(濃黄)色から淡い朽葉色を重ねていって一番下は青でしめる『山吹の匂』で、明るい春の雰囲気。
面長でほっそりとした顔に扁桃形の生気のある目と少し長くて丸い鼻のすぐ下には快活そうに口角のあがった口。
茶々の房で、出された白湯と胡桃をいただきながら、私が
「・・・・でね、次の庚申の日にね、元佐さんが守庚申(*作者注3)の漢文勉強会をしませんかってお誘いがあったの。
徹夜するんですって!」
茶々はいぶかしそうにアーモンド形の目を細め、
「漢文を徹夜で勉強するの?
あんまり楽しくなさそう!
伊予は行きたいの?
他には誰が来るの?場所はどこなの?」
条件次第では不参加!を表明してるっぽいので、よく考えて
「ええっとぉ・・・・私が誘ったらきてくれそうな男子よね?
竹丸・・・は食べ物で釣ればいけそう。
影男さんは仕事が忙しそうだから無理かも。
このごろ連絡とってないけど、狭野方さん?は声をかけてみてもいいかも。
あとは・・・・あの人くらいかな・・・忠平さま?」
「行くっっっ!!
上皇侍従さまがくるなら、絶っっっ対っ!参加するっ!」
間髪入れず茶々がこたえ、目をギンギンに血走らせてる。
(その4へつづく)
(*作者注1:宇多天皇の皇子・敦慶親王と結婚するのは900年ごろより後だと推測します)
(*作者注2: EP383:伊予の物語「噤口の大臣(きんこうのだいじん)」にあります!)
(*作者注3:守庚申とは、60日に一度巡ってくる「庚申」の夜に、体内の虫(三尸)が天にのぼり罪を告げ口して寿命を縮めるのを防ぐため、眠らずに夜を明かす道教由来の信仰習俗。平安時代の貴族から始まり、江戸時代には庶民の間で「庚申待」として広く普及した。900年は3月5日もそうだったらしいです!)




