EP568:伊予の物語「庚申の色夜(こうしんのいろよ)」 その1~伊予、浮気心を見抜かれる~
【あらすじ:義弟君と抱き合ってたところを見られた私は以前のように嫌じゃなかったことが後ろめたくて、時平さまに売り言葉に買い言葉で『恋多き女子になる!』と宣言をしてしまった。
庚申の夜は眠ると体内から虫が出て、天に昇って罪悪を天帝に告げ口されてしまうから徹夜する習慣があるけれど、虫がいないその夜に犯した罪はどうなるの?
私は今日も、『色の無い世界』を想像して取り乱す!】
今回は一話ずつ毎日1:00~公開します!
よろしくお付き合いお願いいたしますっ!!
「ご苦労だったな、四郎。
伊予を荒くれ者たちから守ってくれて感謝してる。
だが、閨の相手まで務めてくれと頼んだ覚えはない。」
硬い、低い、張りのある声が枇杷屋敷の主殿に響いた。
ビクッ!!
として私は慌てて忠平さまの胸を強く押し、忠平さまも体を震わせ、私を抱きしめてた手を放して飛び離れた。
口から飛び出しそうに一瞬、大きく跳ねあがった心臓が、バクバクとものすごい速さで打ち続ける。
え?
やましいなら浮気するなって?
確かに、いい雰囲気そのままに、流されそうになったけどっっ!!
主殿の妻戸が開きっぱなしになってて、兄さまが入口に立って私たちをにらみつけていた。
白い狩衣の胸に刺繍されてる黒龍までが金色の目でこっちを睨んでる気がした。
日がとっぷり暮れて、薄暗い室内でも、兄さまが怒りでこめかみに浮かせた血管をピクピクと痙攣させてるのが手に取るようにわかる。
でも『頼んだ』ってことは、兄さまも心配してくれてたのね?!
荒くれ者の中で間者してたことをっ!
嬉しくてホッとしたのと、今の浮気を疑われてるこの状況をどうするか?のハラハラが同時に押し寄せてパニックっ!!
どう言い訳しようっ??!!
必死でグルグルと考えを巡らせる。
忠平さまが眉根をよせ、困惑し、焦った声で
「あ、兄上っ!
誤解しないでくれ!
伊予は浮気してない。
私が勝手に抱きしめただけだ。
嫌がっていた伊予を無理やり抱きしめていただけで、それ以上は何もしてない。」
ありがとーーーっっ!!!庇ってくれてっっ!!
って忠平さまに感謝しかけたけど、そもそも抱きしめなければ誤解されなかったでしょっっ!!
私も焦りつつ言い訳を開始する。
「そ、そうなのっ!
忠平さまが、荒くれ者に襲われて危なかったところを助けてくれてね、それでっ、話してるうちにね、変な雰囲気になって・・・
あっ!そうだっ!兄さまの欲しかった情報は無事入手できたわよっ!!
ええっとね、実はね・・・・・・・」
タイミングよく浮気から話を逸らすことができたので、
『阿武隈川で砂金を違法採取してた集団が京で大量の品物を買い付けてた』
という情報をベラベラと尾ひれと背ひれをつけて切れ目なく話し続けた。
私のひらめいた(?)遊びに見せかけて情報を得る手法とかっ!!
副産物の雲母から砂金を推理したところとかっ!!
全部話し終えて、まだ何かないかな?と無理やり記憶から引っ張り出したのが、廉子さまが臺与に頼んで荒くれ者の親分から手に入れた薬の正体?についてだった。
近づいてそばに立って私の話を聞いてた兄さまは、そのうち怒りを忘れ、考え込むような真剣な表情になり、黙って相槌を打つようにうなずいてた。
「・・・・・とにかくっ!阿武隈川の支流の松川のどこかで、あの連中が砂金を違法採掘してるってわかっただけでも、私が食事会に潜入した価値があったでしょっ?!」
話し終えた私が目力をこめて兄さまの整った美しい顔立ちをジッと見つめる。
兄さまがポツリと
「そうだな。ご苦労だった。明日さっそく国守に松川の砂金の有無の確認を命じる太政官府を出そう。」
よしっ!!
完っっっ全っっにっっ!浮気まがいの状況から兄さまの気を逸らすことに成功したっっ!!
とほくそ笑み、兄さまの袖に触れ、小首をかしげて品をつくり上目遣いで、精一杯、ご機嫌をとろうとしてほほ笑みを浮かべ
「じゃ、今夜は左大臣邸に帰る?一緒に夜を過ごすでしょ?」
というと、兄さまは凍り付きそうなほど冷たい目で私をチラ見し忠平さまに視線を移して
「その前に伊予に話がある。
四郎、東の対を貸してくれるか?
二人で話がしたいんだ。」
忠平さまが兄さまの殺気だった様子に気圧され、やましさで焦ったように
「もちろんっ!使ってくれっ!好きなだけっ!」
と言いつのった。
私も忠平さまへの見方が変わったけど、忠平さまの私への態度も変わった。
以前は兄さまと私が枇杷屋敷で二人で過ごすことにいちいちブチ切れしてたのに、今は私を『尻軽妻』という汚名から守ろうとしてるように見える。
・・・・・・というか、もしかして、以前よりもっと大切にされてる?
私の名誉とか、感情とか、意志とか、そういうのまで尊重してくれてる?
性的な欲求を満たすだけの女子ではなく、大事な相手として扱ってる?
そんなことをされれば、ますます好意を断りづらいし、胸が苦しくなる。
そんな風に愛されたい相手は、ひとりだけなのに。
どうすればいいの?
考え込みながらも、兄さまが東の対へ歩いていく後ろについていった。
東の対はすでに格子と壁代が下りていたので、妻戸から中に入った。
私が妻戸を閉めると、真っ暗な中で二人きりになった。
兄さまがふぅっ!とため息をつき
「四郎のことをどう思ってる?」
真っ暗に慣れてきた目には、医師に深刻な病状を告げられた時のような、苦悩の表情が見えた。
やましさと後ろめたさとで、焦って取り繕おうとして
「え?忠平さまは、兄さまの弟君で、上皇の腹心の侍従で、右大臣さまの寵臣で・・・・・」
モゴモゴしてると、ギロッ!と鋭いまなざしをむけられ
「以前と違うな。
以前は『嫌いだ』と断言してたが、今はどう?」
「えっ?!
今?
今は・・・・そうね、その、今日も助けてもらったし、ため池でおぼれた時も助けてもらったし、贈り物もたくさんもらったし、相談にも乗ってもらったし、いろいろ恩があるから、いつまでも嫌いではいられないわ!」
兄さまが皮肉気に口の端をゆがめて
「じゃ、好き?四郎のことを?」
(その2へつづく)




