EP566:伊予の物語「砂上の雲母(さじょうのきらら)」 その7~伊予、再びうなじを褒められる~
髪を梳かす手を動かしながら忠平さまが真剣な声で
「なるほど、そうか。
伊予、お手柄だな!
砂金の違法採取で奴らを捕まえるよう兄上に伝えよう。
国守に太政官符を出し、雑徭を使って砂金を採取させ官物として納めさせないとな。」
「身元については分からなかったけど、臺与が吾妻丈夫に接触してたから、そこから判明するかも。」
と言ったあと、自分の言葉に落ち込んだ。
臺与は兄さまからの依頼を全うするために吾妻丈夫との嫌な、汚れ仕事?でも受け入れたのに。
私には・・・・とても、できない。
自分の身を犠牲にするような仕事なんて。
想像するだけで吐き気がする。
それに、私をかばってくれた。
本当に、心の底から、臺与を尊敬する。
あの強靭な意志と信念には憧れる。
負けても仕方ないなぁ~~~。
凹みきってると、忠平さまが蔓壺を傾け、手のひらにネバネバした水をとり、私の髪の毛に手櫛で塗り広げた。
「さねかづら・・・・か。
こういうのはどうかな?
『実葛 茂れる鄙の 阿武隈の 乱れし髪の 朝をとぞおもう』
(さねかずらの茂っている鄙(辺鄙)の地の阿武隈川、その流れのように乱れたあなたの髪の、その朝のことを思っているのです。)」
なるほど~~~!
『小寝かずら』の縁語の『逢ふ』を『阿武隈川』として使ってるのね?
で、実葛から作る『葛水』と『髪』も縁語になってて、阿武隈川が急流で『乱れる』のと、寝起きの髪が『乱れる』のを掛けてるのよね?
『の』を繰り返すときの拍子も気持ちいい!
さすがっ!!技巧派っ!!
そして情感があるっ!!
余情がスゴイっっ!!
って感心したけど・・・・・
これって知らない人が聞いたら『後朝の歌』だと思うじゃないっっ!!(*作者注1)
この和歌から読める情景って、辺鄙な東国のさねかずらが茂る阿武隈川近くの場所で、一夜を過ごした恋人たちの、後朝に男性が女性に送る和歌じゃない??!!
阿武隈川の急流みたいに寝乱れた髪って・・・・・?!!!!
一体どんなことをしたらっ??!!
ひとりで想像をたくましくして、真っ赤になってると、忠平さまが私の髪の毛を上方向に持ち上げて梳かし、髷を結い始めた。
ヒヤッとする冷たい風がうなじをかすめる。
数日前、兄さまにうなじを愛撫されたときのことを思い出して、ゾクゾクとした快感がうなじから広がった。
忠平さまは無言で髷を作って元結でくくり、形を整えてくれてる。
触れられた場所に変に意識が集中して、変に敏感になり、官能的な気持ちに飲み込まれそうになった。
「ありがとう。
忠平さまって何でもできるのね!?
物知りだし、力持ちだし、失職しても全然平気!ってゆーか、たくましいってゆーかっ・・・・・」
耳や顔や、下手したらうなじまで真っ赤になってるかもしれないのを、見破られないように早口で話しかけた。
髪を結う手がとまり、突然、フッ!とうなじに息を吹きかけられ、ビックリして
「ひゃっっ!!」
と変な声を出し、ビクンッ!と肩が動いた。
忠平さまがゴクッ!と息を飲み、硬い、低い、艶やかな声で
「はい、できあがり
・・・・伊予の、うなじは、その、何というか、魅力的だ」
はっ??!!
何っ??!!
と焦って、慌てて両手でうなじを隠し
「み、見ないでっ!!へ、変な事しないでねっ!!」
忠平さまがため息をつき
「兄上はよくても?
所詮、私は『愚者の金』(*作者注2)つまり金の偽物ということか。」
ドキンッ!
なぜか胸が痛くなった。
そんなことないっ!
忠平さまは立派な人よっ!
誰の偽物でもないっ!!
って庇いたくて、必死になって、上ずった声で
「違うわっ!
忠平さまは・・・・蜜柑よっ!!
枝というか表面上は刺があってとっつきにくいけど、果実は甘くて美味しくて、たまに酸っぱいけど、そこがいいのよねっ!」
フフッと笑い声が漏れ、
「たしか、伊予が一番好きな食べ物は、蜜柑だったな?
つまり、私のことが好きってことだな?」
はぁっ??!!
誤解されたっ??!!
パニックになって振り向き、否定しようと口を開こうとすると
ギュッ!
両腕を掴まれ、真剣な目で見つめられた。
刃のように切れ長な、少し彫りの深い目元。
漆黒の瞳は光を映し、大きく、キラキラと輝いている。
浅黒い頬に、薄い唇はグッと横に引き結び、眉根を寄せ、何かを必死でこらえているような表情。
あまりにも真剣に見つめられる緊張感に耐えきれず、ヘラヘラしながら
「あ、あのぉ、臺与がね、吾妻丈夫っていう悪漢の兄貴分?にね、薬を頼んでたんだけど、何だか知ってる?
看病してもらってたとき、何か言ってた?
廉子さまへの贈り物かな~~~と思うんだけど。
兄さまのご正室だから?取り入ろうとしてるんだと思う。」
早口でたずねると、見つめる目の緊張がフッと解け、優しく目を細め
「ああ、それはおそらく、人参、鹿茸、淫羊藿あたりの、『男性機能向上』のための生薬だろうな。
北の方は兄上のアレが、そのせいだと思いたいんだろう。」
そっか~~~~。
臺与がそれを解決してあげれば、廉子さまから感謝されるわよね~~~!
(その8へつづく)
(*作者注1:男女が夜を共にした翌朝、男性が女性の家を去る際、あるいは帰宅後に、名残惜しい気持ちを込めて贈る和歌)
(*作者注2:砂金の副産物である黄鉄鉱のこと)




