EP562:伊予の物語「砂上の雲母(さじょうのきらら)」 その3~伊予、荒くれ者の間に飛び込む~
臺与が指定した日時に、大内裏の朱雀門前で待ち合わせしてると、臺与のものと思われる八葉車が現れた。
八葉車は萌黄色に塗られた網代車の屋形や袖(屋形の側面のこと)に八つの葉の装飾文様をつけたもの。
紋様の大きさが身分の高さに比例してるらしいけど、臺与のは宮中に勤める女房としてはわりと大きめに見える。
後簾を押して隙間から臺与が顔を見せ、ニコリとも笑わず無表情で
「乗って」
と言うと、臺与が後簾を巻き上げてくれ、牛飼童が後ろの踏み板の近くに榻(踏み台)を置いてくれたので、それを踏んで車箱の中に入った。
私はいつもの女房の恰好だけど、緋袴・袿・単は引きずらない長さの動きやすいものにした。
臺与も似た格好。
髪は髢(付け毛)をつけた部分で束ねて長さを延長してある。
私が臺与の目の前に座ると、牛車が動き出し、しばらくは二人とも無言の時間が続いた。
気まずい沈黙に耐えきれず、私が先に口を開いた。
「あのぉ、藤原商才さんってどんな人?」
臺与は不愛想に
「富裕層を相手に、希望の商品を調達して手数料を乗せて売る商売をしてる人よ。
富裕層専門私的買い付け人?ってところかしら?
商品は物じゃなくて情報や人でも何でもいいから『何でも屋』を名乗ってるの。」
へぇ~~~~!!
じゃ、資金源不明な荒くれ者たちは相当『裕福』なのね?
「わかった。
で、じゃ、今日は、私は何をすればいいの?」
恐る恐る質問すると、臺与は大きなタレ目を細めて眉根を寄せてイラついた顔で
「だから、食事会で藤原商才さんの顧客のガラの悪い連中の資金源と身元を聞き出せばいいの!」
ウンウンと何度も頷き
「それは分かってるの!膳を運んで、お酒?とかを注いで、話せばいいのよね?
何かコツとかある?」
チラ見すると、臺与はフン!と呆れたように鼻で笑い
「そうね。せいぜい機嫌を損ねないことね。それと説教や詮索は厳禁!
もちろん反論や矛盾の指摘なんてあちらが少しでも侮辱されたと感じるような言動をすれば、怒らせて命をとられかねないからね!
そういう理屈の通じない危ない世界に住む人間が現実にいるってことを十分頭に叩き込んでおかないと、ホントに死ぬわよ!」
「えっ??!!
詮索できないならどうやって調べるのっ??!!
怒らせると命がない?!ってそれじゃ理不尽な要求にも我慢しなきゃいけないとか?」
臺与はニヤニヤと含み笑いしながら
「そうよ!
怖気づいたなら、今すぐここで降りてもいいのよ!
遊びじゃないんだからっ!」
でもっ!!
ここまで来たからには今さら引き返せないっ!!
いざとなったら・・・・どうしよう??!!
う~~~ん、何か方法を考えなくちゃ!
理不尽な要求を穏便に断る方法を・・・・と考え込んで静かになった私がふと顔を上げると、臺与は目を瞑り、牛車の揺れに身を任せながら転寝してるみたいだった。
しばらくして牛車が停止すると、外から牛飼童が
「牛を放ち、中門廊に車を寄せます」
と告げた。
牛飼童や雑色達が中門廊に轅(*作者注1)を引きかけてくれて、
「どうぞ、降車の準備ができました。」
と声がするので、牛車の前方から中門廊へ降りると、続いて臺与が降りた。
あたりを見回すと、そこは大きな寝殿造りのお屋敷で、私がいる東中門廊より東側の庭には、積み荷が満載の荷車が三台とめてあった。
一台目の荷車には米俵が山積みになっていて、二台目の荷車には、一抱えもある蓋付きの甕が四・五口と、青菜や大根、蕪や豆や芋などの野菜と、魚やイカの干物、干し柿や干し杏、餅などの食材?が積み込んであるので、大きい甕は酒で、小さい甕には醤か何かかも??
三台目の荷車は葛籠が数段積みあがってて、荷崩れしないように紐がかけてある。
中身が軽いから積み上げても大丈夫なの??
じゃ、中身は衣や布?紙とか筆記用具?
下の段には陶器や鉄器などの重いものでもいいけど?
さっそく手掛かりになりそうなものを、観察して片っ端から目に焼き付けておく。
雑色が先を歩いて案内し、臺与の後ろについて廊下を渡り主殿まで来ると、主殿には御簾が掛かっていた。
その前で臺与が高い鈴の音のような、『よそ行き』の声で
「臺与でございます。失礼いたします。」
中に声をかけると、
「うむ。入れ」
中年男性のゆったりとした声が聞こえ、臺与が御簾を押して中に入るのに私も続いた。
臺与が正座し、指をついて挨拶したのをみて、横に座り、まるっきり同じ仕草で
「給仕を務めさせていただきます。伊予と申します。よろしくお願いいたします。」
そう言って頭を下げた。
東西に長い主殿の中に座っていたのは、全部で四人の男性。
西側に主の藤原商才と思われる、下膨れしたうりざね顔で引き目・鉤鼻の、おしゃれな色柄の水干・括り袴・立烏帽子姿の四十手前の男性。
北側には一昔前に流行した色柄の高級な生地の水干・括り袴・萎烏帽子姿の、四十半ばの男性。
この人は顎も顔も四角くて頬骨が出ててゴツゴツした顔の、口の周りに無精ひげが伸びた、目の細い、筋肉の上に脂肪が薄く覆ったような体格の立派な『ザ・荒くれ者』って感じの人。
東側にいる一人は私よりちょい上?ぐらいの若い、色黒の、前歯二本が見えてて、目が丸い男性で、臺与や私たちと目を合わせないようにソワソワしてて、もう一人は二十代半ばで、色白の美男子といえなくもない整った顔立ちの男性で、臺与と目が合うとニッコリ微笑み返した。
二人とも粗末な生地の水干・括り袴・萎烏帽子で、『ザ・荒くれ者』より身分は下?に見えた。
臺与の知り合いの『何でも屋』の藤原商才が甲高い声で
「この方が本日のお客様だ。
お名前は吾妻丈夫さまとおっしゃる。
君たち、お客様に失礼のないよう気を付けて、最高のおもてなしをするんだぞ。」
私と臺与を交互に見て念を押す。
吾妻丈夫って本名?それとも仮名?
反社会的な人なら本名は名乗らない??
いよいよ本格的に、危険な現場に乗り込んだ!緊張感で思わずブルッ!と武者震いする。
臺与が優雅に頷き、ほほ笑みつつ立ち上がり、吾妻丈夫の方へ歩きながら
「伊予さんはお若い方のお相手をしてちょうだい。」
というので「はい」と小さく答え、立ち上がって近づき二人の若者の間に座った。
よしっ!これからが本番っ!!
(その4へつづく)
(*作者注1:牛車の前方に長く出た、平行な二本の棒)




