EP561:伊予の物語「砂上の雲母(さじょうのきらら)」 その2~伊予、潜入調査に名乗りを上げる~
臺与は丈の短い袿・緋袴を身に着け、長い髪を後ろで束ねて、歩きやすい格好。
少し豊かな頬や広くて丸い額は、白くつややかな肌を引き立たせた。
瞳が大きく睫毛の長い、目じりの下がった儚げな目を細め、口角の上がった小さいけど程よい厚みの唇を少し尖らせて微笑み、
「時平さま?
お会いできてよかったですわ!
お話がございますの。」
潤ませた漆黒の瞳でジットリと兄さまに上目遣いする。
兄さまはさっきまでの惚けた表情をグッ!と引き締め、『他人行儀』の仮面で表情を覆った。
不審そうに臺与を見つめ、低い硬い声で
「臺与?
なぜここに来た?
萌黄はどうした?」
臺与は『何でもない!』という風に肩をすくめ
「堀河邸をお暇しようとすると、上皇侍従さまの雑色を見つけたので声をかけると、
『看病するための女子を探してる』
と言うから、萌黄?とか言う侍女じゃなくても、私が看病しても構わないのでは?と思いましたの。
ですから、上皇侍従さまを看病するために雑色とともにここへやって参りましたの。
時平さまがいらっしゃると聞いたので、丁度お話もできるし良かったですわ!」
ん??
ということは、臺与は堀河邸に用事があったの??!!
こんな真夜中までかかる用事なんてっ!!??
一体、何っ??!!
それに兄さまに話って何っっ??!!
兄さまが警戒した目つきで
「堀河で何をしてた?」
臺与は口角を上げ口元だけで微笑み
「北の方さまのお悩みをお聞きしておりましたの。
わたくしにできることなら解決してさしあげようと思いまして、ご相談に乗らせていただきました。
あなたの大事なご正室ですもの!
ぜひ仲良くさせていただきたかったの!」
って言うけど、臺与と廉子さまっ??!!
どういう繋がりっ??!!
どうやって知り合ったのっ??!!
兄さまはフンと鼻で笑い、少し警戒を緩めた打ち解けた声で
「そうか。
で、話とは何だ?」
臺与はチラチラと目の端で私を見て、気にしてる素振りで
「この前、ご依頼を受けたお仕事のお話ですの!
よそ者がいると何かとお話しにくいのですけど・・・・・」
はぁっ??!!
私に席をはずせってっ??!!
また私をのけ者にして二人でイチャつくつもりっっ??!!
イラッ!として尖った声で臺与に向かって
「私の前で話せないような仕事なのっ??!!
どんな仕事だって言うのよっ!!」
食ってかかる。
臺与が反論しようと口を開きかけると兄さまが割込み
「臺与、伊予に聞かせても構わないからここで話してくれ!」
キッパリと言い張った。
臺与は一瞬、怯んだように口を閉じ、ますます上目遣いで兄さまを見つめ、小さい声で
「先日の、地方の国から来たガラの悪い連中が、京で異常な量の買い付けをする現場に立ち会って調査する仕事です。
連中が欲しがる商品を調達して売る、商人の、藤原商才は、たしかにわたくしの知り合いですけれど、その買い付けの現場でどの情報をどれくらい入手すればいいのか、あなたに確認したいと思いましたの。」
兄さまはフム!と唸って腕を組み、顎に指を添えて少し考えて
「まず、連中がどこの国のどういう身分の者で、大量の品物を購入するための資金をどのように手に入れたかを探ってくれ。
買った品物の種類や用途、連中が組織をなしているなら構成員の人数や身元、長がいるならその身元もできるだけ詳しく調べてくれるとありがたい。
お前の知り合いという、その『何でも屋』の藤原商才は本当に信頼できるんだな?」
兄さまに真剣に見つめられた臺与は照れたように頬を染め
「ええ。
以前、情報を買ったことがありますが、誤りはありませんでした。」
ウンと頷いた。
なるほど~~っっ!!
地方から京に大量の品物を買い付けに来たのが、入手経路不明の大金を持つガラの悪い連中なのね??!!
もしかして盗賊団っ??!!
それとも官物輸送強奪犯っ??!!
つまり落ちぶれた僦馬の群盗??!!(*作者注1)
それとも海外との密貿易で潤った商人っ??!!
その悪漢たちの身元と資金源の入手経路を突き止めればいいのねっ??!!
買い付け現場に立ち会って、テキトーに話をして情報を聞き出すだけ、よね??!!
私にもできそうっ!!
やる気満々で、目を輝かせ、鼻息を荒くして、兄さまの腕をガシッと掴み
「ねっ!!
私もその仕事したいっ!!
地方から来た人たちから、うまく情報を引き出せばいいんでしょっ??!!
私にもできるわっ!!ぜひやってみたいっっ!!」
臺与より兄さまの役に立ちたいっっ!!
私だってできる!ところを見せたいっ!!
意気込んで提案したのに、兄さまは不機嫌そうにため息をつき
「ダメだ!
地方からのぼってきたガラの悪い連中だぞっ!
何をされるか分からないっ!
それに粗野な男たちの機嫌を取りつつ情報を引き出すなんてこと、伊予にできるとは思えないっ!!」
言いながら首を横に振る。
『できない!』と決めつけられてムッ!として
「やってみなくちゃ分からないでしょっ!
それに、私だってお酒の席でうまく立ち回って情報を入手できたことがあるわっ!!
麻植郡司の宿毛様からちゃんとできたでしょっ!!??」(*作者注2)
兄さまは怒りでこめかみに血管を浮かせピクつかせながら私を睨みつけ
「ダメだっ!!
絶対にできないっっ!!
理屈の通じない荒くれ者の中に浄見を放り込むなんてっ!!
機嫌を損なったり、逆に気に入られたりすれば強姦・誘拐で済めばまだマシな方で最悪、殺される危険もあるんだぞっ!!」
焦りすぎて『浄見』って言ってるっっ??!!
ビクビクしながら臺与の様子をうかがうと、怪訝な顔で眉をひそめてる。
兄さまの言葉を打ち消すように続けざまに
「だ、大丈夫よっ!!
臺与も一緒だからっ!
ね?
それに、臺与だけだと相手にできるのは一人ずつだけど、私もいれば得られる情報の幅も深さも広がるでしょ?」
臺与も納得したように俯いて顎に指を添え
「それもそうねぇ。
『買い付けの食事会で、お客をなごませるために給仕する仕事を格安で請け負う』
と、藤原商才に持ち掛けたのはこっちだし、給仕の女子が増えても問題は無いと思うわ。
伊予がヘマさえしなければ時平さまの要求通りの情報が確実に手に入るかもしれない。」
え?
ヘマ?
って圧力かけないでよねっ!!
でも絶対やり遂げるっ!!と決心し、兄さまをギロっと睨みつけた。
それでも険しい顔で兄さまは首を横にふり
「ダメだ。許さない。伊予は絶対に行かせない!!」
あまりにも頑固に拒否するので
『信用されてないのっ?!私ってそんなに役立たずだと思われてるのっ?!』
と悲しくなる半面、怒りも湧き
「じゃあいいわ!
兄さまに許可をもらう必要ないからっ!
私が勝手に行くことにするからっ!!
臺与っ!日時と場所を教えてっ!!」
ということになり、兄さまは怒ったままフンっ!と私を無視して左大臣邸に帰った。
私は一人で枇杷屋敷の東の対に泊めてもらう事にした。
あっ!忠平さまの看病?!
は臺与が嬉々としてテキパキと働き、かいがいしくお世話してたので、あとは任せることにした。
(その3へつづく)
(*作者注1:僦馬の党は、平安時代に坂東で見られた租税等の運輸を荷役馬を使って請け負った「僦馬」の集団を指す。その頃の治安悪化(群盗)に備え武装し、郡司・富豪層が担った。彼ら自身も少なからず群盗行為を行い(馬や荷の強奪)、畿内にも現れ、平安京の貴族邸内に及んだ。『僦馬の党』出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
(*作者注2:EP400:伊予の物語「白頭老の雪里(はくとうろうのせつり)」にあります!)




