EP560:伊予の物語「砂上の雲母(さじょうのきらら)」 その1~伊予、男装を褒められる~
【あらすじ:私をのけ者にして恋敵と時平さまが親密になるのを防ぐため、地方から来たガラの悪い連中の潤沢な資金源を探る仕事に名乗りを上げたのはいいけど、荒くれ者の相手をしつつ情報を入手するのは簡単な事じゃない!
ある程度の危険は予想できたけど、それは秩序と理屈が通じる相手に対してのこと!?
私は今日も自分の不甲斐なさに落ち込みつつも、『努力という才能』の片鱗をひねりだす!】
今回は一話ずつ毎日22:00~公開します!
よろしくお付き合いお願いいたしますっ!!
兄さまが塗籠の壁にもたれるのをやめて身を起こし、
「じゃ帰ろう!四郎は大丈夫。
堀河から萌黄をよこして看病させる。
彼女は四郎の恋人のひとりで、堀河邸の侍女だ。」
私に向かって呼びかけると、眠っているハズの忠平さまの頬がピクッ!と動いたような気がした。
「ダメっ!私はここで朝まで看病するから、兄さまは帰って!」
ヒソヒソ声で応えると、兄さまがシッ!と唇に人さし指を当て『声を出さない』ように合図しながら、手をヒラヒラさせ手招きする。
ん?
でも、そう言われればそうね!
恋人がここに来るなら、私は帰ってもいいのかな~~?
眠ってるうちに交代すればいい?
と忠平さまを気にしつつも、そっと立ち上がってその場を立ち去ろうとすると
パチッ!
突然忠平さまが目を見開いて
「五年も前に別れた女子の名を出すとは、卑怯だぞっ!」
掠れた、でもしっかりした声で呟く。
えぇっ??!!
五年前って十四・五?
で別れた女子ってっ!
早熟っっ!!
じゃなくて、重病だと思ったのに、しっかりしてて思ったより大丈夫そうっ!!
仮病っ??!!
心配して損したっ!!
それに眠ったフリだったのっ??!!
騙されたことにイラッ!として不機嫌な声で
「もぅっ!!
その元気があるならホントに帰っても大丈夫よね?!
さ、帰りましょっ!」
言い残すと、サッサと兄さまと一緒に塗籠から出て、妻戸を閉め、隙間を開けておいた。
グイッ!
兄さまが黙ったまま私の手を引き、そのまま主殿から出ていこうとするので焦って
「ちょっと待って!
忠平さまの恋人?看病する人が来るまでは、ここを離れないわっ!
容体が急変したら医師を呼ばなくちゃならないものっ!」
ピタッと立ち止まると、つないだ手がピンと張りつめた。
兄さまが手を放しフッとため息をつき
「しょうがないな。
わかった。
ちょっとここで待ってて。
雑色に萌黄を迎えにいかせるから。」
そう言うと、主殿から出ていった。
萌黄さんがくるまで、もうちょっとここで過ごすのか~~~!
お腹減ったな~~!
そういえば、昨日は昼間、ため池で溺れて疲れ果てたのに、忠平さまの馬の口をひいて歩いて枇杷屋敷に帰ってきてからもずっと忠平さまの看病にかかりきりで、何も食べてない!
そして恰好はというと、昨日からずっと水干・括り袴で髷を結った男装姿のまま!
だけど、萎烏帽子は脱いでるので地頭が丸出しで、もし私が男子なら『恥ずっっ!耐えられないっ!!』って状態だけど。
髷を見られることってそんなに恥ずかしいの?
それとも頭の形?髪の毛?つむじ?どこを見られることが恥ずかしいの?
どっちにしても『死ぬほど恥ずかしい!!』の意味が分からない!!
キョロキョロあたりを見回すと、御座の上に黒漆塗りの木製の高坏(*作者注1)があり、蜜柑が積み重ねてある。
わ~~い!ひとつ頂こうっと!!!
蜜柑を手に取り御座に座り込む。
皮をむいて、ひと房ずつ頬張ってると、昔のことを思い出した。
確か、初めて忠平さまがくれた贈り物って、桐の箱に入った蜜柑だったよね~~~!(*作者注2)
これみたいに甘くて酸っぱくて皮が薄くてめちゃくちゃ美味しい!のは同じ。
それ以降も三稜鏡や真珠や枇杷屋敷に用意してくれた衣や化粧品や書やその他数えきれないぐらいたくさんの豪華な品物を私のために誂えてくれた。
なのに、私は下手な刺繍の手巾ぐらいしか返せてない。
その上、助けてもらったのに忠平さまを池に落としてしまった。
う~~~~ん。
あまりにも不公平な取引??
『寝ずの看病』ぐらいではお返しになってない!気がする。
モグモグしながら『どうやって恩を返すか?』について考え込んでると、
フワッ!
頬に衣が触れるひんやりとした感触があり、香しい白檀の匂いと温もりを背後に感じた。
気が付くと肩と頸ごと後ろから抱きしめられてた。
熱い湿った息が頬に、耳に、触れるたびに、鼓動が激しく打ち、息が吸えなく、吐けなくなる。
呼吸が浅くなり、胸が大きく上下した。
耳たぶが、熱い、弾力のある、唇で咥えられる。
首を傾け、その甘い疼きから、逃げようと身をよじると、
「髷を結うとますます美しい。
美男葛とはいい得て妙だな。」
低い硬い声で呟きながら、兄さまが鼻先を、私の耳の後ろにくっつけ、匂いを嗅ぐような気配がした。
くすぐったいのと、恥ずかしいのと、無意識に芯が疼くのに戸惑って、また逃げようと身をよじりながら
「美男葛って『さねかずら』のこと?
水に茎葉をつけておくと、ネバネバが出て、葛水という整髪料になるのよね?
私は髷を結う時は水だけで、鬢水は使ってないけど・・・・・」
ギュッ!
逃さないように、抱く腕に力が入り、締め付けられる。
頸の、髪の生え際の、うなじに、唇の弾力と、熱い息が、途切れ途切れにふれる感触があり、そこからゾクゾクと、あわ立つような興奮が肌を伝い、広がり、クラクラと眩暈に襲われ、頭が真っ白になった。
「逢坂山のさねかづら・・・・か。
定方どのも、女子に男装させてるのかな?」(*作者注3)
兄さまの手が胸のふくらみを包み、もう片方の手がお腹から下腹部へゆっくりと這い降りようとするので
ヤバッ!!
と焦り、
「ダメよっ!
忠平さまもいるしっ!恋人ももうすぐ来るでしょっ!!??」
誰かにコトをいたしてるところを見られる!!!なんて最っっっ悪っ!!!
兄さまの手を掴み、私の体から引きはがす。
振り向いて、向かい合い、しかめ面でにらみつけると、兄さまは惚けたような上気した表情で、ぐずる子供のように口をとがらせ
「じゃ、早く帰ろう!左大臣邸に!
ここで萌黄を待ってる必要はないだろっ!?」
その時、私たちがいる主殿の妻戸がキィッと開き、スッと冷気が入り込んだ。
「あ~~ら、お邪魔だった?」
そこに立っていたのは忠平さまの恋人の侍女、萌黄ではなく、私の最大最強の恋敵、臺与だった。
(その2へつづく)
(*作者注1:食物を盛る、高い足つきの小さな台)
(*作者注2: EP115:清丸の事件簿「天邪鬼の柑子(あまのじゃくのこうじ)」にあります!)
(*作者注3:『名にし負はば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな』
訳は『恋しい人に逢える「逢坂山」、一緒にひと夜を過ごせる「小寝葛」その名前にそむかないならば、逢坂山のさねかずらをたぐり寄せるように、誰にも知られずあなたを連れ出す方法があればいいのに。』
作者の藤原定方(藤原高藤の次男)はこのときは右近衛少将です!)




