EP548:伊予の物語「黒鉄の拘泥(くろがねのこうでい)」 その6~伊予、凍る月を眺める~
その夜、椛更衣やみんなが寝静まったころ、源昇さまのお屋敷の西の釣殿でぼんやりと月を眺めてた。
西の釣殿は西の廊下をのばした端が、南庭の池の中に臨む建物で、水の上にあるので夏は蓮を眺めるのが楽しいし、なんたって涼しい。
けど、今は冬!寒さが半端ないし、屋根と柱だけの建物に冷たい風が吹いた日にゃ、むき出しの手や顔は凍り付きそうなくらい寒い!!
ま、でも生き物たちが寝静まった、ひっそりとした闇の中、ひとりきりで雲に霞む凍った月を眺めるのも『孤独を噛み締めてる』って感じで感傷的な雰囲気に浸れて趣があるっちゃある。
ボンヤリしてると、さっきの椛更衣との会話を思い出した。
戻ると早速、『恋人がいるのに他の女子に誘惑されれば男子は誰でも浮気するかどうか』について椛更衣に聞いてみた。
椛更衣はキョトンとして
「男子が反応するかどうか?って何のこと?何が反応したりしなかったりするの?」
とお分かりになってないご様子。
私が
「そうですわね。椛更衣はご理解される必要はないですわね?!
忘れてください!
下品な下々の女子の卑猥な戯言ですわ!」
というと、怒ったように頬を膨らませ
「まぁ!経験豊富マウント?!伊予ったら嫌な感じね!」
椛更衣が見た目どおり『幼い』のは、侍女や女房の下世話な猥談を耳に入れなかったせいもある。
入内前に一通り夜伽について学んだとはいえ、詳細な事情なんてお知りになってないはず。
私だって、兄さまとつきあうまで、耳で聞いた『知識』はあっても、実態は知らなかったし。
拗ねたように頬を膨らませ不機嫌になった椛更衣に、詳しく話すべきかどうか悩んだ。
でもそれって兄さまの不名誉にならない?
少しでも噂が広まれば兄さまは傷つくかも!
というわけで身内だけに相談することにした。
ビュゥッ!!
冷たい風が吹き抜け、『寒いからそろそろ戻って寝ようかな~~~』なんて考えてると、庭を横切って水干、萎烏帽子姿の男性がこちらへ歩いてくるのが見えた。
誰っ??!!
思わず身を硬くしていつでも逃げ出せるように身構えた。
透廊まで歩いてくると、顔が見えた。
三白眼の黒目が大きく輝き、尖った鼻、顎や頬が傀儡のように滑らかで無表情。
何の感情も面に出ない、世の中に楽しいことなど一つもない!とでも言いたげな様子で、私を見つめる。
気まずいので私の方から過剰気味に嬉しさを表そうとニッコリとほほ笑み、
「影男さんっ!!どうしたの?
ここで何してるの?
ええっと、二週間ぶり?ぐらいかな?」
影男さんが無表情のまま見つめ続けるので、罪悪感と焦りが加速して
「あ、あのっ、その節はご迷惑をかけてすいませんでした。
お義母さまや周囲の人たちに、見苦しいところを見せて、ホントに反省してます!」
でもアレって兄さまのせいだけどっ!!
「・・・・・・・」
まだ何も言わないので言い訳を続ける。
「でも、その、誤解を説明してくれたのよね?あの結婚はウソというか、右大臣さまの命令に従ったように見せた偽装結婚だったって?」
「・・・・はい。ちゃんと説明しました。」
ボソッと、影男さんがやっと応えてくれた。
ホッとして
「今日はどうしたの?なぜここにいるの?」
影男さんが主殿の方向をチラ見して
「椛更衣に帝からの密書をお届けにきました。
あなたがここにいると知って、文使いのお役目を志願しました。」
呟くとまた無表情な凍り付きそうなほど冷たい目で私を見つめる。
「ふぅん。ご苦労様でした。じゃ、これで!私もちょうど寝ようと思ってたの!」
立ち上がって、透廊を主殿の方向へ渡ろうと歩き始めると、草履をはいたまま影男さんがヒョイと廊下に飛びあがり私の前に立ちふさがった。
ビックリして立ち止まり、顔を上げると影男さんが険しい表情で
「逃げなくてもいいでしょう?やっと逢えたのに。」
そう言うと、口元から顔全体に柔らかい皺が広がり、傀儡が生気を取り戻し人間になったように、くつろいだ笑顔になった。
ドキンッ!
この人のこういう笑顔に何度もやられてるのよね~~!
笑顔になるだけで魅力的ってズルいっ!!
見とれそうになったのを悟られないように目を逸らし、
「だって、私だって、影男さんに申し訳ないな~~って思ってたし、実家で恥をかかされた!って怒ってるかもって心配してたし・・・・」
ゴソッ!
影男さんが私の片手をとり、両手で包んで擦って温める仕草をし
「こんなに冷たくなって。しもやけになりますよ。」
といいながら、水干の前身ごろの間に私の手を差し込んだ。
衣ごしに影男さんの熱い硬い胸板を手のひらに感じて、ドキドキして顔が熱くなった。
私の一瞬の隙をついて腕を掴んで引き寄せられ胸にギュッと包み込まれた。
影男さんの逞しい男性的な体臭が鼻をかすめ、体の奥が呼応するように震えた。
同時に兄さまの顔が頭に浮かび、胸が締め付けられるように疼いた。
抱きしめながら影男さんが低いかすれた声で
「口づけ、してもいいですか?」
呼吸が苦しくなるほど、動悸が速くなりそうなのに焦り、ハッ!と気を取り直して
「嫌よ。それより、ね?聞きたいことがあるの。」
できるだけ冷静に、何事も無かったかのように話しかけた。
それでも影男さんは私を抱きしめたまま
「何ですか?」
息苦しいな~~~と思いながら
「男の人って恋人がいても他の女性に誘惑されたら、反応するのが普通なの?」
(その7へつづく)




