EP546:伊予の物語「黒鉄の拘泥(くろがねのこうでい)」 その4~伊予、異端の陶芸家に会う~
御簾越しで姿は見えないけれど、声から判断する。
忠平さまが
「なるほどっ!!だからひとつひとつこんなに個性的なんですね!」
男性が
「はい。この小さな穴である『ぶく』や黒い斑点は一つとして同じものはない、作品のいわば『味』なんです。」
「わざと釉薬のなかに局所的に気泡を残したんですか?
この黒い斑点は?
どのようにして?」
「ハハハハ!好奇心が強いお方ですな!
でも方法は門外不出の秘密の技です。」
忠平さまの感心したような声が
「だって、相当難しいものでしょう?
釉薬を厚くするにしても、いつも同じ量の気泡が入るわけではないし、石膏を混ぜて大きな『ぶく』にしてしまっては元も子もない。
土や釉薬に有機物などの異物が含まれていれば、燃焼で気体が発生するが、それを制御するには窯の焼成温度や時間、釉の粉砕条件、釉薬の厚さ、硫黄の少ない炭を選ぶなど細かな調整が必要だし。
う~~む。
やっぱり職人の高度な技術には目を見張るものがあります。
簡単には真似できない、驚嘆すべき技術です!全く敬服しますね!」
陶芸家の天目さん?も嬉しそうに
「いえいえ!上皇侍従さまの造詣の深さにも頭が下がります。玄人はだしとはこのことですな!
普通の人々は『ぶく』を欠点と指摘し、あなたのように作品の味としては評価しないのが一般的です。
傷やでこぼこのない、なめらかで平滑な輝きのある陶器を買い求める人々が大半を占めるこの世の中で、私のような『異端の芸術家』を理解していただけるのは稀なことです。
二十五年連れ添い、ともに苦労を分かち合った妻にも聞かせてやりたい、ありがたい言葉です。
なんせ窯・炭・土・釉の調達から素地の調整、成型、乾燥、その後の窯の火入れから見張りなどの焼成、そして出来上がりの作品の販売まで全て手前どもでやっておりますから、妻の助けが無ければ、私一人ではとてもここまでにはなりませんでした。」
忠平さまが驚いたようにため息をつき
「それはそれは!
こだわり抜いてるんですね!
だから独自性を極めた独創的な唯一無二の作品が生まれるんですね!
二十五年といいますと、失礼ですが奥さまとはお若いころからのお知り合いですか?」
天目さんが照れた口調で
「はい。恥ずかしながら、お客さまである裕福な商人の娘でしてね、まだ十に満たない少女だったのですが、一目で好きになりましてね。
両親に無理やり頼み込んで、早急に裳着を済ませてもらいまして、十一の歳には私の妻になりました。」
はぁっ??!!
まだ子供じゃないっっ!!
立派な人格者だと思ったのにっ!!
立派な変質者なのっ??!!
時平さまなんてその頃の私を必死に拒絶し続けてたのよっっ!!
私だってもうちょっと早く妻になっていれば、今より恋敵が少なくて済んだかもしれないっ!!
臺与との仲に嫉妬しなかったかも!!
時平さまが人格者だったばっかりに・・・・・。
でも、そういうところも好き、だった、なぁ。
私のために、私を傷つけないために、私をあきらめようとしてた。
ヤバいっ・・・・・。
また凹みそう・・・・。
いつまでも盗み聞きしてても仕方がないので思い切ってオホン!と咳払いして
「あの、伊予です。菓子をお持ちしました。」
御簾越しによそ行きの声で告げると、
ガタッ!
と慌てて立ち上がったような気配がし、ザッ!と御簾が持ち上げられて隙間から忠平さまが顔を見せた。
「は?伊予・・・・?ホントだ。さ、中に入って!」
御簾を持ち上げてくれた隙間から盆を持って中に入った。
忠平さまはあっけにとられたような、ポカンとした表情を浮かべてる。
よしっ!!作戦成功っ!!
フフフ!とほくそ笑む。
五十代ぐらいの、白髪交じりの、萎え烏帽子、水干姿の陶芸家・天目さんが座る前に、白湯と菓子の柿を差し出し、
「どうぞ」
と頭を下げた。
顔を上げると目が合い、天目さんが微笑むので、愛想笑いで微笑み返した。
立ち去ろうとすると、忠平さまが慌てて手をヒラヒラして私を呼び止め
「伊予、そこで、その几帳の後ろでちょっと待ってて!話があるんだ!」
というので、几帳の後ろに隠れた。
その後、忠平さまは落ち着かないソワソワした態度で天目さんと早口で
「では、これとこれを頂きます!
銭は、おーーいっ!定和っ!」
と呼びに行ってウロウロしたり、天目さんが
「この作品はこの鉄釉が特徴なんです。
いい黒でしょう?
調合にこだわりましてね、素地にもある秘密が施してあるのです。
この鉄釉の独特の匂いがたまりません!」
とか
「土を成型しているときがね、あの感触が最高なんです。
あの手触り!至福ですな!
一度味わうとやめられない何とも言えない趣があるんです。
すっかり虜でしてね、一生やめられません。」
とか熱心に話し込むのを、忠平さまがさっきとは打って変わった雑な態度で
「はい。あぁ、そうですか」
とか
「ええ、でしょうね。そう思います。」
とか適当に受け流して相槌してるのが聞こえた。
天目さんにも伝わったのか、早々に話を切り上げ、屋敷を辞した。
一応、門まで見送りに行った忠平さまが、ドタドタと足音を立てて戻ってきて、主殿で自分の分の白湯を飲んでくつろいでる私を見て
「伊予っ!!どうしたっ!!
連絡もせず、なぜ突然来たんだっ?!」
目を丸くして、唾をとばす。
(その5へつづく)




