EP541:伊予の物語「痴嫉の骨(ちしつのほね)」 その7~伊予、屈辱を感じる~
サッパリ分からないので質問する。
「それは、あっ、私が見たことがある・・・植物ですか?動物ですか?人の名前ですか?地名ですか?」
範囲を狭めて分類を質問!
これで大きく絞ることができるっ!!
兄さまは面白そうに眉を上げ
「何だかズルい気もするが、植物だよ。伊予は見たことがあると思う。そこら中に生えてるからね。
春の若い茎葉と花は食すことができ生薬にもなる。」
と言ったあと、意味ありげに臺与を見つめ
「私がこれを好きな理由はね、垣根を突き抜けるほど勢いよく伸びる力強い生命力が素晴らしいと敬服するからだ。
食用にも薬用にもなるし、日当たりでも半日陰でもよく育つから、有用だし重宝する。」
ウットリとまた二人で見つめ合う。
・・・・・ここまであからさまに『甘い二人の世界』を見せつけられると、怒りを通り越して、背筋が寒くなった。
もしかして私は決定的な勘違いをしてる?
と疑い始めた。
一気に怒りの熱が冷め、血の気が引き真っ青になって不安で鼓動が速く打ち始めた。
それでも手掛かりが多いので謎の答えはすぐにピンときて
「答えはカキドオシ(*作者注1)の別名、連銭草ですわね?」
兄さまが臺与と見つめ合い、私の声に気づかない時間がしばらく過ぎてようやく二人の夢の世界から我に返ったように、ハッとして私に顔を向け
「ああ、そうだ。正解!では伊予は次の解答者を指名して、謎を出してくれ。」
吐き捨てるように言い終えると、また臺与と見つめ合って二人の世界に浸ってる。
私はもう何が何だかワケが分からず、パニックで泣きそうになって、目頭が熱くなり涙がにじむのを感じながらも、紙の文字の書いた面をみんなが見えるように動かして見せた。
もうどうでもいいけど私の好きなものの出題は『一』『ノ』『方』。
で答えは『二人旅』。
兄さまと行ければいいなと思ったから。
・・・・・なのにっ!!
目が潤み、息を吸うたびに喉が引きつるように震え、今にも嗚咽しそうになり、ヤバッ!って必死で我慢した。
なぜ突然こんなことになったの?
十日前はあんなにいい感じだったのにっ!??
目の前で起こってる、こんなことって、全部ウソよね?
何かの間違いよね?
企みがあって、策略で臺与と親しくしてるのよね?
全部、演技よね?
涙がこぼれないようにパチパチと何度も瞬きして、解答者に源号を指名した。
源号も臺与と兄さまの様子に苛立ちをおさえきれず、私の書いた謎を、一瞬チラ見するだけですぐ兄さまを睨み付け、歯ぎしりしながら扇で自分の膝を打ち、膝を小刻みに揺らして貧乏ゆすりしてる。
「ええっと・・・答えは、あ~~~どうでもいいっ!
じゃ、『北ノ方』だっ!正妻のことを指す言葉っ!」
私だってどうでもいいって思ってるけど
「不正解ですっ!
答えは『二人旅』ですっ!
じゃ、源号さんが次の出題者です。解答者も指名するんですよね?左大臣さま?!」
悲鳴のように甲高い叫び声で兄さまに話しかけた。
兄さまがそれにはピクッ!と肩を震わせたように見えたけど、臺与から視線を外し、源号を見て
「そう。続けてくれ」
その後の『偏つぎ』遊びは惨憺たる有様だった。
ほぼ臺与と兄さまがイチャつくのを見せつけられる場面が続くだけ。
次のお題『嫌いなもの』では、兄さまが左側に『貝』下側に『酉』と書いて出題し、臺与が『敗醤(女郎花の別名)』と答えると、兄さまが私を軽蔑するような目で見て
「そう。敗醤こと女郎花は小さい星型の花がたくさん咲いて、そこが美女を圧倒するほど美しいと言われ好まれるゆえんだが、私にとっては誰にでもいい顔をする気の多い女子に見えて不愉快なんだ。
枯れた時の臭いも鼻につくからね。」
最後の言葉はフン!と鼻で笑いながら私に向けて呟いたように思えた。
袴の膝を握りしめ、源号のように私もブルブルと震えだしそうだった。
兄さまに軽蔑され侮辱されたような気がして。
ショックのあまり何も考えられなくなって、ただ俯いて時がたつのを待った。
それでも臺与の『嫌いなもの』が上側に『少』、左側に『芻』と書いて、答えが『雀雛』で、その理由が
「苦労知らずの雀の子が騒いでるのが何よりも嫌いなの」
と言われたのが自分のことのように傷ついたり、私が起死回生の謎として右側『干』、左側『言』と書いて、答えが『奸計』で
「人を貶めて平気な人って大っ嫌いっ!!」
と二人を睨み付けて、何とか留飲を下げようとした。
・・・・けど、結局、その遊戯の会がやっと終わり、臺与が後片づけのために筆や硯を集めて回ってる時、私の中に残ったのは激しい疲労と底知れない虚無感だった。
ショックと絶望のあまり、何も考えられず、ぼんやりしてジッと座り込んだまま立ち上がる気になれなかった。
若君たちが雑談し合いながら立ち上がって帰り支度する気配がした。
ドンドンドンッ!!
床を踏み鳴らす足音がして、ふとその方向を見ると、
源号が立っている兄さまの胸倉を両手でつかんで揺さぶり、ついには持ち上げようとしてた。
源寄と藤原保家がそれに気づいて慌てて駆け寄り、源号を羽交い絞めにして引きはがした。
源号が兄さまを睨みつけ怒りに震える声で、
「畜生っっ!!!
お、お前なんて、越前で龍に飲まれてしまえばよかったんだっ!!
のうのうと生きて帰って来やがってっ!
お、お前さえいなければっ!!今ごろっっ!!
臺与は、臺与は・・・・オレとっっ!!!」
叫んだ。
(その8へつづく)
(*作者注1:漢字で「垣通し」と書き、生け垣の下などで、隣接地から垣根を突き抜けるほど、勢いよく伸びてくる様子に由来する。丸い葉が並んで見えることから、連銭草という別名もある。)




