EP537:伊予の物語「痴嫉の骨(ちしつのほね)」 その3~伊予、椛更衣の里帰りに同行する~
無事、雷鳴壺に到着すると、雷鳴壺は南側の格子を上げ御簾と壁代を降ろしてた。
廊下から御簾と壁代をそっと押して中に入ると、椛更衣は御座で文机に向かって文を書いてらっしゃる最中だった。
私が足音を立てないようにコッソリそばに近づき急に大声で
「ただいま帰りましたっ!!」
と驚かすと、キャッ!と飛び上がらんばかりに驚いて悲鳴を上げ、ハッ!と私を見て
「伊予っ??!!
帰ってきたのっ??!!
きゃーーーーっっ!!!
ホントに伊予っ??!!
よかった~~~~~っっ!!」
立ち上がって二人で抱き合いながら再会を喜んだ。
椛更衣が私の袿の肩に鼻をくっつけクンクン匂いを嗅いで
「う~~~ん、よその家の匂いっ!
これって伴家の匂い?
やっぱり伊予って一度嫁入りしたのねっ?!!」
「まぁ!帝の妃ともあろうお方が、あまり上品なお振る舞いではございませんわっ!」
影男さんとのことを詳しく聞かれても困るので、それ以上のツッコミを避けるためにも、しっかりたしなめておく。
臺与の監視がなくなった梢が雷鳴壺に私に会いに来たので、手を取り合って再会の喜びを分かち合った。
内侍司の様子を聞くと、間隔のあいた丸い目を輝かせ梢が
「臺与さんが尚侍を自ら辞職なさったのが昨日のことですっ!!
それ以来、宣耀殿の萄子更衣お付きの女房に戻ったらしいです!
私を監視することもできなくなったみたいです!
だからこうして伊予さんに会いに来れたんですっ!!
ホントによかったっ!
ホッとしました!
一日中見張られてる気がして、ずっと緊張しっぱなしだったので!」
そうして私は臺与の独裁を免れた宮中で、以前のような平和な日常を取り戻すことができたのだった。
それから一週間、何事もない日々を過ごした。
逆に、何事もなさ過ぎて違和感があった。
その違和感とは、まず兄さまに何度文を出しても返事が返ってこないこと。
もちろん雷鳴壺に私を訪ねてくることもない。
空気みたいに?無視されてる。
なぜ?
物忌み?とか病か怪我で屋敷に籠ってるとか?
竹丸に文を書いて聞いてみると
『別に何の障りもありません。
いつもどおり元気に出仕してますよ。
忙しいのは相変わらずですが。
姫のところへ通わないのはなぜかですって?
さぁ、若殿の気分次第じゃないですかね?
気が乗らないとか?』
とつれない返事。
他に大事な女子ができたの?
私に飽きた?
それとも・・・・やっぱり影男さんとのことで私を嫌いになった?
どちらにしても文の返事ぐらい返してほしいっ!!
でないと色々考えすぎて不安になるんですけどっ?!
全く連絡が取れないことに焦って、オロオロ・ソワソワしてると、椛更衣が
「伊予どうしたの?心配事?」
と聞いてくださったので、影男さんに嫁入りしたことで時平さまの機嫌を損ねて、宮中に帰ってきて以来連絡が取れないと相談した。
椛更衣がう~~~んと腕を組み、一緒に悩んでくれてる素振りを見せ、何かひらめいたのかポン!と手を打ち
「そうね!じゃ、気分転換に私の実家に帰りましょっ!
心の病で気鬱だから里帰りしたいって帝にお願いしましょっ!
伊予、さっそく内侍司に休暇願を出してきてっ!!」
って仰ったけど、私のためというより、ご自分が気分転換したかったんじゃ・・・・?と疑惑が湧く。
内侍司に出かけて『椛更衣が病の療養のため源昇さま宅へ数日間の里帰りを、帝にお許し願いしたい』と申し出た。
尚侍は今、一人体制だけど、割とすぐに帝に上奏してくださって、数日後には許可が下りた。
椛更衣と一緒に、源昇さまのお屋敷へ里帰りした日は、兄さまと連絡が取れなくなってすでに十日は経っていた。
椛更衣は牛車を使う時は通常、紫色に染めた絹の縒糸で屋形全体を覆い、その上から金銀の文を飾った『糸毛車』に乗って移動する。
ふつうの網代車と違うところは、屋形の屋根から腰にかけて糸で覆い、下部は房を垂らし、金銀の窠文(*作者注1)をちりばめて飾ってあるところ。
遠目には屋形全体が光沢のある紫色で、キラキラ輝く金の花柄がちりばめられていて、車箱の下の方は多数の絹糸が刷毛のように一列に並んでなびいてるところが、すごく豪華で優美でお洒落!
今その中にいる!って思うだけでテンションが上がるっ!!
女子はキラキラ!ピカピカ!が好きな生き物!って心の底から同意するっ!!
そんな幸せな気分で源昇さまのお屋敷に到着すると、牛を放った前方の轅を従者の人たちが引き、東北の対の南廊下につけてくれて、そこから私たちは降車した。
椛更衣はご自分の房に入り、おくつろぎになる。
私はまず従者を見つけて主の源昇さまへのお目通りを願おうと侍所へ向かった。
侍所をチラッと覗くと、アレ?って気づいた。
竹丸が、数人の見知らぬ従者と思われる人たちに混じって座って談笑してる。
なぜ竹丸がここにいるの??!!
疑問に思いながら物陰からジーーーーッッとしばらく様子をうかがってると、その中でも顔見知りの源昇さまの従者・垣祢さんが私に気づいて
「あれ?伊予さん?
あ、そうか、先ほど芳子さまがお帰りになったんだね。
何か用かい?」
竹丸も『えっ?』って感じで私を見てギョッ!と挙動不審な感じで驚き、慌てて目を逸らした。
(その4へつづく)
(*作者注1:四つか五つの花弁状のもので囲んだ中に、唐花などを表した文様)




