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10 魔力法協会リコ支部

 次に彼らが到着したのは、アルファーナ高原手前に位置する小さな町、リコだった。

 戦争の爪痕が残る田舎でどうやって生計を立てているのか疑問だったが、答えは簡単だった。町の殆どの住人が、町の自警団に籍を置いているかミラレークスの事務職員をしているかの二択だったのである。


「ミラレークスは公的機関だから、本部から給料は出るが――町一つを支えることもあるとは……」


 アジャットが感嘆したように呟き、フードを更に深く下ろした。


「でもまあ、よくこんな小さい町にも支部があるよな……」


 アトルが呟くと、ミルティアが小馬鹿にしたように笑った。


「あんた馬鹿ぁ? 田舎だとぉ移動手段も少ないしぃ、万が一大きな魔力の持ち主がぁそんなとこでぇ生まれちゃったらぁ、ミラレークスの目がぁ届かないじゃない。田舎にも一応作られることになってんのヨ」


 アトルが最もよく知っているミラレークス支部はケルティのものであり、三大都市に数えられる都市にある支部は大きく、設備も整っており整然としていた。職員の態度も丁寧な接客であったのだが、このリコでは違った。

 建物は小さく、人の出入りも盛んで最早公共の食事処と化している。一応職員が控えているものの、窓口に座る彼らの態度はおおらかかつ気さくで、魔力試金石の周囲のみ区切られて、万が一でも盗難に遭わないようされてはいたが、警戒はしていないだろうと思われる。


 そんな中に踏み込んだアトルたちに一気に視線が集まる。アジャットは一切気にしないが、グラッドとレーシアが揃って首を竦めた。

 アジャットはすたすたと窓口に近付き、受付の若い男性の胡乱げな視線を受けて身分証を取り出した。

 豪華な金鎖に下がる、金色の地に深緑の紋章の刻まれた掌ほどの大きさの盤を見て、受付の男の表情が硬直する。そこに刻まれた名前が青色であるのを見て、男はだらだらと冷や汗を流し始めた。


「なっ、だっ、これはっそのっ」


「落ち着いて」


 アジャットが穏やかな声を掛けるのと同時、男は勢いよく起立して直角に頭を下げた。


「しっ失礼いたしましたっ! 高等指定魔術師さまがお見えになるとはっ光栄至極っ!」


「ああ……」というように、アジャット以外の指定魔術師たちが瞑目した。


「高等指定魔術師?」「え?」「なんだとっ」などという声が波紋のように広がっていき、あれよあれよという間に人が集まってきた。


「お茶を持ち致しますねっ」

「どういったご用件でございましょう、承りますっ」

「おまえら落ち着けよ――何なりとお申し付けをっ!」


 レーシアが素早く人混みから脱出したのに便乗して逃げ出し、隅の方に退却しながら、アトルは恐れ入って呟いた。


「すげえ……聞いてた以上だ」

「アジャットって高等指定魔術師で、高等指定魔術師は大陸に三十人ちょっとしかいないんだっけ」


 レーシアが記憶力を発揮して呟き、ミルティアがこそこそと脱出してきてそれに答えた。


「そおよぉ。だからあの人たちにすればぁ、アジャットは雲の上の人ぉ」


 げんなりした顔で続ける。


「特等以外のぉ指定魔術師になるにはぁ、試験があるのぉ。これがくっそ難しい試験でぇ、指定魔術師にはぁ才能だけではなれないのぉ」


「ミルティアも試験受けたの?」


 レーシアが首を傾げて尋ねると、ミルティアは死んだ目をして笑った。


「あれのことはぁ思い出させないでぇ」


 相当厳しい試験であるようだ。


「レーヴァリイン様っ、ささ、こちらへ! ご用件を承ります」


 アジャットの姓はそんなんだったっけな、と思いながらアトルが見ていると、アジャットがきょろきょろしながら声を張り上げた。


「アトル青年! アトル青年!」


 ミルティアががしっとアトルの腕を掴み、前に押し出すようにしてアトルを差し出した。一気に注目の的となったアトルの顔が強張る。


「そこにいたのか。――ああ、今日は彼の入会手続きに来たんだ。本部に彼のことを連絡したいので、通信魔術の設備を貸していただけるかな?」


 無邪気極まりなくアジャットが言い、職員は冷や汗を拭いながらへこへこした態度で答えた。


「はい、勿論ですがその――何分古いものですので……」


「問題ないよ。――アトル青年、ミルティアたちも」


 アジャットは呼び掛け、職員の案内に従って奥へと颯爽と向かった。

 リーゼガルトが修行僧のような顔をしてその後に続き、グラッドが諦め切った苦笑を浮かべてアトルたち三人をまとめてエスコートした。


 案内された奥に鎮座していたのは、一見ただの石盤だったが、よく見ると魔法陣が刻まれているのが分かる。


「ありがとう、では出てくれるかな?」


 アジャットが言ったが、数人の職員が顔を見合わせる。


「いえ、ですがその……」


「出てくれねえと連絡出来ねえんだけど」


 リーゼガルトが柄の悪い口調で言い、威圧するように彼らを見た。他の指定魔術師のスパイであることを疑っているのかも知れない。

 また顔を見合わせ、彼らが渋々と下がると、アジャットがぱちんと指を鳴らして自分たち五人と石盤を覆うように音声を遮断する障壁を立ち上げた。

 そしてアトルを自分の横に立たせると、石盤に両手を突く。


「確かに古いな――術式が錆びていそうだ」


 そう呟きながらもアジャットは石盤に魔力を送り込み、その術式を立ち上げた。


 石盤に刻まれた魔法陣がほんのりと光を放ち、その光がじわじわと収束して目の前に白い極光のような光の幕を作った。雷光のような光がその幕に走り、数秒後、そこに六十代程度の厳格そうな男の顔が映った。


「ルーヴェルド様、任務の報告です」


 アジャットが石盤に手を突いたまま言い、ルーヴェルドと呼ばれたその男は不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。


『これから陛下の昼食にご一緒するのだがね、レーヴァリイン。手短に頼む』


「……ねえ、あれ誰?」


 レーシアがこっそりとリーゼガルトに尋ね、リーゼガルトも声を潜めて答えた。


「俺たちの上司。オルゼイ・ルーヴェルド最高指定魔術師閣下。アジャットと一騎打ちしたらアジャットを瞬殺できるくらい強い人」


 それを耳にしたアトルが目を剥いた。


「はい。〈器〉のレーシアという少女を保護することに成功いたしました。ただし彼女は仮死状態あるいは休眠状態でなく、活動している状態です。現在地はアルファーナ高原近くの町リコ――」


『姿を見せろ』


 ルーヴェルドの声に、あからさまにびくっとしたレーシアが即座にリーゼガルトの後ろに隠れた。 

 レーシアがアトル以外の人物を盾に使うことは殆どなく、それを見たアトルは若干――なぜか――面白くない気分になった。


「レーシアさん、レーシアさん。姿を見せるだけだから――」


 アジャットが説得に掛かったが、レーシアは頑なな表情で動かない。アジャットは嘆息し、ルーヴェルドに向き直った。


「申し訳ありません、彼女が怯えているようです」


 ルーヴェルドは舌打ちを漏らし、こつこつと机を指で叩く音を響かせた。


『無理強いはするまい――。レーヴァリイン、可及的速やかに帰還せよ』


 アジャットは軽く頭を下げた。


「は。しかしアルファーナ高原にて、エンデリアルザの情報が得られる可能性を示唆する情報も入っており、レーシアさん本人が赴くことを強く希望しております」


『他の者に当たらせればよかろう。――追手の状況は』


 レーシアが何か言い掛けたのを、慌てたようにミルティアが止めた。


「宝国近衛、宝士が動いていることを確認しました。他にも『デイザルト』という名の者、『リリファ』という名の者が率いる勢力を確認しております」


『宝国か……。厄介な。他に報告は?』


「はい。我々が確認していた宝具というものの他に、器は封具というものも所持しております。これは未然の事象を否定するものだそうですが、詳しくはやはりまだ」


『分かった。――ところで、その青年は?』


 ルーヴェルドに問われ、アトルは気まずげにアジャットを見た。アジャットの答えは澱みない。


「彼はアトル。レーシアさんを最初に発見したのは彼で、今現在最もレーシアさんが気を許している存在です。今は我々に同行してもらっており、今回のこの連絡も、レーシアさんへの負担を回避するべく、彼の入会手続きということで設備を使用している状況です」


『ほう』


 ルーヴェルドが身を乗り出した。


『魔術師か。伸びそうか?』


 その喰い付きに、アトルはミラレークスにおける魔術師不足の現状を垣間見た気分になった。


「はい。彼は――術式の概念を聞いただけで精神系の魔術を使用しました」


 アジャットがこれまた口調に熱を籠めて言い、ルーヴェルドはきらりと目を光らせる。


『ほう、面白い。――ある程度実力が付いたら特等指定を打診してみるか』


 口実という設定はどこにいったんだ、とアトルは内心で思ったものの口にはせず、ルーヴェルドが協会員としてアトルの名前を登録するのを黙って見ていた。


 アジャットが他の細々としたことをルーヴェルドに告げ(例えば他の協会員への連絡の時期など)、通信が終わろうとしたとき、実にさらりとアジャットが言った。


「では、アルファーナを経由して帰還いたします。――失礼いたします」


『何を、レーヴァリ――』


 ルーヴェルドの声が半端に途切れ、極光のような幕が掻き消えた。同時にレーシアがリーゼガルトから離れてアジャットとアトルに駆け寄り、勢いよく尋ねた。


「大丈夫なの? アルファーナにちゃんと行けるの?」


「行けるとも」

 アジャットが穏やかに言った。

「連れて行かないなどと言ったらアトル青年の報復が来そうだしな」


 レーシアが安堵の溜息を吐き、アトルを見て微笑んだ。



 ――このときもしもアジャットが、アルファーナへ行くことによって、帰還もままならない状況に追い込まれると知っていれば、アトルを叩きのめしてでも本部に帰還することを選んでいたはずである。



「さて、ではアトル青年の身分証を作らねばな」


 アジャットが言い、ぱんと手を叩いて障壁を解除した。


「アトル青年、試金石に触れてくれ。きみの魔力の大きさで、どの階級の魔術師の地位を与えられるかが決まるから。――まあ、大抵は最初は白魔術師から始まるが」


 アトルは記憶を掘り返し、一般魔術師は色で区別されそれは下から白、黄、橙、茶、黒の順であるという、随分前にアジャットがしていた説明を思い出した。


 アトルたちは大注目の中で奥から出て、試金石へと近付いた。


 漆黒の、塗り潰したような色合いの板状の石が、腰の高さの机に三つ並べられている。アトルはそのうちの左側のものに軽く手を置いた。

 試金石は仄かな光を放つと、すっとその色を霧散させ、机がほんのりと透ける半透明に変じた。石の中心はほぼ混じり気のない透明だが、そこから外側に掛けて黒色が残り、石の縁の部分は漆黒のままという、濃淡のある半透明だ。


「ほおおお」


 ミルティアが面白そうに笑った。


「結構あるじゃぁない。私と一緒くらいかナ?」


 アトルが手を離すと、石はたちまち元の漆黒へとその色を戻した。それを確認した職員が、「身分証をお作りしますねっ」と言って窓口へ走って行く。指定魔術師の前で仕事ぶりを見せる機会は余りないのだろう、きびきびとした動きだった。


 身分証の作成には当たり前だが少しの時間が掛かる。


「ミルティアってあれくらいなのか?」


 リーゼガルトが尋ね、論より証拠とばかりにミルティアが試金石に触れた。アトルよりも若干中心部の透明な部分の多い濃淡のある半透明へと石が色を変える。


「リーゼガルトはぁ?」


 訊き返されたリーゼガルトが試金石に手を触れる。アトルのときの変化と似ているが、全体に透き通った薄墨の膜を張ったような色合いへと変化した試金石に、ミルティアがふうんと声を出す。


「グラッドはぁ?」


 グラッドはびくっとした後、おずおずと試金石に触れた。試金石は全体に均一な半透明へとその色を変えた。机の模様がうっすらと分かる程度だ。


「私の番か?」


 アジャットが少々わくわくしたような声を出し、グラッドが手を離し色の戻った試金石に手を触れた。

 石全体が透き通る、今までで最も透明に近い色合いへと変化した。机の模様がかなり鮮明に分かる。


「さすがぁ」


 ミルティアが言い、アジャットは得意げに腕を組んだ。


 お茶を飲まれますか? という問いに、アジャットとグラッドが頷き、他が首を振る。

 アジャットとグラッドは食事処と化している只中へと連れて行かれ、お茶のみならず軽食にまでありついた。

 それを見ながら退屈そうにしたレーシアが、試金石に興味津々に顔を寄せているのを見て、アトルははっとした。


 ――こいつが触ったらとんでもないことになるんじゃないか?


 慌てて手を伸ばしたが、間に合わない。


「アトル様の身分証が完成いたしましたぁ――!」


 私仕事速いでしょう、どうですか!? というような顔をした若い男性が顔を出すのと、レーシアが何の気なしに試金石に触れたのが同時。


 しゃ――ん、と高い音がして、アトルはその瞬間に試金石が消えたと思った。


 レーシアが目を剥いてアトルを見てきたが、目を剥きたいのはアトルたちの方である。アトルが恐る恐る先程まで試金石があったはずの机の上の位置に手を触れると、確かにそこに試金石はあった――だが、完全な形ではなかった。


 レーシアが触れた試金石は、目では見えにくいほど完全に透明になり、なおかつ粉々に砕け散ったのだ。


 試金石が捌き切れない魔力量。


 耳に痛いほどの沈黙が満ちる中、アトルが恐る恐る声を出した。


「……あー……落としちゃいました――」


 もっと他にあっただろうという言いたくなる、余りにもお粗末な誤魔化し方であった。






 謝り倒し誤魔化し尽くし、指定魔術師の権力を掲げて弁償を回避したアトルたちは、精神的に疲れ切ってミラレークス支部を後にした。

 レーシアはさすがに悪かったと思っているのか悔恨の表情で、アトルは支部から離れるとぼそりと零した。


「おまえが尋常じゃない魔力持ってるのは分かってたけど――試金石砕くって――」

「ごめんなさい――」


 それを皮切りに、皆が次々と口を開いた。


「試金石って割れるもんだったんだなぁ」

「あ、それあたしも思ったぁ」

「本当にごめんなさい」

「試金石が欠けたという話ですら聞いたことがないからな」

「粉々だったからな。色もなかなか戻らなかったし」

「破片が大きかったら、レーシアさんも怪我なさっていたところでしたから……」

「ごめんなさいごめんなさい」


 アジャットが疲れたように頭を振った。


「いや、レーシアさん。怒ってはいないぞ。驚異的だと思って驚いているだけだとも」


 グラッドが、「そうですよ」とか「お怪我が無くて良かった」とか言いながら肩を落とすレーシアの背中を擦った。

 レーシアは彼の優しさに感じ入ったように彼を見上げ、こくりと頷いた。


 アトルの身分証はアジャットたちのような金色ではなく銀色で、名前は深い黄色で書かれている。つまりは最下位から二番目の一般魔術師としての地位が与えられたのである。しかしそんなことは、レーシアの試金石粉砕事件の前では最早どうでも良いことだった。



 馬車に戻ってからもレーシアはしばらくしゅんとしていたが、そのうちに元気を取り戻し、夕飯の支度ではいつものように動き回って手伝っていた。







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