09 セルダの町攻防戦の結果
未舗装の道を巨大な馬車が進む。
南に向かって進むその馬車の御者台には、奇妙なことに人がいない。人気のない通りであることをいいことに、その珍妙な馬車はごとごとと進んで行く。
その馬車の中には六人の人物がいた。そのうち一人は寝台に腰掛け、まさに起き抜けといったような寝癖のついた髪で、目の下に隈を作っていたが、いやに深刻な顔をしていた。
「――で……」
と、その青年が口を開いた。
「俺はどこに出頭すればいいわけ?」
「はあああああっ!?」
濃紺の髪の美少女が声を張り上げた。
「どういうこと!? 出頭!? アトル何したの!」
青年――アトルは叫んだレーシアを気まずげに一瞥した。
「他人の魔力を使うことは重罪だぞ。おまえの時代にはそうじゃなかったのかよ」
「それなんだが――」
と口を開いたのは、濃褐色の外套に身を包み、フードを深く被って顔を隠した女――言わずもがなのアジャットだ。
「あれは重罪ではあるが、内容上、親告罪となっている。レーシアさん本人が望んだ以上、罪に問われることはないだろうが、――アトル青年」
アトルがびくっと身体を震わせた。アジャットはその目の前に仁王立ちになり、アトルに指を突き付けて声を荒げた。
「私はよせと言ったはずだ。絶対に駄目だと警告した。きみは自分が何をしたのか分かっているのか!」
「ええと……」
「幸いにも避難していた住人に被害は出なかったものの、町が一つ半壊したんだぞ!」
アトルは深く項垂れ、今度は罪悪感に満ちた目でグラッドを見た。
レーシアの魔力を、魔術など使ったことのないアトルが使いこなせるはずもなく、アトルが巻き起こしたことは属性を付与した上での魔力爆発だった。
風の属性を与えられた魔力は町を襲い、建物を倒壊させ道を砕き、凄まじい被害をもたらした。アジャットの言葉通り、町が半壊したのである。
避難していた住人たちは言葉もなく絶句したという。
アジャットたち魔術師は何とか自らの身を守れたものの、戦闘中で対応が遅れたグラッドはかなりの重傷を負った。それを治療しながらのアジャットの尽きることのない怨嗟の言葉は忘れられない。
どんな馬鹿でも分かっただろうアトルたちの居場所に急行してきたリーゼガルトに至っては、「これってそのリリファって奴とかも死んだんじゃねーの」と唖然とした口調で零したほどだ。
ライルは風で飛ばされたが、飛ばされた先がアジャットの傍という並外れた運の良さを発揮し、擦り傷を拵えた程度で済み、レーシアに安堵の息を吐かせたが、それどころではなかった。
アトルとレーシアとしては、ミラレークスにも捕まることなく逃げ果せたかったのだが、至近距離で風の暴発を喰らって首の骨を折り、即死した宝士とその仲間からは逃げられても、身を守ったアジャットを躱せるかは五分五分であり、何よりもアトルが逃走できる状態になかった。
許容量を大幅に超える魔力を使ったせいで、アトル自身が一気に疲労に襲われたのだ。それに加え、二人旅では路銀の確保も危うい。
そこで、レーシア確保を狙う勢力の中でもまだ安心出来るだろうということでミラレークスの四人組と再び同行することになったのだが――、
(気まずかったんだろうなぁ……)
アトルはレーシアを見て同情を禁じ得ない。
一度は見限った相手とまた同行するというのは、かなりの気まずさを伴うものだ。加えて馬車に到着するなり精根尽き果てたアトルが爆睡に入ったため、レーシアはその空気に一人で耐えたことになる。
そして翌日の早朝、アトルが目を覚まして最初に言った言葉が、「どこに出頭すればいいのか」というあの科白だったのである。
「レーシアさんのような規格外の魔力を! きみのような初心者が! 使いこなせるわけがないだろう!」
アジャットは言葉の切れ目ごとに床を踏み鳴らし、アトルはますます項垂れた。その一方で罪悪感の「ざ」の字も感じていなさそうなレーシアは、アトルの傍に寄りながら呟く。
「だってああするしかなかったんだもの」
彼女はアトルが使った分の魔力をまだ回復出来ていないため、垂れ流しになっている魔力が削られ、珍しく重石無しでの道中となっていた。
「おまえな……」
アトルが若干呆れながら呟く。
アジャットは息を吸い、フードをぐっと更に深く被り直しながら言ったが、その声は地を這うように低く、レーシアもびくっと姿勢を正し、ミルティアたちも首を竦めた。
「よし、では、アトル青年も無事に目を覚ましたことだし、確認すべきことを確認していこうか」
レーシアが「げぇ」という顔をした。アトルはそれを見て内心で「こいつ殺されたいのかな」と結構真面目に考えていた。
「重要度の低いことから確認していこう。その方が、後から、もっと、重要なことに、時間を割けるものなぁ」
リーゼガルトが「ざまーみろ」と言わんばかりにアトルを見たが、直後に名前を呼ばれてびくっとした。
「リーゼガルト」
「お、おおおうっ!」
どもりながら応じた彼ではなく、アトルとレーシアを見ながら、アジャットは淡々と訊いた。
「きみはどこで何をしていた?」
「馬車で待機中にアジャットから追跡者の対処を頼まれて、ミルティアと対処した。そこは問題なく対処できたんだが、別の手の奴らもいたみたいで、町の中に入れちまったっていう……。そこからはまぁ、乱闘と言うか何と言うか。レーシアの所に行こうとはしたんだが、途中で術式無効の術式を仕込んだアルナー水晶を刀身に埋め込んでる剣を遣ってる奴に遭っちまって、そこからミルだけを離脱させて――」
リーゼガルトは澱みなくすらすらと話し、続いて話したミルティアも、リーゼガルトと離れた後にレーシアの危機に割り込んだところまでを簡単に話した。やはり小競り合いに巻き込まれ続けていたようだ。
続いてグラッドが話し始めたが、彼もアジャットと別れてから町を駆け回り、抗争を続けていたらしい。
全員が、アトルとレーシアの巻き起こした風に度肝を抜かれ、戦闘を放棄し全力で身を守ったというところで話を締め括った。
「アトル青年、きみにも訊きたいことは山ほどある」
「う――」
「どこで何をしていたかではなく、どんな状況で何を考えていたかなのだが、まずはそうだな、――レーシアさん」
まさか自分に話が振られるとは思っていなかったのか、レーシアがきょとんとした間抜け顔で応じた。
「はい?」
「どういうことだ? 〈器〉は魔術を使っては――意識的に魔力を使うことすらしてはならないはずだ。そのあなたがどうして、属性の付与の仕方や術式の概念を知っている? 加えてあなたがアトル青年に使わせたのは――」
アジャットは苛立たしげにフードを引いた。
「最高難度の精神系のものではないか」
レーシアは不思議そうに首を傾げた。
「なに言ってるの?」
アジャットが戸惑った声を出す。
「なに、とは――?」
「魔力を使ってはならないって、それはサラリスのことでしょう?」
レーシアは断言した。
「サラリスは魔力の爆発だってそんなに頻繁には起こせなかったしね。それに私も、魔力を使うのは命に関わることだって教わったけれど」
胸に手を当てて、レーシアはにっこりした。
「ある程度なら大丈夫みたいなの。ただ、私自身が魔術を使うのは本当に駄目。やってみようとしてサラリスに今までにないほど怒られたわ。それに死ぬかと思ったもの、本当に。宝樹玉がなかったらまずかったわ。でもセゼレラで宝士のみんなとかジェルドとかを見ていれば魔術がどんなもので、どうやって使うのかは分かるし、アトルの訓練を見ていれば、あれくらいは」
「何を言ってる!?」
リーゼガルトが割り込んだ。
「術式の概念をそんなことで理解することが出来るもんか――出来たとして、あの術式をなんで知ってる!」
「なんでって――」
レーシアは困ったように眉を寄せ、軽く俯いた。
「――なんでだろう……」
アトルが顔を覗き込むと、レーシアは心から困惑した顔をしており、それを見たアトルは思わずリーゼガルトを軽く睨んだ。
しばらく悩んだ末に顔を上げたレーシアは、アトルを見上げて首を傾げた。
「ねえ、なんでか分からないけど知っていることって、ない?」
アトルが肩を竦めると、レーシアはアジャットにではなくアトルに向かって、懸命に説明を始めた。
「自分の中に他の誰かの知識があるような感じ」
「そんなのあったら大事件だぞ」
アトルは呟き、レーシアは眉を寄せて頬を膨らませた。
「あるんだもの、仕方ないわ」
「〈器〉にはあるのかも知れないな」
リーゼガルトが呟き、レーシアを恐れ入ったような目で見た。
「ていうか魔力をある程度は使っていいとか――どんだけ魔力あんだよ……」
ふわぁ、と欠伸を漏らし、レーシアは面倒そうに言った。
「まあ、助かったんだからいいじゃない。――あなたたちだって」
言いながらレーシアは主にアジャットを指差し、その指先を小さく振ってリーゼガルトたちも示した。
「私を手元に置いておけるのはありがたいんでしょう」
アジャットがぐっと言葉に詰まり、溜息を零してアトルに向き直った。
「――アトル青年」
「お、おう」
アトルが若干目を逸らしながら応じると、アジャットは抑えた口調で問い質した。
「もう随分前に、レーシアさんが我々に自発的に同行してくれるようになるまで、きみも一緒に来ると、そういったような話をしたような気がするのだが?」
「…………」
「そのきみが、レーシアさんを連れて逃亡を図るとは、あれは一体どういうことだ?」
レーシアが不安げにアトルを見上げた。アトルは息を吐き、慎重に口を開いた。
「状況が変わったというか、事態が呑み込めて来たというか……」
「ほお?」
「準シャッハレイでこいつと会ったときは、こんな大層な奴とは思わなかったんだけど、なんかこいつが原因ですげえことが起こってるらしいし。どいつもこいつもレーシアを利用することしか考えてねーし」
ミルティアとリーゼガルトが気まずげに顔を見合わせた。
「取り敢えずこいつはサラリスって人に会いたいんだろう? だったら俺はそれに協力しようと思ったんだよ。そのために都合のいい勢力に付こうかなと――」
「宝国だぞ!?」
アジャットが叫んだ。
「あの百年戦争を引き起こした宝国が、平和的な目的のためにレーシアさんを手に入れようとしているはずがないだろう!」
百年戦争ってあれだよね、あの戦争だよねと呟いたレーシアが、やや機嫌を損ねたようにアジャットを見た。
「アジャット、違う。セゼレラ――宝国はサラリスと私が最後に行った国だもの、悪いことはしていなかったわ」
「とにかくこいつの至上命題がサラリスって人に会うことなんだから――」
「宝国が出て来たのなら樹国も黙ってはいないはずだ、これからレーシアさんを巡る闘争は激しくなっていくんだぞ、それをそんな曖昧な態度で――」
「あーもううっせーな、レーシアはどうなんだよ、どうしたい、おまえのことだぞ」
アジャットとアトルの言い争いを、発言者の方へ目まぐるしく視線を向けながら聞いていたレーシアは、訊かれてにこりと微笑んだ。
「サラリスに会いたい」
おまえはそれしか言えないのかと言わんばかりの視線を受けて、レーシアは少し困ったように眉を下げ、それから言った。
「一緒に捜してくれる? アトル」
心なしか勝ち誇った顔をしてアジャットたちを一瞥してから、アトルは答えた。
「ああ、いいよ」
その日から、六人の形が少しばかり変わった。
レーシアに同行するアトルと、その二人に同行するミラレークスの四人という形だ。
そして彼らの日常にも変化が見られることになる。
レーシアの魔力を扱ったことがきっかけとなって、アトルの魔力が顕現するようになったのだ。
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「とどのつまりがあれだ、俺の育ちが原因だ」
基礎中の基礎である簡単な念動系の魔術を教わりながら、アトルが言い訳するように言った。
「ああいう、マジで危機的な状況じゃないとどうにもならなかったんだ」
「本気で撃つぞてめえ」
リーゼガルトがアトルに指を突き付け、警告した。
「俺がどんだけの魔力をおまえのために使ってやってたと思う」
アトルは口を閉じ、術式の習得に専念し始めた。
アトルが唯一まともに使ったことのある魔術は精神系の、他人の魔力を使うためのものであり、アトルにとってもそれは苦い――厭な記憶だった。
元を質せばアトルに力が無かったために招いた事態であり、二度と同じ事態を招かないために、これからもレーシアといるつもりならば、魔術師に対抗できる戦力になる必要があるのだ。
「慣れるまでは手順を口に出した方がいいぜ」というリーゼガルトの助言に従い、アトルは念動を発動させる対象である小石を見て呟いた。
「対象に術式展開、魔力を付与、発動――っと……」
小石が空中に持ち上がり、ふらふらと左右に動いた。
「覚えはいいな」
リーゼガルトがそれを見てやや満足げな響きの声で言った。
「術式の概念を習得するのが早いな。普通は皆、そこで躓くものだが」
アジャットがアトルを見ながら考え深げに言い、アトルは顔を顰めた。
レーシアに教えられた術式の概念は、あの状況も相まってしっかりとアトルに根付いている。
「次の町辺りで支部に寄って手続きをしようか」
アジャットが呟き、リーゼガルトが頷いた。
「そろそろアルファーナだしな。それがいいだろ」
「こんな程度でいいのか?」
アトルが声を上げた。アジャットは肩を竦め、暗澹たる声を出した。
「最近、協会員になる者の資質が落ちてきていてね。アトル青年の魔力量にも拠るが、問題はないだろう」
アトルはふらふらと浮かぶ小石に目を遣り、疑わしげな顔をした。
「いや……俺まだこの程度しか出来ないんだぞ?」
「大丈夫だろ、慣れだ慣れ」
リーゼガルトが笑って言い、アジャットも淡々と言った。
「一度とはいえ、術式を教わっただけで精神系の魔術を使えたんだ。それは凄いことだぞ――鍛えればどうなるか、見ものだな」
「あれを褒められても……」
言いながらアトルがちらりと見た先で、レーシアはグラッドの回りを動き回って食事の支度を手伝っていた。




