6−4: 大探査2−4
一室を無菌にし、窒素-酸素の割合もβに合わせ、ベッドを一つ用意した。
私はハードスーツのままその部屋にウーラと共に入り、船のサイバースペースにナノデバイスで接続し翻訳を頼んだ。
「ここでしばらく寝転んでいてくれないか? 部屋に音が流れたり、天井に絵が出たりもする。それらと合わせて、ウーラの脳から言葉についての情報を読む。もし、絵などに納得できるようなときはそういうジェスチャをしてくれたかまわない。むしろ可能ならできるだけジェスチャをしてほしい。もし寝たくなったら寝てくれてもかまわない」
部屋のスピーカから、この言葉に対応するウーラたちの言葉であろうものが流れた。
ウーラはまた耳を立てた。これが肯定のジェスチャなのだろうか。
私はベッドの横にいくつかの機器を置いた。
「これには触らないでくれ。あとで説明してもいいが、これらが君の脳を探る」
「心を読むのか?」
ウーラは耳を左右に回しながら訊ねた。
「心というのとは違う。言葉を使うときに、脳でどのようなことが起きているかを知るだけだ」
「それを心と呼ぶのでは?」
私は窓の向こうにいるラビノヴィッツを見た。ラビノヴィッツもどう答えたらいいか考えているようだ。
「そうかもしれない。だが、心の一部だ。ウーラたちの言葉をより理解するためだけのものだ」
ウーラはまた耳を立てた。
「言葉が通じないと混乱になる」
わかってもらえたらしい。ただ、ウーラの知識の一部も読み出そうと考えていることは黙っていた方がいいだろう。
しばらく暇になった。B班でも同じことをやっているらしい。光信号は同じだったが、その土地で使っている言語が同じとは限らない。エズラが言うように、β-1が豊かな言語を持っているのだとしたら、両方の土地で使っている言語は異なるだろう。
言語はやっかいだ。同じ言語の同じ単語を使っても、それが一人だろうと複数の人間だろうと同じ意味になることはまずない。テランはそのような状況に行き詰まった時、サイバースペースから言葉を補完する言葉のwebを相手に送る。エランは脳の量子的状態を使うらしい。ヴェールコール人は両方を組み合わせて使うという。それらが必要になるほどに言語はやっかいなものだ。昔の人が、それらなしでどうやっていたのかはわからない。
ウーラの脳の分析が終ったとしても、どちらかと言えばそれに近い状況でのやりとりになるだろう。
そんなことを考えながら、私も休息を取った。
起きて、ウーラの部屋を覗いてみると、ウーラは食事を摂っていた。対応にあたっていた人に聞くと、船の横に住人が持って来たそうだ。ウーラも快くそれを受け取ったらしい。
それを見て、私も食事を摂ることにした。
私が休んでいた間にヴェールコール人のネセムも降りてきていた。
「ウーラ、このグラスを着けて欲しい。言葉の翻訳と、私たちの表情などについての理解を促す表示が見える」
ウーラが耳を立てた。どうやら船の翻訳はうまく機能しているようだ。耳を立てるのはやはり同意のジェスチャらしい。
耳を立てると一定方向の音に注意することになるだろう。対して耳を回していれば周囲に注意を払ってじることになるだろう。習慣もあるだろうが、納得できないジェスチャではない。
ウーラはグラスを着け、私を見る。
「何を考えているのかわかる」
ウーラが言った。
「そこまでのものではないが。文化が違えば、表情も違うだろう?」
ウーラが耳を立てた。
「そういうところと、あとは言葉の意味をそれが補足してくれる」
「どうやって動いているのか知りたい。蒸気がどこにもない」
ウーラは耳を回した。
「聞きたいことの一つはそこなんだ。君たちは蒸気機関を持っているね?」
「持っている。モニュメントの横でも使っている」
「あぁ、そこをまず聞こう。あの覆いはどうやって制御しているんだ?」
ウーラの耳がしばらく回ってから止まった。
「火を燃やし、その熱で機械を動かしている」
「その機械だが、どういう物なのかな。例えばこういう物かな」
私は大きく手を振った。こちらの視覚に古い、復元された機械式計算機が映し出される。ウーラのグラスにも同じものが映っているはずだ。その映像の何箇所かにカード、アキュムレータなどなどの注釈が着けられている。
「原理は同じだと思う。それにまだ証明はできていないが、私たちの機械は何でも計算できると考えている」
私はうなずいた。
「どういう事か説明して欲しいが」
部屋の外からネセムが訊ねた。
「地球時代にも同じようなものが試されたことがあったんだ。結局は失敗したが、後の復元では動いた」
「蒸気と歯車で計算をするのか。プログラムは?」
「カードを連ねたものを使った」
「奇妙な独自技術だな」
ネセムが呆れたように言った
「だが、理論的に完成されたのは起点の取り方によるが数十年から100年後だがね」
「その機械式計算機は理論に何か影響を与えたのか?」
「どうだろうな。技術面と理論面ではなるで違うものだったようだし。同じ国の人間が理論を完成させたのだが」
私はウーラに目を戻した。
それからβ-1の文化のありかた、種族について詳細に訊ねた。それらは複雑なものだった。モニュメントAとBでの光の明滅も、そのものは同じだが、異なる種族によって行なわれていた。地球においても文化は複雑だった。それと匹敵するほどの文化の豊かさを持っているように思えた。
ウーラに、今後も私たちはこの星を訪れたいと伝え、分かれた。だが、私たちは教えをもたらした者ではないと言った時、ウーラは明らかに落胆していた。そして自分たちの文明は自分たちで開拓するするしかないと伝えた時にも。ただ、君たちは孤独ではないと言った時、ウーラは二度耳を立てていた。喜びの表情のようだった。
探査隊の帰還の後、エランとヴェールコール人との回線を開き、デブリーフィングを行なった。私はエズラ=ラバルとなり参加した。
β-1での収穫は大きかった。たった二つモニュメントがあるだけで――絶対にそうだとは言うには弱いものの――、文化の多様さは他の種族を圧倒していた。衝突もあちこちであったことだろう。だが干渉と交流が多様さを後押ししただろうことは間違いない。
そして蒸気の時代に入って100年ほどの時間が経っていた。もうしばらくすれば内燃機関の時代に入るだろう。
だが、それはエズラ=ラバルとしての疑念をより強めることになった。




