7−1: ナブロス帰還 ――疑念――
私は――今は接続していないラバルとして――ナブロスに帰って来た。
ナブロスにはι(イオタ)隊が戻って来ていた。結晶の探査性能を向上できないかと考え、そのために戻っていた。彼らには成果と言えるものがなかった。いや、モニュメントや凖知性体がいないことが確認できたことも充分な成果だ。もともとι(イオタ)隊は星系が薄い場所の担当だった。だが星系の濃淡は、探査について大した情報をもたらさない。あるところにはある。ただそれだけだった。
ρ(ロー)隊はまだ帰還していない。3つの星系に立ち寄り、1つのモニュメントと凖知性体を確認したとのことだ。通常の知性化に入る状態にあった。知性化を受け持つのはヴェールコール人になったようだ。ヴェールコール人はそのことについて強硬に反対したらしい。テランとエランが担当するのが慣習に則っていると。だがそれが他の種族から認められることはなかった。
私はそのような状況を確認した後、エズラの私室へと向かった。
エズラはお茶を出してくれた。テランの他の飲み物はあまり私の好みではないことをエズラは知っている。
「さて、やっと話し合う時間が取れたな」
私はカップを取り一口飲み、うなずいた。
「君の疑問をはっきり教えてくれないか? 漏れ出した疑念だけではよくわからないんだ」
私は額に手を当てた。どう説明すればいいのだろうか。
「まず確認しよう」
そう言って、エズラを見た。
「30万年前としよう。ホモ・ハイデルベルゲンシスからホモ・ネアンデルターレンスとホモ・サピエンスが現われた。詳細は知らないが、まずそんなところだろう」
エズラはうなずいていた。
「そして30万年かけ、ほんのこの数千年で文字、鉄器、その他の科学技術を得た。それは一万年経っていないだろ?」
エズラがまたうなずいた。
「聞いている限り、他の種族は文字と鉄器に至るまでにほんの二、三万年しかかかっていない」
エズラは私の言葉を聞きながら、自分のカップに手を伸ばした。
「にもかかわらず、その後、宇宙に乗り出すまでに一万から二万年かかっている。おかしくないか?」
私はエズラの目を見た。
エズラは一口飲むと、カップをテーブルに戻した。
「どちらかというと後の方が気になっているんだろ?」
「どちらかというほどでもないが。地球ではいくつもの文明が興っては滅んだ」
エズラはうなずいている。
「もちろん、新しい文明は古い文明の遺産を引き継いだ。だがそれは古い文明そのものが生き延びたわけではない」
先を促すようにエズラは私を凝視していた。
「これは数に入れていいのかわからないが。出アフリカの前に千個体、あるいはそのオーダにホモ・サピエンスは減少している」
私はエズラのカップを見て、またエズラに顔を戻した。
「その時から、地球では一体何回やり直したのだろう?」
私はまたカップを手に取った。
「にもかかわらず一万年かからずに宇宙に乗り出した」
一口飲んでテーブルに戻した。
「教えをもたらした者は文字と鉄器で干渉を止めているというが、本当なのだろうか?」
カップを見たまま私は言った。
「それにβ-1の段階だな。科学技術は多少の前後はあるにしても、土台があってその先に進むことができる。それを干渉なしに制御できるとは思えない」
エズラが付け足した。
「そうだ。それにβ-1が通常の変化を遂げているなら、教えをもたらした者の活動は比較的最近まで続いていたことになる。もしかしたら今もだ。仮に今はもう活動していなかったとしても、現在の古い種族が宇宙に乗り出していた頃はまだ活動していたはずだ」
「それなのに接触の記録がない」
エズラはこめかみに指を当てて言った。
「そしてナブロスの探査の時、ンバスが『どこかへ、ではないが』と言った記憶がある」
「私たちには記録だが。確かにある」
エズラは間を取って付け足した。
「すると実は古い種族の中に教えをもたらした者がいるというのか?」
「そうかもしれないし、教えをもたらした者などいないのかもしれない。いないのなら『どこかへ』などないだろうな。それとも『どこかへ』ではなく『いつかへ』なのかもしれない。あるいは『ここへ』なのかもしれない。例えば余剰次元という『ここへ』」
カップの縁を指で拭いながら私は答えた。
それを聞いて、エズラは椅子に深く腰を置き直した。
「だがモニュメントは存在するぞ」
「もちろんそうだ。しかし、結局それを作った者が何なのかはわかっていない」
「それに転移窓は最近までどこにも見付かっていなかったぞ。教えをもたらした者こそがそれを使っていたのではないとしたら」
エズラはまた腰の位置を動かした。
「それは必要なかった可能性もあるのではないかと思う。モニュメントが生物によって作られたとは限らない。例えば」
私はそこで言葉を切り、エズラを見た。
「形は違うが、一種のパンスペルミア説か」
エズラはしばらく考えてから答えた。
「あぁ。教えをもたらした者は確かにいて腕で発生し、その後彼らの星系はいて腕とオリオン腕の間に出てきたのかもしれない。そうだとしても、彼ら自身が探査と知性化に乗り出すのとは別の方法もあったはずだ」
「計画と適応性を持たせたナノマシンによって」
その言葉を聞いて私はうなずいた。
「それはもちろん私たちが持っている技術より進んではいる。だが不可能というわけでもないだろう」
エズラはもう一度カップに手を伸ばした。
「いや、だとしてもやはり転移窓はどうなる? ナブロスのモニュメントによって転移窓が発見されたが、その種のパンスペルミア説ならあんなものは必要ないだろう。だいたい、あれは何らかの方法で転移してからでないと設置できない。それともナノマシンで知性化した種族が転移窓を作るのを待っていたというのか?」
「そこなんだ。何かがしっくりこない。結局ナブロスのモニュメントの転移窓はどこに通じているのだろう?」
そう言って私も椅子に座り直した。
「ナノマシンによるパンスペルミア説を確認する方法は?」
「β-1への降下船が取った大気がある。降下船に土が着いていてくれればとも思うが、着いていたとしても宇宙で殺菌されてしまっているかもしれないな」
「『どこかへ、ではないが』という言葉の意味がわからないのだから、手をつけられる所から始めるか。だがその生態系もわからない。それの組成もわからない」
カップを戻しながらエズラが言った。
「もちろん困難なことだと思う」
「そうだな。だが、テランとエランで勝手にやる分には誰からも文句は言われないか」
「それにこれからも試料が増えるだろう」
私たちはι(イオタ)隊とρ(ロー)隊にも、大気、土壌、海のサンプルを取ってもらうことにした。




