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第5話 『救いの手』

 山賊さんぞくに取り囲まれたネルは一か八かがけに飛び込もうと決意したところ、頭上のけたたましい音に弾かれたように顔を上げた。

 そして急斜面きゅうしゃめんから転げ落ちて来る物体に目を見張る。


「何だありゃ……」

 

 勢いよく転げ落ちてくるそれは複数の茶色いたるだった。

 それらのたるには着火した火縄ひなわが付いている。

 そしてたるはネルの前後数メートルのところに落下すると、割れて中から液体が飛び散った。

 すぐに油の臭気しゅうきが鼻を突き、火縄ひなわからそれに引火して炎が激しく燃え上がる。

 ネルの前後を炎の壁がさえぎり、山賊さんぞくたちはネルに近寄れなくなった。


 さらに上から落ちてきた新たなたるが地面に激突すると、今度は中から真っ白な粉が噴き出し、それが火のかべに引火して爆発を起こす。

 ネルは即座に耳をふさいで身をせた。

 爆発音が響き渡り、熱風が頭上を吹き抜けていく。

 わずかに目を開けると周囲が白煙でけむっていて視界がひどく悪くなっていた。


 そこで新たに上から投げ落とされた何かがネルの数歩先で地面に当たってパサッと音を立てる。

 それはより合わせたなわだった。

 急斜面きゅうしゃめんの上から投げ落とされたものだ。

 ネルは頭上を見上げる。


 ハッキリとは見えないが、上で手を振っている人物がいた。

 何者かが助けの手を差し伸べてきたのだ。

 その意図いとは分からなかったが、ネルはすぐさまそのなわつかんでグイッと引いてみる。

 しっかりと固定されている手応てごたえがあった。


 躊躇ためらっているひまはない。

 視界が悪く山賊さんぞくたちからねらわれにくいこの好機を逃す手はない。

 ネルはなわを強くつかみ、それを頼りに急斜面きゅうしゃめんを登り始めた。

 下から山賊さんぞくたちの怒声どせいが聞こえてくる。

 そして矢や石が飛んでくるが視界が白くけむっているせいで、どれもねらいは外れてネルに当たらなかった。


 ネルは持ち前の脚力と身軽さでスルスルと急斜面きゅうしゃめんを登っていく。

 そしてものの1分とたずに十数メートルの急斜面きゅうしゃめんを登り切った。

 上まで登り切ると視界は明瞭めいりょうになっており、そこで1人の男が手を差し伸べている。


「おまえは……」


 それは先ほど会ったばかりの貴族の青年、ナサニエルだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 目の前に広がる白煙はくえん苛立いらだちながらデクスターは声を荒げた。


「上だ! 女は上に逃げたぞ! 追え! 逃がすな!」


 白煙はくえんが徐々に晴れてくると急斜面きゅうしゃめんらされていたなわがスルスルと上に引き上げられていくのが見える。


「くそっ! 女を助けた奴がいるぞ。余計なことを……」


 デクスターは頭上を見上げた。

 そして見たのだ。

 自分が性的な欲望の対象としてねらっていた貴族の青年が、赤毛の女と共にいるのを。


「あの坊や……女を助けたのか。ふざけやがって! テメーら! 急げ!」


 頭目にどやしつけられ、山賊さんぞくたちは泡食って上り坂を駆け上がりながらネルを追う。

 部下の数人が死に、1人が戦闘不能の負傷を負わされた。

 デクスターは怒りに震えながら側近の部下に命じる。


「山狩りだ。総動員で女をあぶり出せ。貴族の坊やは殺すな。それと……念のためアドルフを呼び戻せ」


 その言葉に部下は顔色を変える。

 今は別の仕事で不在にしているがアドルフはデクスターの実弟であり、兄以上に恐ろしい男だった。


「ア、アドルフの兄貴を? わ、分かりました」


 デクスターは自分の面子めんつつぶした相手を絶対に許さない。

 へびのような執念しゅうねんでどこまでも追い続けるのだ。

 それを良く知る側近の部下は、赤毛の女はむごい死に方をするだろうと思うのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「無事で良かった」


 ナサニエルはそう言いながら両手でネルの手をつかんで必死に彼女を引き上げた。

 そしてすぐに急斜面きゅうしゃめんの下にらしていたなわをスルスルと引き上げる。


「これで山賊さんぞくたちはしばらく上がって来られない。今のうちにこっちへ」


 そう言うとナサニエルは足早に山道を進んでいく。

 ネルはその後についていきながら、彼の背中に問いかけた。


「おまえ。この山にくわしいのか?」

「うん。ここを仕事場にしているからね。最近この山に入り込んできたばかりのデクスターたちなんかよりもずっとくわしいよ」


 そう言うとナサニエルはいきなり山道を外れてやぶの中に踏み入っていく。


「おい。どこに行くんだ」

「こっちだよ。普通に逃げても奴らの仲間に回り込まれて捕まるから」


 そこから1分ほどやぶの中を進むとそこに大木が姿を現した。

 ナサニエルは大木の根元に群生するやぶの一部をかき分ける。

 するとその奥には人が1人通れるほどのあないていて、そこから風が吹き出してきていた。

 ネルはそれが何かすぐに理解する。


洞窟どうくつの入口か」

「ここは連中には知られていない場所だよ。この先からがけの向こう岸まで移動できるんだ。付いてきて」


 そう言うとナサニエルはその洞窟どうくつの中に身をすべり込ませる。

 ネルは後方から山賊さんぞくたちの声が追ってくるのを聞き取り、すぐにナサニエルの後に続いて洞窟どうくつの中へと足を踏み入れるのだった。

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