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第6話 『洞窟を進んだ先に』

「こいつは……」


 ナサニエルの後について洞窟どうくつの中に踏み込んだネルは足を止めて周囲を見回した。

 ナサニエルの持つ松明たいまつの明かりが洞窟どうくつの中を煌々(こうこう)と照らし出す。

 ヒンヤリとした空気の洞窟どうくつの中は、入口のせまさとは対照的に広く、しかもそこには数々の物資が置かれていた。

 先ほど急斜面きゅうしゃめんの上から転がってきたものと同じ小型のたるがいくつも置かれている。

 ネルは先ほどの奇妙な出来事にようやく合点がてんがいった。


「さっきのたるはここから取り出しておまえが落としたのか」

「うん。林業や砕石業で使われる発破用のたると虫()けに使われる燻煙くんえん用のたるを使ってね。僕の仕事道具なんだ」

「おまえ……貴族だろ? 木こりでもやってんのか?」


 まゆをひそめてそう言うネルに、ナサニエルはハハハとおだやかに笑う。


「僕が木こりをやってるんじゃなくて、彼らに売るこういう道具を作っているんだ。それが僕の仕事だよ。そういう商売で日々のかてを得ているんだ」

「なるほどな。おまえは貴族でも家督かとくからあぶれた側の人間か」


 貴族の家を継ぐのは健康である限り長兄と決まっている。

 言葉は悪いが弟は兄が早逝そうせいした時に家を継ぐ、「代わり」のための存在だ。

 子が女子ならば他の貴族や豪商などにとつがせることも出来るが、三男坊四男坊ともなれば成人と同時に家を出て自ら生計を立てねばならない。


「まあね。三男坊さ」


 そう言って力なく笑うとナサニエルは先を急ぐようにネルにうながした。


「とにかく進もう。ええと……君の名前は?」

「ネルだ。助けてもらった礼だけは言っておくぜ。ナサ。ただし、指輪は返さねえがな」

「指輪はいいけど……ナサ?」

「貴族の名前は言いにくいんだよ。長いし、ややこしいからな」


 そう言うネルに苦笑してナサニエルは火打石で松明たいまつに炎をともすと、それを手に洞窟どうくつの中を進む。

 ゆるやかな下り坂になっている地面を踏みしめながら、ネルもその後に続いた。


「さっきの渓谷けいこくの先まで行けばデクスターたちもさすがに追って来ないと思う。渓谷けいこくには一本も橋がかかっていないから」

「そりゃ難儀なことだな。向こう岸に渡ろうと思ったらがけの下まで下りて川を渡ってまたいちいちがけを登らないといけないのか」

「うん。昔はいくつかり橋がかかっていたんだけど、この辺りは地盤が緩くて、夏のあらし崖崩がけくずれが度々(たびたび)起きてせっかくかけた橋が落ちてしまうんだ」


 ナサニエルの説明によればこの先には深い山がしばらく続くばかりで集落などが存在しないため、向こう岸に渡りたがる者もいないそうだ。


「山道もロクにないような場所だからね。人が住むには山深すぎるし、移動にもかなり苦労すると思うけれど、どこに向かいたいの?」


 歩きながらそうたずねるナサニエルは分岐ぶんきする洞窟どうくつ内を迷うことなく進んでいく。

 洞窟どうくつの中の通路は細かく分岐ぶんきしていて、もうこれで3度目の分かれ道だ。

 ネルは注意深くその分岐ぶんきの道順を記憶しながら答えた。


「別に。特定の行き先があるわけじゃない。とりあえず色々な国をめぐりながら大陸の東を目指そうと思っているだけさ」


 ネルの言葉にナサニエルはおどろいて足を止める。


「本当にアテもない旅なんだね。旅人は何人も見たことあるけれど誰もが目的地があるのが当たり前で、君みたいな人は初めてだよ」

「そうかい。ところで悠長ゆうちょうに歩いているが、本当にさっきの山賊さんぞくどもはここに入って来ないのか? あれだけの人数がいれば偶然ここを見つけてもおかしくないぜ。これだけの洞窟どうくつってことは出入口はさっきの一ヶ所だけじゃないんだろう?」


 ネルは警戒けいかいを解かずに耳をませている。

 洞窟どうくつだけあって音は反響し、遠くからでも近付いてくる者がいればすぐに気付くだろう。


「うん。確かに偶然ここに入ってくることはあり得るね。でもここはまだ洞窟どうくつの表層でしかないから。はぐれないように付いてきて。山賊さんぞくたちでは絶対に辿たどり着けない安全な場所に案内するから」


 そう言うとナサニエルは迷いなき足取りで進み、その後も4つの分岐ぶんきを越えたところで足を止めた。

 彼は松明たいまつを地面に置いて岩壁の前に立つと、ふところから何かを取り出す。

 それは先端が六角形の鉄の棒であり、途中で2度ほど直角に曲がった形状が特徴的な工具だった。


 ナサニエルは樹脂じゅし皮膜ひまくされた持ち手を握ると、その小さな工具の先端を岩壁の一部に差し込む。

 暗くてよく見えなかったが、どうやら差込口があるようだ。

 ナサニエルはその工具をグルグルと回した。

 するとあるところでガチャンと何かの音が響く。


 それから彼は工具を抜き取り、同じ岩壁の別の場所に同様に工具を差し込んだ。

 そして同じく音が鳴るまで工具を回し続ける。

 そうした作業を3度ほど繰り返すと、突然地響きのような音が響き、地面から振動が伝わってきた。


 思わず警戒けいかいするネルの目の前で、あろうことか岩壁が地面の中へとゆっくりしずみ込んでいくのだ。

 そしてその向こう側には別の通路が広がっていた。

 ネルは思わず目をく。


(何だここは……? この男、何でこんな仕掛けを知っている?)


 ナサニエルが本当にただの貴族の三男坊であるか疑わしく思い、ネルは思わずいぶかししげな目を彼に向ける。

 その視線に思わず苦笑しながらナサニエルは言った。


「さあ、行こう。グズグズしているとこの壁は自動で閉まってしまうから」


 彼の言葉通り、一度地面にしずんでいった岩壁が再びゆっくりと上にせり出してくる。

 元の岩壁に戻ろうとしているのだ。

 ナサニエルはその岩壁をまたいで越える。

 ネルはわずかに躊躇ためらったが、すぐに彼に付いて壁の向こう側へまたぎ渡った。

 そして一度振り返り、背後で岩壁が閉まるのを見届けると再びきびすを返した。


 ナサニエルはすでに先へと進み始めている。

 ゆるやかに蛇行だこうする細い通路を通って行くと、前方が徐々に明るくなっているのが分かった。

 前方から吹いてくる風が顔を優しくでる。

 そして……細い通路を抜けたネルは思わず息を飲んだ。


 彼女の目の前には、そこが地下とは思えない光景が広がっていた。

 あちこちに篝火かがりびかれ、その炎に照らされて浮かび上がる光景にネルは目を見張る。

 橋や階段などが整備された道路、家屋や工房のような建物、そして地下だと言うのにそこには川が流れていた。

 そこにあるのは決して小さくない街だったのだ。

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