表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/61

第56話 『決着』

 衣服の下の全身を包み込むよろいで固めたデクスターは、唯一の露出箇所ろしゅつかしょである目をたてでいつでも守れるよう気を張りながら、剣を手にネルに突進していく。

 一方のネルは適度な距離を保ちながら、木の矢ではなく鉄の矢を放つ。

 それはデクスターの左足に命中した。

 木の矢よりも破壊力のある鉄の矢だが、デクスターの足を包むよろいを貫通することは出来ない。


無駄むだだ! おまえの弓は俺には通じん!」


 デクスターは重装備でありながら、そこなしの体力でネルを追い続ける。

 身軽さではネルに遠く及ばないが、それほど広くない地下室内という状況がデクスターに味方した。

 デクスターはネルを壁際に追い詰めていき、そこで剣を振るう。


「くたばれ!」


 しかしネルはまるで猫のようにすばしこく、デクスターの剣を身軽に避けた。

 そしてデクスターの目をねらって鋭く木の矢を放つが、デクスターは唯一の露出箇所ろしゅつかしょである目に防御を集中させているため、たてでしっかりそれを防御してしまう。

 だがそれでもネルはあせらなかった。


 デクスターの動きではネルの速さに付いていくことは出来ない。

 ネルが警戒をおこたらなければ、デクスターの剣が彼女をとらえることはないだろう。

 唯一、ネルにとっての懸念けねんは残りの矢の本数だ。

 

 もう木の矢は残り2本、鉄の矢は残り8本となっていた。

 ここに来るまでに多くの山賊さんぞくを射殺してきたため、必然的に残り本数も少なくなっているのだ。

 再利用できる矢は再利用したが、折れて使えなくなってしまった矢も少なくない。


 アドルフに勝利してからネルはすぐにナサニエルを探して街をけた。

 そしてそれほど時間はかからずにナサニエルの居場所は分かった。

 多くの山賊さんぞくたちが集結して、ある建物を取り囲んでいたからだ。

 それを見たネルは静かに彼らを1人ずつ暗殺していった。


 死角から矢を放つ。

 暗闇くらやみに潜んで山賊さんぞくたちの首に刃物を突き立てる。

 背後から近づいてその腕力で首をへし折る。

 そうして1人また1人と山賊さんぞくたちをほうむり去っていった。


 殺すたびにその数を記憶しながら。

 デクスター山賊さんぞく団は50人前後と聞いていたからだ。

 20人、30人と殺すと目に見えて山賊さんぞくの数は減り、40人目を殺した時にはもう地下室への入り口付近に数人が残っているだけだった。


 先刻のアドルフとの激しい戦いがネルの心と体に火をつけていた。

 殺意はまされ、五感は鋭敏化えいびんかしている。

 要するにネルはノッていた。

 そしてこのデクスターとの戦いにおいても、松明たいまつ1本の明かりしかない薄暗い地下室でネルの目はハッキリとデクスターの太刀筋たちすじを見切っている。

 だが、デクスターもネルの矢筒の中の残り本数が少ないことはその目で見ていた。


「ハッハッハ! もう残りの矢が少ないな! それがなくなったら、おまえはオシマイだ」

「ケッ。ほざいてろ」


 矢がなくなろうともデクスターに負ける気などしない。

 だがネルは弓矢にこだわった。

 これこそ我が生涯しょうがいの武器と決めて研鑽けんさんを積み重ねてきたのだ。

 ネルは今までもこれからも弓矢を信じて愚直ぐちょくに相手を射抜くのみだ。

 それがネルの矜持きょうじだった。


 ネルは薄暗い中でデクスターの全身をじっと観察する。

 衣服に隠されているため中に着込んでいるよろいの全容を知ることは出来ない。

 だがよろいには必ず関節部分などにぎ目がある。

 そこは装甲がまったく無いか、あっても比較的薄くなっている。


威力いりょくの高い鉄の矢ならブチ抜けるかもしれない……)


 しかし鉄の矢はその重量によって軌道きどうが下にしずみ込むため、ネルも木の矢ほど精度を操れていない。

 先ほどのアドルフとの戦いではそれを逆手に取って鉄の矢をアドルフに命中させた。

 だがごくせま範囲はんいに限られた的に当てるには心(もと)ない。


(命中させるには……重量が軌道きどうを左右しないほど近付くしかない)


 接近射撃は弓兵にはあるまじき行為だったが、ネルの得意技でもあった。

 あまりにも近くから放つから、敵は避けようがないのだ。

 もちろん至近距離まで近付くため、ネル自身も攻撃を受ける危険が生じる。

 致命的な一撃を受けてしまえば、ネルの命運は尽きる。

 諸刃もろはの刃だ。


 だがネルはそんなことは躊躇ちゅうちょしない。

 彼女は知っている。

 相手の命を奪うには、こちらの命を奪われる覚悟で踏み込まねばならない時があることを。

 ネルは弓に鉄の矢をつがえ、猛然とデクスターに踏み込んでいく。


「自分から死にに来るか。馬鹿め!」


 デクスターはネルをギリギリまで引き付けると、大振りはせずに細かく速く剣を振るう。

 ネルはそれを至近距離から俊敏しゅんびんにかわすものの、さすがに近すぎてかわしきれずに革鎧かわよろいの一部を斬り裂かれる。

 デクスターはすばやい剣さばきを見せながらネルの足を引っかけるべく、素早く足払いを繰り出してきた。

 だが逆にネルはそれをねらって弓弦ゆんづるを引き、デクスターの足のひざ関節の横に鉄の矢を撃ち込んだ。


「うぐっ!」


 硬質な金属音と共に鉄の矢ははじかれるも、デクスターは苦痛の声を上げてその場に片膝かたひざを着いた。

 床に落ちた鉄の矢のやじりの先端に血が付着している。

 わずかだがデクスターのよろいの装甲の薄い部分を貫いたのだ。

 デクスターはその顔を憤怒ふんぬに染めて剣を真横に一閃いっせんさせた。


 しかしネルはそれを紙一重かみひとえで避けながら、再び超至近距離から鉄の矢を放つ。

 それは剣を振るったデクスターの右(ひじ)関節に命中した。


「うぐあっ!」


 激痛に顔をしかめたデクスターは剣を取り落としてしまう。

 しかしすぐに左手に持つたてでネルを押し倒そうと突進してきた。

 これをネルは持ち前の跳躍ちょうやく力で飛んでかわすと、次の矢でデクスターの目をねらう。

 だがデクスターは咄嗟とっさに痛む右手で目を守った。


 しかし……ネルは矢を放たなかった。

 代わりに腰袋こしぶくろから取り出した拳大のつぼをデクスターの頭に向かって投げつける。

 それはデクスターのかぶとに当たり、けたたましい音を立てて割れた。

 そして中からこぼれる液体がかぶと隙間すきまから入ってデクスターの顔をらす。


「な、何だこりゃ……」


 立ち込める異臭にデクスターは顔をしかめる。

 一方のネルは素早く後方に下がると、続いて腰袋こしぶくろから取り出した綿毛を木の矢のやじりに突き刺した。

 そして床に置かれたままの松明たいまつの火でその綿毛を燃やして火矢を完成させる。


「以前にな、おまえみたいに全身をよろいに包んだ厄介やっかいな男がいたんだよ。その時と同じ手を使わせてもらおうと思ってな」


 デクスターは思わず青ざめる。

 自分の顔をらしているのが油だと理解したからだ。


「よ、よせっ……」

「アタシが熱くしてやるよ」


 そう言うとネルは間髪入れずに火矢を放った。

 それはデクスターのかぶとにカツンと当たった。

 途端とたんに火がデクスターのかぶとに燃え移り、その頭部を激しく燃やし始めたのだ。


「うぎゃああああああっ!」


 熱さに耐えられなくなったデクスターはあわててそのかぶとを脱ぎ捨てるも,火は彼の顔を包み込んですぐには消えない。

 それでもデクスターはたてを前面に構えることをやめなかった。

 たてを下ろせば途端とたんに射撃を頭部に受けて自分は絶命すると分かっているからだ。

 だが……ネルはもう目の前にいなかった。

 彼女の声が聞こえてきたのは背後からだったのだ。


「あばよ」


 デクスターが顔を猛烈な炎であぶられて恐慌きょうこう状態におちいっているすきにネルは彼の背後にすばやく回り込んでいたのだ。

 そしてネルが放った矢はデクスターの首を貫いて、その延髄えんずいを断ち切った。

 デクスターは言葉を発することもなく、バタリと前のめりに倒れて動かなくなる。

 その頭部にまだ火をくすぶらせながら、山賊さんぞく団の頭目は息絶えたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ