第55話 『赤い悪魔』
「ナサニエル。本当におまえは俺を困らせる奴だな。さっさと出て来ればこんな押し入るような真似はせずに済んだんだぜ?」
そう言って一歩ずつ地下室に入って来るデクスターに、ナサニエルは手にしためん棒を向ける。
震えながらめん棒を差し向けてくるナサニエルの様子を見たデクスターは、思わず大笑いをした。
「ハッハッハ! そんなもん持ってどうするんだ? パンでも作るのか? 無駄な抵抗はやめて従順にその身を俺に差し出せ。ちゃんと俺に懐くなら、そのじじいは本当に生かしておいてやる。そんな必死に守るほど、おまえにとって大事な奴なんだろう? それなら本当に殺さない。じじいが死んで抜け殻みたいになったおまえを抱いても面白くないからな」
そう言うとデクスターは立ち止まって両手を広げた。
「ナサニエル。自分から協力的に俺に身を差し出せ。あなたの犬になるから好きなだけかわいがって下さいと言うんだ。そうすりゃ俺の権限でじじいは誰にも手出しはさせん。さあ、決断の時だぞ。二度は聞かない。ナサニエル。俺の犬になれ」
そう言うとデクスターは片手をナサニエルに差し出す。
ナサニエルは息を飲んでその手を見た。
山賊の言葉など信じられるものではない。
だが自分がデクスターに身を差し出せば、レギンを生かすために交渉できるかもしれない。
そんなことはおぞましく吐き気がするほど嫌だった。
だが、レギンを守るためなら……そう思ったその時だった。
ナサニエルの足首を掴んでいたレギンの手の力が急に強くなったのだ。
先ほどまで弱々しく握っているだけだったレギンの手の力に、ナサニエルは師の強い意思を感じ取った。
ナサニエルは思い直し、めん棒を持つ手に力を込めてデクスターを静かに見据える。
「僕の体も心も魂も、両親からもらって、先生に大きく育ててもらった大切なものだ。それを粗末にしたら僕のことを思ってくれている人たちを悲しませてしまう。そんなのは絶対に嫌だ。デクスター。殺されたっておまえなんかの言いなりにならない!」
ナサニエルは一歩も引かずデクスターから目を逸らさずにそう言い放った。
途端にデクスターの顔に冷たい表情が浮かぶ。
「そうか……残念だ。なら力づくで俺のものにしてやるよ」
そう言うとデクスターはズンズンとナサニエルに近付いてくる。
ナサニエルは覚悟を決めてめん棒を振り上げた。
だが、その時だった。
地下室の外から立て続けに悲鳴が聞こえてきたのだ。
「ぎゃあっ!」
「ひいっ!」
デクスターはハッとして後方を振り返る。
すると側近の男が青い顔で駆け込んでくるのが見えた。
「お、お頭! あいつが……赤毛の女が……うぐっ!」
側近の男はそう言ったきり前のめりに倒れた。
その後頭部に矢が突き立っている。
デクスターは驚愕の表情を浮かべた。
地下室の入口に悠然と姿を現したのは、赤毛の女戦士ネルだったのだ。
「よう。デクスター。わざわざ地面の下まで殺されに来るとはご苦労なことだ」
「て、てめえ……アドルフはどうした!」
驚きに目を見開いてそう喚き立てるデクスターにネルは冷然と言った。
「死んだよ。アタシがこの矢で心臓を貫いてやった。てめえの弟は今頃地獄で兄貴が来るのを待ってるぜ」
ネルはそう言いながらすでに弓に次の矢を番えていた。
「動くなよ? ナサやじいさんを人質に取ろうと振り返った瞬間、てめえの首を一発で貫くぜ」
ネルの言葉にデクスターは怒りで顔を強張らせた。
「てめえ。いい気になるなよ? この建物の周りは俺の部下たちが取り囲んでいる。てめえなんざ袋のネズミに……」
「1人もいねえよ」
「……何だと?」
「おまえの部下はもう1人もいない。アタシが全員地獄に送ったからな」
ネルの言葉にデクスターは顔を真っ赤にして怒りの声を上げる。
「ホラ吹くんじゃねえよ! たった1人でそんな人数を……」
「47人。てめえの弟を含めると48人か。アタシがここで殺した人数だ。他にも部下がいるなら教えてくれよ。そいつらも追加で殺してやる」
そう言うネルにデクスターは絶句した。
デクスターの連れてきた手下の正確な人数をネルが知っているはずはないのだ。
だというのにネルはその数を正しく言い当てた。
それは即ち、ネルが殺した者の人数を数えていたということだ。
彼女の言う通り、自分の部下が全滅したことを理解してデクスターは怒りに震える。
「ば、馬鹿な……悪魔のような女め」
「残念だったな。デクスター山賊団は今日を持って壊滅だ。最後は頭目のおまえがくたばるという感動的な幕切れさ」
そう言うとネルはデクスターの肩越しにナサニエルに声をかけた。
「ナサ! 爺さんを連れてこっちに来い!」
ナサニエルは頷き、レギンを抱き起こして背負うと、デクスターから離れた場所を歩いてネルの元へ向かう。
その間、ネルはずっと矢を構えたままデクスターを牽制していた。
そんなネルの背後に回るとナサニエルはその目に涙を浮かべて彼女の名を呼ぶ。
「ネル……」
「フンッ。情けねえ声出すな。けど……よく爺さんを守ったな。そこで見てな」
そう言うとネルは弓に矢を番たまま一歩前に出る。
デクスターまでの距離は10メートルほどだ。
「デクスター。アタシに構ったのがてめえの失敗だ。死にな!」
そう言うとネルはデクスターの太い首を目掛けて矢を放った。
デクスターは慌てて盾を構えるが、防御は間に合わずに矢は彼の首に吸い込まれた。
だが……ガッと硬質な音が響いて矢が弾かれる。
デクスターは衝撃でわずかに頭が後方にグラついたが、無事だった。
「なにっ?」
「ふぅ……危ないところだったぜ」
ネルは眉をひそめて目を凝らす。
するとデクスターの首を隠すように巻かれている布の下に、鈍色の金属が見えた。
ネルは矢が弾かれた理由を即座に悟る。
「てめえ……服の下に鎧を着こんでやがるのか」
「ああ。おまえがどこから矢を撃ってくるか分からんからな」
そう言うとデクスターは紐で首から後ろに下げていた鉄の兜を頭に被った。
目の部分以外はすべて隠されている鉄仮面だ。
そして左手には盾を持ち、右手で長剣を抜き放つ。
山賊というより正規兵のような重装備だ。
「さあ。かかってこい。デクスター山賊団は壊滅しない。この俺がいる限り何度でも甦る」
「へっ。頭目のわりに肝が細いんだよ。ガチガチに身を固めやがって」
そうは言うがネルは相手を侮ることはしない。
全身を包み込む鎧を着てもデクスターが平然と走っている姿を先ほど目にしたからだ。
おそらく相当に筋力と体力があるのだろう。
「弟の仇だ。楽には殺さんぞ」
「やれるもんならやってみな」
山賊の頭目デクスターと赤毛の弓兵ネルの戦いの幕が上がるのだった。




