第52話 『包囲』
「おい。こっちだ。血痕があるぞ。じじいのものだな」
ナサニエルを探して遺跡を駆け回っている山賊たちは、点々と続く血痕を発見した。
負傷している小人族の老人のものだとすぐに分かる。
山賊たちはそれを追って一つの石造りの建物に行き着いた。
血痕はその建物の入口から地下へと続いている。
そして……固く閉ざされた鉄の扉を発見すると山賊たちは声を潜めて言葉を交わし合った。
「お頭に報告だ。それからこの建物を包囲しろ。ネズミ一匹逃がすな」
山賊たちは頷き合い、足音を立てぬよう動き出すのだった。
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横たわるレギンは意識が遠くなっているようで目を閉じていたが時折、痛みに顔をしかめる。
出血のせいで顔色が悪い。
ナサニエルは心配そうにレギンの様子を見つめながら残ったわずかな水を師にそっと飲ませた。
口の中が切れているせいで痛むようだが、レギンはその痛みを堪えて水を飲む。
そんな師の様子をナサニエルは痛ましげに見つめた。
「先生……」
レギンには何としても生き延びて欲しい。
しかし頑強なレギンも70歳を超え、さすがに高齢だ。
今回生き延びてくれても、いずれは別れの時が来る。
小人族の寿命は人間とそう変わらないのだ。
こうして弱り切って横たわっているレギンの姿を見ると、ナサニエルは師が去るのを見送らなくてはならない時を想像してしまい、どうしようもなく悲しい気持ちになった。
同時に自分がもっとしっかりしなくてはならないのだと、そう思う。
今まではレギンに支えてもらう立場だった。
だが、これからは自分がレギンを支えなければならないのだ。
(でもそれもこれも先生が生きていてくれてこそだ。先生。生きて下さい。親孝行もしていないうちに行かないで下さい)
ナサニエルはそう強く祈り、レギンを見守る。
床に置いた松明の明かりがナサニエルの悲壮な表情を照らし出し、壁に揺れる影を映し出していた。
その時だった。
閂をかけて施錠してある鉄の扉を激しく叩く音が響いたのだ。
ナサニエルは思わずビクッと肩を震わせた。
悲鳴と共に心臓が口から飛び出るのではないかと思うほど驚き、ナサニエルは必死に自分の口を手で押さえる。
扉を強く叩く音は数回に渡って続き、その後に怒鳴り声が聞こえてきた。
「ナサニエル! いるんだろ? 俺だ! デクスターだ! もう周りは完全に包囲したぞ! 無駄なことはやめてさっさと出てこい!」
その声にナサニエルは歯を食いしばった。
元よりこの地下室の出入口は一つだけだ。
逃げ道はない。
だからこそ外からも入って来られない堅牢さを持つのだ。
ここに入る時、覚悟を決めて籠城した。
「ナサニエル! 今すぐ出てくるならじじいを殺さないでやる! じじいはケガしているんだろう? いつまでもそんな場所に閉じこもっていると衰弱して死ぬぞ? ちょうどいいから俺たちはここで巡回兵団をやり過ごすことにした! その間、じじいを治療もせずに放っておくのか? なあ出て来いよナサニエル。俺の元でおとなしくしてりゃ、優しくかわいがってやるからよ」
デクスターの誘いにナサニエルは拳を強く握り、背すじを這い上る嫌悪感に必死で耐えた。
しかしそんなに長い間、ここを包囲されていてはレギンが危険だ。
体力が持たないだろう。
だからと言って扉を開けて外に出ればナサニエルは山賊たちに捕まり、レギンは間違いなく殺されてしまう。
ナサニエルを捕らえれば山賊たちがレギンを生かしておく理由がないからだ。
ここを出ても出なくても八方塞がりだった。
(だけど……僕はネルを信じるって決めたんだ)
ナサニエルは立ち上がる。
そして鉄の扉に歩み寄ると閂の状態をしっかり確かめる。
ここを出るという選択肢は頭の中から外した。
それから踵を返し、ナサニエルは床に置かれた松明を手に取る。
「先生。ちょっと待っていて下さいね。何か武器になる物を探してきます」
そう言うとナサニエルは倉庫の中を見て回るのだった。
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アドルフは赤毛の女が消えた路地を注意深く歩き続ける。
もし赤毛の女がとうに逃げているとしたら、取り逃がすことになってしまうだろう。
だがアドルフは確信していた。
(あの女は絶対に俺の命を狙ってくる。狩人の目をしていた。ああいう女がただ逃げるなんてことはあり得ない)
近くの側溝には水が流れており、その先が滝になっているようで激しめの水音が響いていた。
この場所では聴覚は役に立たないだろう。
そういう場所に誘い込んだということは、赤毛の女に反撃の意思があるということだ。
警戒するアドルフの目が細められる。
彼の目が捉えたのは、路地に面して建つある家屋の窓枠からほんのわずかに見える布切れだ。
それは一見すると窓枠に引っかかったボロ布に見える。
しかしその布が何かを隠すように被せられているのだとアドルフは察知した。
(鏃だ……待ち伏せして俺に一撃くれるつもりだな)
そう気付いたアドルフだが、それを額面通りに信じ込むほど単純ではなかった。
(あれは……おそらく偽装の囮だ。あそこから矢が撃たれると見せかけて、あの女は別の場所に潜んで俺を狙っている。俺があの囮に気付いて攻撃を仕掛けた時に、死角から矢を射るつもりか)
アドルフは鏃を隠していると思しきボロ布の反対側の家屋に目を向けた。
そこにも窓枠があるが、アドルフのいる位置からだと中までは見えない。
その家屋の奥に赤毛の女は潜んでいるのかもしれない。
アドルフは自身の腰袋の中を探ると、その中から小袋を手に取った。
(裏をかいているつもりだろうが、この俺をそうそう騙せると思うなよ?)
アドルフは猛然と走り出す。
身を丸めて地面を転がりながら手にした小袋の中身を、鏃の隠されていると思しき家屋の窓枠へぶちまける。
真っ白な粉が家屋の中に舞い散って視界を白く染めた。
同時にアドルフは反対側の家屋の窓枠から中へ飛び込んだ。
その家屋の暗がりの中に鏃の先端が見える。
「やはりか!」
アドルフは鏃の見えた方向に小刀を即座に投げつけた。
だが……そこに赤毛の女の姿はなかった。
「なにっ……」
投げた小刀は奥の壁に突き立つ。
アドルフが見た鏃は古びた机の上に置かれた木の矢だったのだ。
アドルフは反射的に振り返る。
すると……向かいの家屋の脇を通るほんの十数センチの隙間の先にある、まったく別の家屋の窓枠に弓矢を構えた赤毛の女の姿があった。
その距離は十数メートルほどだ。
(に、二重の囮!)
この距離では小刀を投げても当たらない。
完全に弓兵の間合いだ。
アドルフは反射的に盾を構える。
それと同時に赤毛の女が矢を放つのだった。




