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第50話 『強敵』

「アドルフの兄貴がダニアの女を押さえてくれてます」


 部下の報告にデクスターはうなづくと、生き残った部下たちに命じる。


「今のうちにナサニエルを探すぞ」


 おそらくもう3分の1近くの部下がダニアの女に殺されてしまっている。

 これでは組織としての弱体化はまぬがれず、デクスターにとってはもう赤毛の女を殺すだけでは気の済む問題ではなくなっていた。

 だがデクスターにとって何も収穫がないわけではない。

 この地下遺跡の存在はデクスターにとって思わぬ幸運だった。


「赤毛の女を殺し、ナサニエルを捕らえたら、明日は一日ここでやり過ごすぞ。ここなら巡回兵団に見つかることもない。明日のうちにここで金に換えられるものを探せ」


 兵力の減った山賊さんぞく団を立て直すには金がいる。

 幸いにしてこの地下遺跡ならば、金に換えられそうな物資が容易に見つかりそうだった。


「こういう場所は値打ち物が残されている可能性がある。団の勢いを回復するだけじゃなく、もっと組織を大きく出来るかもしれんぞ」


 デクスターはそう言うとあらためて手下らに命じる。


「ナサニエル捜索そうさく中に金目の物を見つけた場合は、その場所を覚えておけ。ただし回収は後だ。ナサニエルの捕獲を優先しろ。もしお宝を自分のふところに入れるような奴がいれば、容赦ようしゃなくぶち殺す。全員にそう伝えろ」


 デクスターの命令を受けた山賊さんぞくたちは、地下遺跡の中へ散って行くのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 ネルとアドルフの激しい戦いが続いていた。

 アドルフは2本の短剣をたくみに操り、ネルに次々と攻撃を仕掛けていく。

 ネルは持ち前の素早さで攻撃をかわしつつなたでアドルフに攻撃を加えるが、まだ効果的な一撃は与えられていない。


(チッ……なただけじゃキツイな。こいつまだ余裕がありやがる)


 なたでは縦横に払うのみの攻撃となり、どうしても単調になりがちだ。

 そしてアドルフはまだその顔に余裕をにじませている。

 思ったよりも強敵だとネルは警戒した。


(こんな田舎いなかのチンケな山賊さんぞく団に、この水準の使い手がいるとはな。世界は広いぜ)


 ネルは攻撃を続けながら次の一手を頭の中で考えた。

 やはり自分は弓兵だ。

 先ほどまで倒してきた山賊さんぞくたちのような雑魚ざこならばともかく、手強てごわい敵と戦うのであれば自分の得意武器で戦いたい。

 するとアドルフがそんなネルの気持ちを見透みすかしたように言った。


「そろそろ弓矢で戦いたいんだろう? でもダメだ。距離はけないでくれ。俺は君にれちまった。君の顔をすぐそばで見られる距離にいたい」

「気色悪いんだよ!」


 ネルは怒りに声を荒げてなたを振るう。

 アドルフはそれをわずかに後方に下がってかわすが、そこでネルはさらに追撃の前蹴まえげりを放った。

 アドルフは咄嗟とっさに胸の前で腕を組んでそれを防ぐが、ネルの強靭きょうじんな脚力によって後方に大きく飛ばされる。

 それを見たネルは即座に自分も後方に下がって距離を取ると、なたを地面に置いて素早い動作で弓に矢をつがえた。


 だが……その時にはアドルフはすでにネルの射線から外れるように真横に飛んでいた。

 ネルは矢を放つその手を止め、すぐにねらいを改める。

 すると両手に小刀を握っていたはずのアドルフが、いつの間にか円形のたてを左手に持っていた。

 分厚い作りだが大盾おおたてではない。


「そんな小さいもんで防げるのかよ!」


 ネルはそう言うと自分も左に飛びながら矢を放った。

 胸の前でたてを構えているアドルフの足をねらった射撃だ。

 だがアドルフはその矢をたてで見事に防いでみせた。


 負けじとネルは2本立て続けに矢を放つ。

 足と顔をねらった射撃だ。

 だがアドルフは足をねらう矢をたてで防ぎ、顔に飛んでくる矢は頭を下げてかわした。

 ネルはさすがに目の色を変える。


(この距離でかわすか……こいつ射線を読んでいやがる)

 

 ネルとアドルフの距離はわずか8メートルほどだ。

 矢が放たれてからの回避は、人間の反応速度ではほぼ不可能な距離だった。

 アドルフはあらかじめネルのやじりの向きから射線を予測し、事前回避しているのだ。

 先ほどまでの山賊さんぞくたちにはそれが出来なかったから、ネルの矢を前に成すすべはなかった。


 だがここにいるアドルフにはそうした芸当が出来る。

 そうなるとただ普通に矢を放つだけでは、命中させることは難しい。

 アドルフはたてに突き立った矢を引き抜き、それらをへし折って打ち捨てた。


「ご自慢の矢が通じない気分はどうかな? 弓の名手殿」


 アドルフはその顔にいやしい笑みを浮かべてそう言う。

 

「フンッ。いい気になってつまらねえ挑発してると、その口に矢が飛び込むぞ」


 ネルは素早く左右に動いたかと思うと、街路に放置されたたるに足をかけて跳躍ちょうやくし、家屋の屋根の上に上った。

 そしてそこから矢を撃ち下ろす。

 頭上から飛来する矢もアドルフはたてで防ぐが、その間にネルは屋根から飛び降りて着地し、低い姿勢で矢を放った。

 超低空を飛ぶ矢はアドルフのすねねらっていた。


 アドルフは両足を大きく開いてそれを避ける。

 矢はアドルフの股下を通って後方の地面に突き立った。

 胆力たんりょくが無ければ出来ない避け方だ。

 

「大した技術だが、俺には通用しない」


 アドルフはそう言うとたてに突き立った矢を引き抜いて、またしてもへし折る。

 

「さあ、矢はあと何本残っているかな? 大事に撃ったほうがいい。矢が尽きれば君はドレスを脱がされたあわれな姫君も同然だからな」


 ネルは内心で舌打ちをする。

 このまま撃ち続けて木の矢を無駄むだに減らすことは得策ではない。

 まだアドルフの他にも山賊さんぞくたちはひかえているのだ。

 ネルは次の矢を弓につがえたまま、アドルフに向かって突進する。


 遠距離から敵を狙撃そげきする弓兵にあるまじきその行為にアドルフは興味をそそられたように両目を大きく見開いた。


「面白い。突撃してくる弓の使い手など見たことがない」


 アドルフは左手にたてを、右手に短剣を持ってネルを迎え撃つ。

 ネルはアドルフに3メートルほどの距離まで近付いてもまだ矢を放たない。

 それどころかさらに距離を詰め、弓に矢をつがえたままアドルフの頭上を飛び越えた。


 そしてアドルフの頭上から弓矢でねらいをつけた。

 アドルフは咄嗟とっさたてを構える。

 だが……そこでネルは突然、弓矢を放り出したのだ。


「なっ……」


 予想外のネルの動きにアドルフは思わずきょを突かれて反応が遅れた。

 ネルはそんなアドルフの背後に降り立つと、下段回しりでアドルフの足を払った。

 アドルフは避け切れずに足首を払われて転倒する。

 さらにネルは転倒したアドルフの顔面に思い切り拳を浴びせた。


「がっ……」


 アドルフは鼻血をき出しながら後方に吹き飛び、それでもすぐに立ち上がって警戒の構えを見せた。

 ネルは悠然ゆうぜんと弓矢を拾い上げて再びねらいをつける。


「どうした? 余裕が顔から消えてるぞ。鼻血を拭けよマヌケ」


 そう言って笑うネルにアドルフは顔を強張こわばらせた。


「……デタラメな戦い方だな」

「数え切れないほど同胞の女たちと喧嘩けんかしてきたからな。喧嘩殺法けんかさっぽうってやつだ。綺麗きれいにお行儀ぎょうぎ良く戦うだけの女だと思ったか? ご期待に沿えず悪いな」


 そう言うとネルは再び弓に矢をつがえたままアドルフへと突進するのだった。

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