第48話 『赤い稲妻』
「死ぬなよ。ナサ。爺さん」
ナサニエルが立ち去って行くのを見送るとネルはそう呟いて立ち上がる。
体に力が湧き上がってくるのを感じた。
あの2人が傍にいたのでは戦いの足枷にしかならない。
1人で身軽に戦うほうがネルの性根に合っているのだ。
ネルは矢筒の中を見て残り本数を確かめる。
木の矢が23本、鉄の矢は14本だ。
敵の数に対しては足りないだろう。
だがそんなことは問題にもならなかった。
ネルは鉄の矢を全て自分の矢筒に移し替えると、弓を肩当ての固定金具に固定する。
抜き放つのは鉈だ。
ネルはその鉈の刃をじっと見つめる。
「どうせ山賊どもはアタシをとっ捕まえて全員で順番に楽しもうとか考えてるんだろうさ。クズどもめ。思い知らせてやるぜ。狩る側にいるのはこのアタシだってな」
そう言うネルの目が明らかに変わった。
鋭い殺意を帯びた戦士の目に。
ネルは屋根から屋根へと駆け抜けると、山賊が隠れているであろう家屋の裏の路地に平然と降り立った。
そこには2人の山賊が身を隠している。
突然現れたネルに山賊たちは仰天して目を剝いた。
「なっ…‥」
「こ、この女!」
「コソコソ隠れてねえで向かってこいや」
そう言うとネルは鉈を横一閃し、1人の山賊の首を切り裂いた。
「ぎゃあっ!」
もう1人の山賊が慌てて手斧を振り上げるが、ネルは足を高く上げる上段蹴りで山賊の手首を蹴りつけた。
「あうっ!」
山賊の手から手斧が吹っ飛び、真上に舞った。
ネルは持ち前の身軽さで跳躍してその手斧を掴み取ると、そのままそれを山賊の脳天に叩きつける。
手斧は山賊の頭に深々と突き刺さり、山賊は白眼を剝いて大の字に倒れた。
ネルは倒れた2人の山賊の遺体を見下ろし冷たく言い放つ。
「大したことねえ連中だぜ。遊びにもならねえ」
そんなネルの後方十数メートルのところでは3人ほどの山賊がネルを発見して声を上げる。
「いたぞ! 女はこっちだ!」
ネルは目にも留まらぬ速度で弓に矢を番えるとそれを放った。
矢は高速で飛び、声を上げて仲間を呼んだ山賊の右目から後頭部を貫く。
もちろん即死だ。
それを見た他の2人は慌てて転がるように物陰に身を隠す。
ネルは再び弓を肩当てに固定すると鉈を抜き放ち、ゆっくりと前方へ歩いた。
「隠れんぼか? 童心に返って遊びたい年頃なのか。おまえら。いいぜ。遊んでやるよ」
そう言うとネルは鉈を手に悠然と街路を進んでいく。
「もう~いいか~い。まあだだよ~」
おどけたようにそう言うネルに路地の物陰から飛び出してきた山賊が襲い掛かった。
山賊は恐怖に顔を引きつらせながら、短槍でネルに突きかかる。
「うわあああああっ!」
「見~つけた」
ネルはヒラリと短槍をかわし、そのまま鉈で山賊の首を斬りつける。
首から血を噴き出しながら崩れ落ちた山賊の体を踏み越えて、ネルはさらに前に進む。
「もう~いいか~い」
やはり物陰に隠れていたもう1人の山賊は恐怖に耐え切れず、路地に飛び出すと背を向けて逃げ出した。
「ひいいっ!」
「もういいよ!」
そう言うとネルは弓に矢を番えて放つ。
矢は寸分違わず男の首を後ろから貫いた。
男は前のめりに倒れて絶命する。
ネルは弓を肩当てに固定すると、山賊の1人が持っていた短槍を拾い上げた。
そしてかつて槍を得意としていた友がいたことを思い返す。
「久々に使ってみるか。あいつほど上手くはねえがな」
そう言うネルの前方から5~6人の山賊が押し寄せてきた。
すでに息絶えた山賊が先ほど呼び寄せた者たちだ。
それを見るとネルは大きく息を吸い込み、短槍を構えた。
「本気で行くぜ」
ネルは猛然と敵に突っ込む。
数人の山賊たちは剣や槍を突き出すが、ネルは直前でほとんど地面に胸を着けるほど身を低くしてそれらを避けると、下から敵を短槍で突き上げた。
顎の下から後頭部までを貫かれて山賊は悲鳴を上げる。
「あぎゃあっ!」
そこからネルは右に左に飛んで敵を翻弄しながら次々と血で染まった短槍の穂先を突き出し、薙ぎ払った。
縦横無尽に動き回るネルの動きを目で追い切れずに山賊らは右往左往する。
彼らの目に映るのは赤毛の残像だけだ。
それはまるで赤い稲妻のようだった。
返り血を浴びながらネルは次々と容赦なく敵を殺し続ける。
噂程度でしか知らなかったダニアの女戦士。
どうせ物珍しい女の戦士を大げさに持ち上げた、尾ひれの付いた噂だろうと思っていた彼らは知った。
ダニアの女戦士の真の恐ろしさを。
そしてそれを思い知った時には、彼らは例外なく命を絶たれて骸と化すのだ。
「くはっ……」
6人目の山賊が討ち取られ、すでに周囲には生きている者はいなかった。
ネルは短槍をその場に放り捨てると、家屋の外壁近くに置かれた木箱を踏み台に再び屋根の上に上った。
そして周囲に目を凝らす。
高い場所から見ると、まだ街の篝火の中に蠢く人影が見えた。
「まだだ。まだ全然狩り足りねえぜ」
そう言うとネルは次の獲物を求めて屋根から屋根へと素早く飛び移っていくのだった。
☆☆☆☆☆☆
「お頭! 3人やられた!」
「6人も倒された!」
数人の部下からそうした報告を受けたデクスターは苛立って声を荒げた。
「くそっ! もう10人以上は殺されてるぞ! どうなってやがる! 何で女1人にこうまで手こずらされるんだ! ナサニエルはどこに消えた!」
「兄者……こいつらじゃ何人でかかっても役に立たねえ。無駄に死体を増やすだけだ。女には俺が直接当たる。女を見つけたら下手に手を出さず、誘導してくれ。俺が仕留める」
弟の言葉に頷くとデクスターは部下たちにその旨を命じ、憎々しげに吐き捨てるのだった。
「女め……調子に乗っていられるのも今のうちだ」




