第47話 『絶体絶命』
「もう逃げられないぜ」
山賊らはニヤニヤしながらナサニエルを見下ろしてそう言った。
逃げる先にあらかじめ先回りされていたことを知り、ナサニエルは唇を噛む。
山賊たちは仲間たちのいる下の街路に向かって叫んだ。
「坊やとじじいを捕まえましたぜ!」
「ナサニエルは絶対に殺すな! 傷もつけるなよ! じじいはもう殺していいぞ!」
下から返ってくるデクスターの言葉を聞き、山賊らはニヤニヤしてナサニエルに目を向ける。
「よかったなぁ。おまえはお頭のお気に入りだから命は助かるぞ。しっかり精魂込めてお頭に体でご奉仕しろよ? 気に入られればしばらくは飼ってもらえるぜ」
「へっへっへ。じじいの方は殺すけどな。ちょうど新しい得物の試し斬りをしたかったんだ」
そう言うと山賊は腰帯の鞘から長剣を抜き放つ。
よく磨かれた刃がギラリと凶暴な光を帯びるのを見て、ナサニエルは険しい顔つきでレギンを庇って前に立った。
「先生を殺そうとするなら抵抗する。間違って僕を殺したら、あんたたちはデクスターに殺されるぞ」
必死の形相でそう言うナサニエルに山賊らは顔を見合わせると大笑いをした。
「ハッハッハ! お坊ちゃんが必死の抵抗か? てめえの細腕で何が出来るんだよ。剣を握ったことあんのか?」
「こいつは自分のモノくらいしか握ったことねえだろ。俺が押さえておくから、おまえはサッサとじじいを切れ」
すっかり小馬鹿にした口調でそう言い合うと、山賊らはナサニエルに向かってきた。
その手が自分に伸びてくるとナサニエルは歯を食いしばり、抵抗の構えを見せる。
それを見た山賊はウンザリした顔で言った。
「ったく。面倒くせえな。おまえにケガをされると俺がお頭に怒られ……」
そう言った男がいきなりドサリとその場に倒れ込む。
その頭に……1本の矢が突き立っていた。
仲間が突然倒れたことに驚愕して、抜き身の剣を握ったもう1人の山賊は周囲を慌てて見回す。
「な、何だ? どこから矢が……」
そう言った男の頭にも矢が突き立った。
男は目を見開いたまま倒れて動かなくなる。
どちらの山賊も即死だった。
ナサニエルは思わず歓喜の表情で、矢の飛んできた方角を見る。
数十メートル先の高台に建つ家屋の屋根の上。
そこに弓を手にした赤毛の女戦士の姿があった。
ナサニエルは不意に胸が震えて涙がこみ上げそうになるのを堪えながら彼女の名を呼んだ。
「ネル!」
☆☆☆☆☆☆
ネルは屋根から屋根へと飛び移っていく。
目指すのは十数メートル先にいるナサニエルとレギンだ。
どうやらレギンは負傷しているようで、自分で歩けないのであろうことは遠目にも分かる。
つい先ほど散歩から工房に戻ったネルは、この地下遺跡の中に反響する不自然な音を聞き取ったのだ。
大勢の男たちが騒ぎ立てる声だ。
この地下遺跡の静寂に慣れていたネルには、それはすぐ聞き分けられる不自然な騒音だった。
山賊らの侵入を悟ったネルは、風のような速さで声のする方に走り続けたのだ。
そして見つけた。
ナサニエルを追って走る山賊らの姿を。
レギンを背負って必死に逃げるナサニエルの姿を。
ナサニエルに迫る山賊2人はネルがあっという間に射殺した。
だが、さらに多くの山賊らが2人を狙って後方から駆けてきている。
(チッ! 思ったより数が多い。爺さんの鉄の矢を持ってきて良かったぜ)
ここに駆け付ける際、咄嗟にネルは自分の矢筒の他にレギンの工房に置かれた鉄の矢が十数本詰まった矢筒を持ってきていた。
ネルは走りながらナサニエルのいる位置と山賊らの位置を確認する。
高低差のある街路なのでナサニエルのいる場所まで山賊らが到達するには1〜2分はかかるだろう。
だが、山賊らは両側からナサニエルを挟み撃ちするように展開している。
ナサニエルとレギンは早晩追い詰められるだろう。
せめてネルのように屋根に上がれればいいのだが、ナサニエルはともかくレギンにはもうそんな体力は残っていないはずだ。
年老いたレギンに無理をさせれば死んでしまう。
ネルは眉根を寄せて呟きを漏らした。
「何とかあの2人を安全圏に……」
ネルの視線の先でナサニエルはレギンを背負い再び駆け出す。
すでにああして必死に逃げ続けて来たのだろう。
頼りなくヨロヨロとした足取りだった。
しかしそれでもナサニエルは歯を食いしばって走り続ける。
いつもの情けない顔ではない。
何としてもレギンを助けるのだという必死の形相だ。
その顔を見てネルは闘争心が湧いてくるのを感じた。
「ナサ! こっちに向かってこい!」
ネルはいくつかの屋根を伝って街路沿いの家屋に飛び移ると、そこに陣取ってナサニエルを誘導する。
彼はそれに従い、懸命に緩やかな坂道を上ってきた。
その時、山賊らがとうとうナサニエルの直線後方100メートルほどのところに追いついてきた。
「ワラワラと湧いて来やがったな。クズどもが」
ネルは担いでいた鉄の矢筒をその場に下ろすと、腰に結い付けた自身の矢筒から木の矢を取り出す。
鉄の矢は木の矢が無くなった際の予備だ。
ネルは木の矢を弓に番えると低い姿勢で狙いを定める。
ナサニエルはレギンを背負って懸命に坂を駆け上るが、山賊らは50メートル、30メートルと距離を縮めてきた。
それでもナサニエルは足を止めずに、とうとうネルのいる家屋の前まで到達する。
「ナサ! 裏手に隠れてろ!」
そう言うとネルは矢を放った。
鋭く宙を舞う矢は、先頭を走る山賊の首に吸い込まれるように刺さった。
首を貫かれた山賊は昏倒して即死する。
ネルは立て続けに矢を放ち、2番目を走る山賊を軽々と討ち取った。
仲間があっという間に2人殺されるのを見た他の山賊らはそれ以上、前に進めずに各自慌てて建物の陰に隠れる。
ネルのいる家屋の裏からは、そこに駆け込んだナサニエルが激しく咳き込む声が聞こえた。
恐らくもう体力の限界をとうに超えているのだろう。
これ以上は走れないかもしれない。
「ここでクズどもを足止めするしかないな」
ネルは次の矢を弓に番えると注意深く周囲に目を走らせる。
篝火によって煌々と照らし出された遺跡の中をいくつもの人影が蠢いている。
恐らく各所に散らばった山賊らが徐々に包囲の輪を縮めてきているのだろう。
ネルは警戒を解かずに数歩後ろに下がり、眼下のナサニエルに声をかけた。
「ナサ。大丈夫か? 爺さんは?」
「ネル。ありがとう。僕は大丈夫。でも先生がひどく傷つけられて……早く手当てをしないと!」
「ここから工房まで15分はかかるな。この辺りに身を隠せそうなところはないか?」
「……いくつか心当たりはある」
ナサニエルの言葉にネルは頷く。
「ナサ。生きるか死ぬかの瀬戸際だ。アタシは1人でも連中を皆殺しにする自信はある。だが、おまえと爺さんを守り抜く自信はねえ。おまえ自身と爺さんを守るのはおまえしかいないぞ。身を隠せる場所まで死ぬ気で向かえ。出来ないなら運命を受け入れるしかない」
運命。
それがここでは死、あるいは地獄のような悲劇を意味するのだとナサニエルにも分かる。
体は重く、もう一歩も走れる気がしない。
それでもナサニエルはレギンを背負ったまま立ち上がった。
「ネル。大丈夫。僕と先生のことは気にしないで」
「気にしない? 違うな。信じるさ。爺さんと自分を守るんだというおまえの気持ちを」
その言葉にナサニエルはハッとして……それから少し笑った。
「僕も……僕もネルを信じるよ。あんな奴らに負けないって」
そう言うとナサニエルはレギンを背負って再び走り出すのだった。




