第42話 『愛する者と共に眠れ』
「こんなことが……」
ナサニエルは目の前の惨状をじっと見つめてそう声を絞り出す。
小人族デイルの家は200年前の大地震で大岩に潰され、彼の家族はその時にはすでに死亡していた。
地震によって向こう岸に取り残されたデイルは、それを知らずに必死に家族の元へ帰ろうと奮闘し、その途中で事故によって命を落としたのだ。
デイルが焦燥感と絶望感に苛まれながらも何としても家族に会いにいくのだと孤独な戦いを続けていた時には、すでに彼の家族は亡くなっていたのだ。
その無慈悲さにナサニエルは他人事ながら深い悲しみを覚えた。
デイルとはまったく異なる理由ながら、ナサニエルも谷を何とかして渡ろうと考え、果敢に挑んできたからだ。
デイルの無念にナサニエルは気持ちを重ねずにはいられなかった。
そんな彼の肩をネルはポンと叩く。
「ナサ。こればっかりは仕方ねえ。200年も前のことだ。とにかくそいつを家族の元に帰してやれ」
そう言うネルにナサニエルは頷き、注意深く窓枠から家の中に足を踏み入れた。
家の中にはデイルの母と妹が骨となって横たわっている。
ナサニエルはその2人のちょうど真ん中にデイルの頭蓋骨をそっと置いた。
そして胸の前で両手を組み、追悼の祈りを捧げる。
(やっと家族と会えたね。どうか家族一緒に安らかに眠って下さい)
切なる祈りを込めて、ナサニエルは彼らの冥福を心から願った。
そして彼は立ち上がると窓枠から外に出て、そこで待っていてくれたネルに礼を言う。
「ネル。ありがとう。君のおかげでようやく胸のつかえが下りたよ」
「こうなってみるとおまえが谷底に落ちそうにならなきゃデイルの骨を拾うこともなかった。そうなりゃデイルは家族の元にも帰れず今も谷底で眠ったままだったわけだ。ケガの功名ってやつだな」
そう言って笑うネルにナサニエルは顔を引きつらせて笑った。
「オ、オオトカゲに食べられかけたり散々だったけどね」
そう言ったナサニエルの脳裏に昨夜のネルに抱きしめられた出来事が不意によぎり、彼は思わず気まずそうに視線をネルから外して言った。
「さ、さあ行こうか。少し辺りを見て回りながら向こう岸に戻ろう。先生にも報告しないといけないし、君に支払う報酬も準備するから」
そう言うとナサニエルはもう一度デイル一家の骨に目を向けてから家屋を後にした。
それから2人は再び採鉱場の入口となっている小高い丘を回り込む。
ネルはそこで足を止め、ポッカリと口を開けた入口を覗き込みながらナサニエルに声をかけた。
「そういえばここには鉱脈がまだ残っているんだろ? この中は見て行かなくていいのか?」
そう言うネルにナサニエルも立ち止まり、そして苦笑した。
「それはまた日を改めようと思う。僕は夢中になっちゃうから、この中を見始めたら数日間も入り浸っちゃうかもしれないし」
「そりゃゾッとするな。おとなしくこのまま帰るとしよう」
そう言って再び歩き出したネルは、爪先が何かを蹴飛ばしたのを感じて足を止めた。
彼女が知らずに蹴飛ばしたそれは、人の足の甲ほどの大きさの茶色い石だ。
それを見たナサニエルはその石を拾い上げる。
「これ……鉄鉱石だ。鉄の原料になる石だよ」
ナサニエルはその鉄鉱石をマジマジと見つめる。
思わず胸の内からこの採鉱場を調査したい気持ちがムクムクと湧き上がってきた。
そんなナサニエルの様子を見てネルは笑う。
「さっきまで泣きそうな面していやがったくせに、忙しい奴だな。おまえは」
「そ、そうだね。自分でもそう思うよ。これはレギン先生へのお土産にしよう。僕よりも喜ぶと思うよ」
そう言い合うと2人は元いた向こう岸に戻っていくのだった。
☆☆☆☆☆☆
「アドルフの奴、敵を捕らえたんだな?」
「はい。兄貴の指笛が聞こえたので。合図したら洞窟内の指定場所に集合してほしいと兄貴はあらかじめ言っておりやした。ご案内いたしやす」
デクスターは部下の報告に満足げに頷いた。
「さすが俺の弟だ。ようやく俺をコケにしたあの女を泣かせてやれる。おめえらもいい声で鳴かせてやれ」
デクスターの言葉に部下の男たちは少々複雑そうな顔を見せた。
彼らも山中で暮らしているため禁欲生活を強いられ、鬱憤がたまっている。
ダニアの女を捕らえて慰みものにしたいところだが、アドルフがいるならそうはいかない。
アドルフの女殺しへの執着は誰もが知っている。
ダニアの女はアドルフの獲物だ。
山賊たちはその分け前にありつくことは出来ないだろう。
それでも従うほかないのだ。
アドルフに逆らえる者などいない。
そんな部下たちの落胆をよそにデクスターは己の欲望を滾らせていた。
あの若く愛らしい貴族の青年を自分の好きに出来ると思うと、興奮が収まらない。
優男を手籠めにするのがデクスターの欲望を最高に満たしてくれるのだ。
「行くぞ! デクスター山賊団は甘くねえと教えてやれ!」
意気揚々とそう吠えると、デクスターは部下たちを引き連れて洞窟の中へと踏み込んでいくのだった。
☆☆☆☆☆☆
激しい痛みで気を失いそうになると、体の別の箇所に痺れるような痛みが走って意識が呼び戻される。
それを繰り返されてレギンは息も絶え絶えになっていた。
突如として現れた男の拷問は実に巧みだった。
レギンから仕掛け扉の秘密を聞き出そうと男はあらゆる手でレギンに拷問を仕掛けてきたのだ。
もはや体の一部は感覚が消え失せている。
自分の体が今どのような状態にあるのか考えたくもなかった。
それでもレギンは決して仕掛け扉の秘密を明かさなかった。
この場所は一族にとっての聖域であり、一族最後の1人として残されたレギンにとって守るべき誇りなのだ。
薄汚い賊どもに荒らされていいはずはない。
どうせ老い先短い命なのだ。
ここで殺されても仕掛け扉の秘密を明かすつもりはなかった。
しかし一族の誇り以上に気がかりなのは、今この地下遺跡にいる弟子とその友である娘のことだ。
(ナサニエル……ネル……)
この悪漢が彼らに害を成すことだけは避けなければならない。
そのためならば自分の命を投げ出すことも厭わない。
そんなことを思うレギンを引きずるようにして、男は先へと進んでいく。
道々に焚かれた篝火を頼りに男は歩き続けた。
「火を焚いていてくれるおかげで進路は分かるぞ? 向こうに貴様の仲間たちがいるんだな? ご老人」
そう言うと男は不気味な笑みを浮かべてレギンを引きずりながら進み続けるのだった。




