第37話 『奮闘』
あまりにも巨大な大トカゲに追われながら、ネルはナサニエルを先に走らせて自分はオオトカゲを食い止めるために立ち止まった。
「来いよ! コイツでズタズタにしてやるぜ!」
そう言うとネルは向かってくるオオトカゲをじっと見据える。
オオトカゲは3メートル、2メートルと一気に距離を詰め迫ってきた。
正面衝突するかと思われたその瞬間、ネルは持ち前の跳躍力で高く飛ぶ。
そして空中で身を翻してオオトカゲの背中に乗ると、鉈をその頭に思い切り振り下ろした。
鉈はオオトカゲの片方の眼球に食い込んで潰す。
オオトカゲは目から血を噴き出して暴れ狂った。
ネルは素早くオオトカゲの上から降りると、鉈の刃に付いた血とオオトカゲの体液を振り払う。
「来いよ! デカブツ!」
そう叫ぶとネルはオオトカゲを挑発するように鉈を振り上げた。
するとオオトカゲはその鈍重そうな見た目とは裏腹に素早い動きを見せる。
クルッと体を反転させると、その太い尾でネルを叩きにきたのだ。
「おっと!」
ネルは飛び上がって尾をかわした。
太い尾の鋭い一撃は、まともに浴びれば肋骨くらいは簡単にへし折られそうな勢いだ。
ネルは頭上から振り注ぐ光に照らされたオオトカゲの体を観察する。
頭から尾にかけて体の背中側は、外敵からの攻撃に備えて黒く硬い鱗で覆われている。
その辺りを鉈で攻撃しても致命傷は与えられないだろう。
(攻撃するならもう片方の目か、あるいは腹側か)
黒い鱗に覆われた背中側とは違い、地面に近い腹側は攻撃される恐れが少ないためか、白い柔らかめの皮で覆われている。
しかしオオトカゲをひっくり返さない限り、腹側を攻撃するのは難しい。
ネルは周囲に目を配る。
先ほどまでいた岩場と違い、辺りは平らな地面が延々と続いている。
あの巨体をひっくり返すために利用できそうな段差はどこにもない。
「それなら両目を潰してやるぜ!」
そう思って残されたもう片方のオオトカゲの目を狙うネルだが、片目を潰された痛みが徐々にオオトカゲを蝕み始めたのだろう。
オオトカゲは怒り狂ってバタバタと暴れ始める。
その巨体がクルクルと回転するため、尾が旋回しながらネルに何度も向かってくる。
ネルは巧みにそれを避けたが、暴れ狂うオオトカゲに近付くことも難しい。
「チッ。こうなりゃこいつが体力を減らしてバテるのを待つか……」
ネルは数歩下がりながらチラリと視線をナサニエルが逃げて行った方角に向ける。
ナサニエルはすでに綱のある場所に到達しており、今まさに綱を必死に上ろうとしていた。
だが 少し上ったかと思うと、綱からズルズルと下に落ちている。
その様子にネルは呆れて顔をしかめた。
「何やってんだアイツ。さっさと上れ」
ネルは苛立ちながらナサニエルに向かって早く上がれと手で合図するが、ナサニエルは情けない顔で首を横に振った。
どうやら両腕の筋肉疲労がまだ回復しきっていないらしく、綱を上る腕力が残っていないのだろう。
ネルは思わず悪態をつく。
「くそっ! ひ弱なお坊ちゃんめ!」
そうしてネルが気を逸らした瞬間だった。
オオトカゲはネルに向かってくるのではなく、ナサニエルのいる方向へ猛然と走り出したのだ。
ネルは慌ててそれを追いかける。
「待ちやがれ! おまえの相手はアタシだぞ!」
そう言ってオオトカゲを追うネルだが、オオトカゲはネルには目もくれず一心不乱にナサニエルに突進していく。
その距離50メートルほどだ。
手強いネルよりも簡単に食べられそうなナサニエルを標的にしたのだろう。
そう思ったネルは全力で走り、オオトカゲに襲いかかる。
その走りを止めるべく鉈で脚を攻撃した。
だが脚も硬い鱗で守られており、なおかつ高速で動いているため鉈は弾かれてしまう。
ネルは苛立ちまぎれに前方のナサニエルに向けて声を張り上げた。
「くそっ! ナサァァァァ! さっさと上れ! 根性見せろ! コイツに食われるぞ!」
ナサニエルは自分に迫ってくるオオトカゲの姿を見ると顔面蒼白となり、必死に綱を上る。
だが数メートルほど上ったところでそれ以上、上れずに止まってしまった。
腕力がもう限界なのだろう。
落ちないように綱にしがみついているのが精一杯な様子だ。
オオトカゲはそんなナサニエルを食おうと下から首を伸ばす。
ナサニエルが悲鳴を上げた。
「ひぃぃぃぃっ! ネル! 助けてネル!」
「うるせえ! ひいひい喚いてねえで、死ぬ気で綱に掴まってろ!」
ネルはナサニエルの情けない様子に憤然と声を荒げ、オオトカゲの背後から側面に回り込もうとする。
オオトカゲはナサニエルを食おうとして上半身を上げているので、腹側が見えるのだ。
攻撃の好機だった。
しかしオオトカゲは首を伸ばしてナサニエルを狙いながらも、尾を左右に振ってネルを近付けさせないようにしていた。
さらにオオトカゲはナサニエルが掴まっている綱を口で咥えると、それをブンブンと振るってナサニエルを振り落とそうとする。
「うおああああっ! や、やめっ……やめてぇえぇぇえ!」
ナサニエルはほとんど泣き叫びながら死に物狂いで綱を握ってこれに耐えた。
「チッ。このトカゲ。なかなか賢いじゃねえか!」
ネルはそう吐き捨てると、思い切り跳躍してオオトカゲの尾をかわし、そのまま巨体の背に乗った。
そしてそこを足場にオオトカゲの頭を狙い澄まして再び鉈を振り下ろす。
「食らいやがれ!」
オオトカゲの残っているもう片方の目を狙ったその一撃は見事に命中し、右目に続いて左目をも潰した。
血と体液が飛び散り、オオトカゲが苦しみながら暴れ始めた。
その勢いでネルは空中へ投げ出される。
「うおっ!」
ネルは空中で咄嗟に体勢を整え、何とか着地する。
しかしそんなネルの頭上に黒い影が落ちた。
両目を潰されたオオトカゲが怒りに唸り声を上げてネルにのしかかろうとしてくる。
「上等だ! この野郎!」
ネルは頭上から覆いかぶさってくるオオトカゲの首を目掛けて渾身の力で鉈を一閃させる。
しかしオオトカゲが前脚を翻したことで、運の悪いことに鉈はオオトカゲの爪に弾かれて遠くへ飛ばされてしまった。
「し、しまっ……」
両目を潰されたオオトカゲだが、嗅覚で正確にネルの位置を把握しているようだ。
鉈を失ったネルは手持ちの武器の中で最後の一振りとなる小刀を取り出そうとしたが、それよりも先にオオトカゲに押し倒されてしまう。
生臭さが鼻を突いた。
オオトカゲはネルの腹を前脚で押さえて固定すると、彼女の首を目掛けて牙を剝くのだった。




