第30話 『予感』
「おい。俺たちいつまでここにいればいいんだ? アジトに戻って眠りてえよ」
洞窟の中で地面に這いつくばるようにして待機し続ける山賊の1人がそうぼやいた。
隣の仲間がそれを小声で咎める。
「黙ってろ。アドルフの兄貴に聞かれたら殺されるぞ」
光の届かぬ闇の中で彼ら2人は真っ黒なボロ布をすっぽりと頭から被り、ひたすら待機し続けているのだ。
そうしていると闇に溶け込み、明かりの無いこの場所では姿はすっかり見えなくなる。
彼らの上役であるアドルフが見つけた何らかの仕掛けを疑われる壁の前で、2人が待機し続けてすでに数時間が経過していた。
彼らの役目はアドルフから命じられた見張りだ。
彼らの見張る先、疑わしき岩壁の前には黒く塗りつぶした縄で罠が張られている。
目の前の壁に何らかの変化が現れて、何者かが現れたその時にその相手を捕らえる罠だ。
ここで見張る2人は相手を罠に捕えても、それが失敗しても指笛を響かせて知らせろとアドルフからは命じられている。
だが、闇の中で数時間もじっと待機し続けていると、精神的に不安定になってくるのだ。
山賊たちは明らかに苛立ち、不安がっていた。
「兄貴はもっと奥に行っちまってるよ。あの人は何を考えているのかイマイチよく分からねえ。」
「…‥それは分かるが滅多なことを口にするな。それ以上言うなら俺がブチのめすぞ」
アドルフの命令に不満を言ったり、アドルフ自身のことを悪く言うなど、本人に知られたら一巻の終わりだ。
たとえ自分が言っていなくても、共にいた仲間が言っていたとなれば自分もただでは済まない。
それを恐れて山賊は仲間に口を閉ざすよう厳しく言うが、仲間は神経過敏になっているようで、それからも時折文句を言うことを止めなかった。
そうして不満を口にしなければ、恐れや不安を紛らわせることが出来ないからだ。
「あと1時間で交代の奴らが来る。それまで黙って数でも数えてろ。間違ってもデカイ声出すんじゃねえぞ」
仲間に厳しくそう言い含めると山賊は交代の時間を今か今かと待ち続けるのだった。
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「なんじゃ。何やら一晩中、何かを作っておったと思ったら、弓弦か」
レギンは弟子のナサニエル用に整えてやった小工房の様子を見てそう言った。
ゆうべナサニエルはネルと仲違いしたと意気消沈して帰ってきたが、すぐに気を取り直して自分の工房に向かった弟子の様子に、あれなら大丈夫だろうとレギンは思ったのだ。
案の定、今朝のナサニエルは意気込んでネルの元に向かって行った。
その時の様子を思い返して思わず含み笑いを見せながらレギンは弟子の工房の中を見た。
「よほど気合いが入っておったんじゃろうな。それにしても作業が終わったならば後片付けをしろとあれほど言っておるのに、そういうところはなかなか直らん」
作業を終えてそのまま飛び出していったのだろう。
小工房内は散らかり放題で、用具などもそのままという有り様だ。
そしてレギンはその様子からナサニエルがどのような作業をしていたのかすぐに理解した。
「樹脂製の弓弦か。あれはよく飛ぶが伸びるのが早い。もっと原料が必要じゃろう」
そう言うとレギンはナサニエルが以前に集めていた樹脂の原料となる植物を採るため、外に向かうことにした。
まだまだ未熟な弟子だが、レギンにとっては唯一無二の子供のような存在なのだ。
ついあれこれと手を焼いてやりたくなってしまう。
甘やかすのは良くないが、残りどのくらいか分からない老いた命を次の世代となる若者のために使ってやりたいという気持ちがレギンを突き動かすのだった。
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ネルとナサニエルは遅めの昼食を摂っていた。
すでに昼下がりだ。
「あの5本をより合わせて綱にするんだろ?」
ネルはナサニエルが焼いてくれた鶏肉を頬張りながらそう尋ねる。
彼女は午前中に5本の矢を命中させることに成功していた。
それによって今、こちらと向こう岸とを5本の縄が繋いでいる。
ナサニエルの新たな弓弦と、ネルの射撃の腕によって作戦は3日目にしてようやく進み始めたのだ。
「うん。それで念のために綱を2本にしたところで僕が縄と金輪を体に巻き付けて、向こう岸へ渡るから。そこからはもうあちらとこちらを行ったり来たりするだけで吊り橋は徐々に完成に近付いて行くよ」
「ならアタシの仕事は残り5本の矢を命中させることだな」
「うん。そうすれば後はもう矢を放つ必要は無くなるね」
ナサニエルの言葉に頷くと、ネルは口に詰め込んだ鶏肉を茶で流し込み立ち上がった。
「今日中に終わらせるぞ。ナサ。向こう岸が近付いてきたぜ」
ナサニエルも慌てて食べ物を口に詰め込み、2人は小屋を後にするのだった。
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レギンはいつもの出入り口に到着すると腰帯に色々とぶら下がっている工具の中から六角棒を手にした。
何の変哲もない岩壁を地面の下にずらす隠し扉を動かすための道具だ。
この地下遺跡と外界を隔てる出入口は多いが、全てこうした仕掛けが施されていて簡単には出入りできないようになっている。
かつて小人族がこの山にこの街を作った時に、外部から街を守るために施した自衛手段だった。
小人族にとって自分たちよりも大きな背丈を持つ者たちはそれだけで脅威なのだ。
ゆえにこうして身を守る必要があった。
いちいち外界に出るのにこうした仕掛けを起動しなければならないのは煩わしいが、一族の安全には代えられない。
「ふぅ。とはいえ年寄りには年々面倒になってくるな」
そう言うとレギンは六角棒を壁の穴に差し込む。
だが、そこで彼はふと手を止めた。
岩壁の向こう側から……何かが聞こえた気がしたのだ。
それは長年ここを使っているレギンだからこそ気付いた声の反響だった。
(……何者かがいる。2人ほどか)
レギンは静かに岩壁に手を当てる。
そして外から伝わる振動をその手で感じ取ろうとした。
この出入口は比較的、地上との距離が近い。
ここまで迷い込む者がいてもおかしくはない。
あるいはナサニエルの言っていた山賊たちが入り込んできたのかもしれない。
(どちらじゃ……?)
もし迷い人ならば救ってやらねば帰る道を見失って死んでしまうかもしれない。
だが山賊ならば自分が殺されてしまうだろう。
レギンはしばし考え、それを確かめるための別の方法を採ることにした。
この地下遺跡と繋がる地下通路はすべてレギンの頭の中に網羅されている。
(今、ナサニエルは人生の挑戦中なんじゃ。何人たりとも邪魔はさせん)
レギンは決然と口を引き結び、別の出入口を目指して引き返していくのだった。




