第28話 『老人の助言』
「ほれ。夕飯にするぞ」
夕食の時刻にネルのいる作業小屋を訪ねてきたのはレギン1人であった。
「ん? じいさん1人か? ナサは?」
「ナサニエルの奴はやることがあるとか言って工房に籠っておる」
「あのアホ……」
ネルは盛大にため息をついた。
おそらく険悪になった後、顔を合わせ辛くて逃げたのだろうと思ったからだ。
レギンはネルの様子を見ながら快活に笑った。
「ウォッホッホ。ケンカしたらしいの。ナサニエルの奴、ウジウジと落ち込んでおったわ」
「だろうな」
「まあアイツは肝も据わっておらんし、おまえさんから見れば芯の細い優男じゃろう。じゃが……おまえさんの役に立たねばと思っておるんじゃよ。今日だけは放っておいてやってくれ」
「……別にいいけどよ」
ネルは意気消沈しているナサニエルを笑い飛ばす機会を失って、面倒くさそうに頭をかいた。
そんな彼女の様子にレギンはニヤリと笑みを浮かべる。
「なかなか苦労しておるようじゃの」
「……まあな。思ったようにはいかねえもんだよ」
そう言うネルにレギンは調理の準備を進めながら目を細めた。
「うまくいかない時に同志が共にいてくれるのはいいもんじゃ」
「そうか? モメたりして結構面倒くさいと思うけどな」
「ケンカもたまにはいい息抜きになる。1人でいたらそれすらも出来んからな」
レギンの言葉にネルはかつてここで孤独な作業を続けていた小人族の男のことを思った。
そして目の前にいる老人のことも。
「じいさんはナサと知り合う前は1人だったのか?」
「そうじゃよ。ワシが30歳になる手前に父が死に、40歳を超えた辺りで母が死んだ。ナサニエルと出会うまでの10年以上、ワシは1人でここにいた。1人の良さも悪さも嫌というほど味わったもんじゃ」
そう言うとレギンは調理の手を止めてネルに目を向けた。
「元気な時は良い。1人の気楽さはこの世の春じゃ。じゃが人間の心身は良い時ばかりではない。病気やケガで弱っておる時に1人はこたえる。愚痴や弱音を言う相手すらいないのじゃからのう。まさにこの世の冬じゃ。そういう時をいかに乗り切れるか。それが孤独な人間にとっての試練じゃな」
それは老翁による忠告のようだった。
ネルはレギンが若い自分を心配して言っているのだと思い、少しばかり居心地悪そうに肩をすくめる。
人から優しさを向けられるのは慣れていないのだ。
だから礼代わりにネルは言う。
「覚えておくぜ。じいさんが死んだ後もアタシは1人で生きるだろうからな。きっとあんたの助言が役に立つだろうよ」
それからレギンは機嫌良さそうに昔の話やナサニエルが子供だった頃の話などをして、ネルはそれを聞きながら食事を摂った。
今は丸一日、重い鉄の弓を持ち、鉄の矢を放ち続けたために疲れがたまっており、途中から眠くなってしまったネルは食後にうつらうつらと船を漕ぎ始めた。
それを見たレギンは笑いながら食事の後片付けをして、ネルに声をかけると工房へ戻っていった。
こうして挑戦2日目が幕を閉じるのだった。
☆☆☆☆☆☆
3日目の朝を迎えたネルはムクリと身を起こす。
睡眠時間は十分に取れているものの、さすがに蓄積された筋肉痛や疲労は癒し切れない。
それでもネルは元気に起き上がると顔を洗って身支度を整えた。
「今朝は顔を出すだろうな。ナサの奴。もし来なかったら工房まで行って首根っこ掴んで……」
そう言いかけたその時、ネルは足音が近付いてくるのを聞いた。
そして律儀に扉がノックされ、外から気の良い青年の声が響く。
「おはよう。ネル。起きてる?」
その声にネルは少しばかり笑みを浮かべると、すぐに仏頂面に戻って扉を開けた。
そこにはパンや卵などの食材を抱えたナサニエルの姿があった。
ややぎこちない笑みを浮かべるナサニエルにネルは少々居心地の悪さを感じ、彼の頬を両手で掴んで引っ張る。
「もっと笑え。ウジウジする奴は嫌いだぞ」
「ネル……分かったよ」
そう言うとナサニエルは少しだけ元気を取り戻したように笑う。
それを見たネルもようやくいつもの感じで笑うことが出来た。
「さっき起きたところだ。朝飯を頼むぜ。ナサ」
「うん。それと……これ」
そう言うとナサニエルは自分の右手首に目を向ける。
そこには多くの弓弦が掛けられていた。
ネルは思わず目を剥く。
「おまえ……これ、もしかして在庫があったのか?」
ナサニエルが製作した特殊樹脂の弓弦は、もう在庫は残っていないから新たに作るしかないという話だった。
それゆえにネルは訝しみ、ナサニエルはそんなネルにおずおずと言った。
「いや、ゆうべ作ったんだ。昨日使った物より良くなっているはずだよ」
「ゆうべこれを? もしかして寝てねえのか?」
よく見るとナサニエルの目の下にはうっすらとクマが浮かんでいた。
思わず呆れるネルにナサニエルは意を決したような顔で言った。
「昨日のデクスターの話は……ごめん。君なら全然問題にならないよね。忘れてほしい。君に任せた仕事なんだから、君の都合で進めて。ゆうべは全然眠くならなくて……それにどうしてもすぐにこれを作りたかったから。もちろん今日これをすぐに使って欲しいとは言わない。元々今日は1日休みの予定だったもんね。ゆっくり体を休ませることも大事だし……」
つらつらと説明を続けるナサニエルだが、ネルはそんな彼の肩をガシッと掴んでそれを遮った。
「ナサ。ゴチャゴチャ言わなくていい。アタシはな……腹が減ってんだ。朝飯にしようぜ」
そう言うネルにナサニエルは呆気に取られ、それから思わず笑い出した。
「ハハハ。確かに。お腹空いたよね。すぐ作るからちょっと待ってて」
そう言うとナサニエルは小屋の中の炊事場に向かうのだった。




