表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/61

第26話 『すれ違う心』

 天井の亀裂きれつから差し込む陽光が徐々に弱くなってきた。

 夕刻が近いのだ。

 地下世界の視界は次第にその明瞭めいりょうさを失っていく。

 作戦開始から2日目。

ネルとナサニエルの苦闘は続いていた。


 ネルがねらいを外した鉄の矢に結び付いたなわを必死に手繰たぐり寄せるナサニエルは、すでに両腕が筋肉疲労でひどく張っている。

 ナサニエルの作った特殊樹脂(じゅし)弓弦ゆんづるを張った弓を使ってネルが矢を放ち続け、かれこれ2時間が経過していた。

 いま金輪かなわは向こうの杭に通せていない。

 要するに1本も命中していないのだ。


 午後だけですでに200本近い矢を放っている。

 杭のすぐそばをかすめるような惜しい射撃は何度もあった。

 それでもいまだ命中なしだ。

 ネルは大きく息をつく。


「ふぅぅぅぅ」


 時折短い休憩をはさんでいたものの、すさまじい集中力で矢を放ち続けたネルは現時点での限界を感じていた。

 疲れで指の感覚が鈍くなり、全身が重い。

 そして特殊樹脂(じゅし)弓弦ゆんづるは飛距離は出るものの耐久力は弱く、伸びやすい。

 すでに二度ほど取り換えた最後の弓弦ゆんづるも限界を迎えていた。


 これ以上はますます命中率が下がり、無理に続けても徒労に終わるだけだろう。

 弓弦ゆんづるの替えはもう無い。

 ネルは水袋の水をあおり、その場にドカッと腰を下ろした。


(飛距離さえ出て向こう岸に届けば何とかなるかもしれないと思ったが、やはりそう甘くはなかったな)


 ネルはこの状況を予想はしていたが、予想通りの展開となったことにため息をつく。

 助手を務めるナサニエルは疲れ切って呆然ぼうぜんとしていた。

 しかし彼はすぐに気を取り直したように動き出す。

 休憩用に用意しておいた焼き菓子がしの包み紙をネルに手渡した。


「ネル。糖分補給して」


 そう言うナサニエルの顔は実に情けないような申し訳ないような顔をしている。

 ネルが嫌いな顔だ。

 ネルは焼き菓子がしを口に放り込むとそれを咀嚼そしゃくしながら言った。


「つまんねえこと考えてるだろ。ナサ」

「え?」

「自分が作った弓弦ゆんづる駄目だめだからアタシに迷惑をかけてる、とかそんなことをウジウジ考えている奴の顔だ。あのな、鬱陶うっとうしいからそういうのやめろ」


 ネルの言葉とその様子にナサニエルは呆気あっけに取られた。

 ネルは思いのほか苛立いらだってなかったのだ。


「ネル……」

「この仕事を引き受けると決めたのはアタシだ。おまえのせいにして途中で投げ出したりしねえから、その辛気臭しんきくせつらを今すぐやめろ」

「腹を立てていないのかい?」

「別に。アタシがこの暴れ馬を抑えきれてないから当たらない。その事実に腹を立てても仕方ねえだろ」


 そう言うとネルはその場にゴロリと寝転んだ。


「こりゃ長期戦だな。ナサ。おまえ明日はこの弓弦ゆんづる作りに専念しろ。今のままじゃ数が足りねえからな」

「で、でもネル。それだと1日長く君を引き留めてしまうことになる」

「あ? 別に急ぐ旅じゃねえから構わねえよ。言ってんだろ。アタシはひまだって」


 そう言うネルだがナサニエルは首を横に振る。


「明日が期限なんだ。ネル。仕事の成否に関わらず、君は明後日あさってにはここを出るべきだ」

「……どういうことだ? そんな話は聞いてねえぞ」


 いぶかしむネルにナサニエルは決然と言った。


明後日あさって……この国の巡回兵団がここに回ってくる。その間はこの山からデクスターたちが出ていくだろう。でもそれは巡回兵団がいる1日の間のことだけだ。それが過ぎればすぐにデクスターたちは戻ってきてしまうよ。奴らがいない1日だけが君がこの山から逃げる好機……」


 そう言いかけたナサニエルの胸倉むなぐらをネルは乱暴につかんだ。


「……本当につまんねえこと言うんじゃねえよ。ナサ。デクスターだと? あんなカスどもどうでもいいんだよ。何でアタシが受けた依頼を放り出し、尻尾しっぽ巻いて逃げなきゃならねえんだ。ああ?」

「ネ、ネル……」

「アタシを見くびるんじゃねえ」

「ご、ごめん……」


 悄然しょうぜん項垂うなだれるナサニエルの胸倉むなぐらを放すと、ネルはきっぱり言った。


「忘れんじゃねえぞナサ。アタシはこれを成しげるまで絶対に降りねえからな。分かったらおまえは明日1日かけて出来る限りの弓弦ゆんづるを作れ。今日は解散だ」

「うん。分かった」


 そう言うナサニエルに背を向けるとネルはサッサと作業小屋へと戻っていった。

 残されたナサニエルは地面に置かれたままの鉄の矢を確認する。

 たび重なる射撃で曲がっていないか、やじりが欠けていないか、なわ金輪かなわを止めた金具がゆるんでいないか。

 それらを確認すると彼は静かに工房へと引き上げていく。

 地下世界に差し込む陽光は薄くなり、夜が近付いていることを告げているのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ