第25話 『弓弦』
ナサニエルが製作した特殊樹脂で作った弓弦を使い、ネルは鉄の矢を谷間の向こう岸まで届かせることが出来た。
しかしその狙いはネルの腕をもってしても安定しない。
強力な弾力性によって飛距離は増したが、その代償として矢の狙いが大きくブレてしまうのだ。
向こう岸に届いたことでひとまず第一関門は突破したが、ネルの意識は次の段階に向いている。
(後はここからの調整だな)
先ほどの一射は杭を狙っての射撃だった。
それにも関わらず狙いは大きく後方に外れた。
ネルの腕ならば考えられないことだ。
そんなネルが第一射目を放った後に注目したのは矢の行方ではなく、弓弦の震え方だった。
(かなり射撃後のブレがひどいな。まるで暴れ馬だ)
ネルはすぐに第二射目となる矢を番えると傍で控えるナサニエルに声をかけた。
「ナサ。次行くぞ。準備しろ」
ネルの言葉に頷き、ナサニエルは手袋をはめた手で縄の近くにしゃがみ込んで控えた。
そこからネルは一射ずつ狙いを修正しながら撃つ。
だが、ナサニエルの作った弓弦は同じように引いても微妙に誤差が出るのだ。
それが80メートルという長い距離になると大きな差となって表れる。
矢は杭の近くには到達するものの、10本撃っても杭に掠りもしなかった。
それでもネルは焦らない。
ナサニエルが縄を引いて矢を引き戻す間に、指で弦を確かめながら次の狙いを頭の中で想像する。
そしてそこからさらに5本撃ったところで一度射撃を止めた。
「ネル? 休憩にする?」
「まだそんなに疲れてねえよ。アタシはな。けどこいつは疲れちまったみてえだ」
そう言うとネルは特殊樹脂の弦を弓から取り外し、弛みを調整してもう一度張り直す。
そしてある懸念を口にした。
「ナサ。この弦、予備はあるのか?」
「あるよ。あと2本くらいかな」
「それだと足りねえかもしれねえ。この弦、弾力はあるが伸びるのが早い。すぐにヘタッちまう。もっと大量に必要かもしれねえ。すぐに作れるのか?」
ネルの問いにナサニエルは少々顔を曇らせた。
「それは樹脂を固めるところから作るから製作に数時間必要なんだけど……僕じゃないと作れないから、そうすると僕がこの作業に従事できなくなってしまうよ」
「レギンのじいさんは作れないのか? 作り方を教えればいいんじゃねえか?」
「専門外だしなぁ。先生、あまりやりたがらないと思う。代わりに先生にこの矢を引き寄せる役をやってもらえるか頼んでみようかな」
そう言うナサニエルにネルは少し考えてから自分の意見を告げた。
「とりあえず予備の2本があれば数十発は撃てると思う。その間に成功しちまえば、じいさんに手間かけさせないで済むな。そのつもりでやるか」
ネルの言葉に頷き、ナサニエルは次の矢を彼女に手渡す。
それを受け取ったネルは再び矢を放ち始めるのだった。
☆☆☆☆☆☆
「チッ。これもダメか」
アドルフは部下が持ってきた金属の六角棒を投げ捨てた。
苛立つその様子に部下の1人が怯えたようにおずおずと告げる。
「そ、それで最後です」
洞窟の中、アドルフが発見した岩壁の仕掛けは、壁に空いた穴の中に、六角棒を差し込むというものだった。
それが一体何を意味するものなのかは分からないが、明らかに人工物と思しき造形に、アドルフはここに何かがあると睨んでいる。
そうして部下たちに麓の村から金属の六角棒を調達させたのだが、どれも微妙に大きさが合わず使えなかった。
しっかり大きさを合わせるとなると、特注品を作るしかない。
それでは時間がかかり過ぎる。
明後日には巡回兵団がやって来るので、アドルフらは一度この山から撤退しなければならないのだ。
巡回兵団が来訪する日程はおそらくナサニエルも把握しているだろう。
彼らは安全に山から退避できる日を選んで逃げるために、今は身を潜めているのだ。
ダニアの女を捕らえるために山賊団に残された時間は明日だけだった。
今から金属の六角棒を作っている暇はない。
「仕方ねえ。とにかくここを見張れ。出てきたところを捕らえるんだ」
アドルフはこの場所を作った者の用意周到さに苛立ちながらもギリギリまで執念深く粘るつもりだった。
だが、彼はそれだけでは終わらない男だ。
いくつも網を張って獲物を捕らえる確率を上げるのだ。
部下たちにその場を任せ、アドルフはさらに洞窟を奥へと1人足を向けるのだった。




