第24話 『悪意の足音』
ダニアの女と貴族の青年ナサニエルの足跡を追って、山賊団のアドルフは大木の根元にある藪の中から再び洞窟に足を踏み入れた。
兄のデクスターは部下たちを従えて、その洞窟の入口で目を光らせている。
アドルフが洞窟に連れて入るのは数名の部下のみだ。
彼らの手にあるのは松明ではなく、眩い光を放つ角灯だった。
燃え盛る松明よりその方が探索用として扱いやすいというアドルフの提案だ。
そして彼に付いている数名の部下たちは、アドルフが自ら選んだ者たちだった。
「おまえらは比較的マシな頭を持っていると思ったから選んだんだ。俺を失望させるなよ」
その目に冷たい光を宿らせながらそう言うアドルフに部下たちは息を飲む。
アドルフは角灯を手に地面を見つめる。
ゴツゴツとした岩盤のため、足跡はまったく残されていない。
これでは追跡は難しいだろう。
それを理解している部下の1人が恐る恐るアドルフに尋ねた。
「兄貴……一体どうするんですか?」
「見つけ出すんじゃなくて、釣り上げるんだよ」
敵を捕らえるには敵の情報からその暮らしぶりを知ることが大事だった。
日頃どの程度の行動範囲でどのように暮らしているのか。
どんな交流関係があるのか。
家族や恋人はいるのか。
そうした背景から敵の弱点を炙り出すのだ。
ダニアの女を助けたのは貴族の青年ナサニエル。
彼は首都シスタリアに実家のある貴族の息子だが、三男坊であるために家を出て、この山の麓の街に居を構えている。
その仕事は道具屋だ。
木こりや石工などを相手に彼ら用の仕事道具を製作販売している。
その材料を採取するためにこの山に出入りしているとのことだった。
そこまでは大した情報ではなかった。
だが数名の部下が目撃していたのだ。
ナサニエルが子供を連れて山を歩く姿を。
しかしその目撃情報のうちの一つにアドルフはハッとした。
ナサニエルと共にいたのは子供ではなく極端に背の低い老人だったというのだ。
アドルフはピンと来た。
それは小人族だと。
彼がそう思い至ったのは、シスタリス軍に所属していた頃、小人族の女を殺したことがあったからだ。
希少民族の女の命を奪うという、アドルフにとって人生で屈指の殺人体験であり、あれほど興奮したことはなかった。
(小人族か。連中は確か山の中に穴を掘って暮らすモグラだ。この洞窟の先に隠れ家を作っているな? ということはダニアの女を匿っているのは貴族の坊やと小人族の老人だ)
そう考えたアドルフは探索の視点を変えた。
足跡を追うのは無理だ。
だが道には人の通った痕跡というものが残るものだ。
角灯で照らすと分かるのだが、道の中央部にはあまり生えていない緑色の苔が道の端には生えている。
恐らく長年この通路を使っていた者たちの歩みによって、苔の生え方に特徴が表れているのだ。
この洞窟はおそらくかつては多くの小人族たちが行き来していたのかもしれない。
だが今ここを使う者はごく少数なのだろう。
それが苔の生え方で分かる。
アドルフはその苔の生え方を頼りに道を進んだ。
分岐するとまずは片方を10メートルほど進み、一度戻ってもう一つの道を同じように10メートルほど進む。
すると道の苔の生え方に差があるのが分かる。
よく人が通る道ほど苔が薄く、あまり使わない道ほど苔が濃い。
それはわずかな差だが、アドルフはそれをじっくり見極めながら闇の中を角灯で照らしながら進んでいく。
もちろん周囲を警戒することも忘れない。
これは根気のいる作業だった。
アドルフが連れてきた部下たちも分岐を進んだり戻ったりしながらアドルフに言われた通り、苔の生え方を細かく調べる。
それを何時間もかけて進め、アドルフはついに一つの特徴を見つけた。
ある場所で不自然に地面の苔が少なくなっているのだ。
そこは分岐ではなく、通路の途中だった。
そしてそこからさらに奥に進むにつれて苔の生え方が濃くなっている。
それはあることをアドルフに教えていた。
(ここで立ち止まって引き返すことが多いのか? いや……)
アドルフはさらにその場所で注意深く周囲を観察する。
角灯を地面に起き、四つん這いになって顔を地面に付けるようにして凝視した。
すると……彼はあることに気が付いた。
他の場所には見られなかった現象がここでは見られたのだ。
ここまでの通路の端、いわゆる壁際は苔が多く生えていた。
そんな端を歩く者はいないので、それは当然だろう。
だがここは通路の端の壁際の苔が薄い。
そして壁と地面の継ぎ目を見てアドルフはさらなる違和感を覚えた。
通路の端の苔は壁に付着するように生えているものなのだが、ここだけは壁に苔が触れていない。
アドルフは眉をひそめた。
(……壁の苔をわざわざ削り取った? なぜそんなことを……いや)
アドルフはその壁が気になって角灯で照らしながら、丁寧に壁面を調べていく。
その顔に徐々に笑みが広がっていった。
「これは……普通の壁じゃないぞ」
アドルフが目を付けたのは壁面のかすかな擦れ跡だ。
わずかだが何かに擦ったような跡が壁面に残っている。
そして……アドルフは見つけた。
不自然に空いた穴を。
その穴だけは人工物のようであり、穴は壁に何ヶ所か空いている。
アドルフは腰帯に刺している錐のような刃物を取り出し、それを穴に差し込もうとしたが、わずかに穴が小さくて入っていかない。
仕方なくアドルフは角灯を穴のすぐ傍に近付けると背後にいる部下に言った。
「おい。この穴を覗き込んで見ろ」
部下はわずかに怯えたように顔を引きつらせた。
「え? あ、穴ですか? そんなもん覗き込んで何かの罠だったらどうするんですか?」
だがアドルフは冷酷に言う。
「おまえが死ぬだけだろ。それとも命令に背いて俺に殺されるほうがいいか?」
そう言うとアドルフは錐の先端を部下の顔に向けた。
部下は怯え切って首を横に振り、仕方なく覚悟を決めて穴を覗き込む。
アドルフはやると言ったら本当にやる男なのは部下たちも知っていた。
どんな無茶な命令であっても従う他ない。
「何が見える?」
「……何か……金具みたいなものが」
「金具? どんな物だ?」
「ええと……6角形ですかね」
「他には?」
「他には何も見えません」
アドルフはその部下にそのまま他の穴も覗き込ませ、全ての穴が同じように奥の方で6角形の金具が埋め込まれていることを確認した。
アドルフ自身も穴を覗き込んでみる。
そこには明らかに人工物と思われる金属が仕込まれていた。
アドルフは穴の大きさからその金具のだいたいの寸法を予想してそれを部下に告げた。
「おい。六角棒を手に入れろ。あの金具にはまるものだ」
「六角棒ですか? アジトにそんなもんあったかな」
「無けりゃ麓の街で調達してこい。急げ。それから2人はここに残れ。ここに罠を張る。ここは絶対に赤毛の女を助けた奴らが通る道だ」
そう言うとアドルフはニヤリと笑い、その目に冷酷な光を宿す。
命じられた部下の1人は急ぎ足で、分岐点に付けた目印を頼りに来た道を戻っていった。
それを見届けるとアドルフは他の部下に命じる。
「さあ、罠の準備だ。連中を穴蔵から引きずり出すぞ」
アドルフの命令に部下たちは即座に動き出す。
逃げる者たちを悪意の足音は確実に追い詰めていくのだった。




