表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/61

第23話 『発想の転換』

 昼時に差し掛かっていた。


「ああっ! くそっ!」


 ネルは谷底に落ちていく矢を見て、すぐに次の矢をつがえようとした。

 しかし弓弦ゆんづるが元気を失くしているのを感じ取り、それを断念して苛立いらだちの声を上げる。


「チッ。もうヘタってきやがった」


 すでに朝から200本以上の矢を放っているため、弓弦ゆんづるいたみ始めているのだ。

 なわ金輪かなわ付きの重い鉄の矢を目一杯の力で放ち続けたため、普段よりも弓弦ゆんづるいたみが早い。

 ネルはたび重なる射撃で疲れた手で弓弦ゆんづるを外した。

 そして新たな麻のつるを弓に張ろうとする。

 だが、そこで彼女は手を止めた。


 ネルの頭の中でこの作業に成功する絵が描けなくなっている。

 これまでの人生で彼女の頭の中には矢が的に命中するイメージは常にあった。

 そんなネルでもこの作業の成功を想像できなくなっている。

 苦悩を表すようにネルの眉間みけんには深いしわが刻まれていた。

 そんな様子の彼女を気遣きづかうようにナサニエルは声をかける。


「ネル。昼食にしよう。休憩だ」

「……チッ。分かった」


 ネルはつるを失った状態の鉄の弓を手に、ナサニエルと共に作業小屋へと戻った。

 ナサニエルはすぐに手を洗うと昼食の準備に取り掛かりながら、あれこれとネルに話しかける。

 しかしネルの耳には全く届かない。

 彼女は思考の水底へとしずみ込んでいた。


(……力を込めても射角を調整しても風に乗せても届かない。これが今のアタシの限界なのか?)


 ネルは作業小屋の椅子いすにドカッと腰を下ろすと、ふとつぶやきをらした。


「アタシにブリジットくらいの力があれば……」

「ブリジット? それってもしかしてダニアの金の女王?」


 ネルのつぶやきを聞いたナサニエルは興味深そうにそうたずねる。

 思わずらした言葉をナサニエルに聞かれ、ネルは少々バツが悪そうにうなづいた。

 ネルの故郷であるダニアには2人の女王がいる。

 金の女王ブリジットと銀の女王クローディアだ。

 双璧を成す2人は共にダニアの女たちの頂点に立つ最強の武人たちだ。


 剣を振るえば大地を裂き、槍を突けば山を割り、弓矢を放てば月を落とすとまでうたわれた2人のうち、金の女王ブリジットが矢を放つのを実際に見たことがある。

 常人の力では弓弦ゆんづるを引くことすら叶わぬほどの剛弓ごうきゅうを自在に操り、その矢は数百メートル先を飛ぶ鳥すら易々(やすやす)と射抜いて見せた。

 自分にはとても真似まねできないと思った。

 人間業にんげんわざとは思えぬほどの衝撃的な射撃だった。


「ダニアの女王は2人ともとてつもない武人だって聞いているよ。戦いの女神の血を引いているって」

「まあ、そうだな。あの2人ならこんな作業は1時間で終わるだろうよ」


 そう言いつつネルは小さく息を吐いた。

 逆立ちしてもネルには出来ない芸当だ。

 そもそもの身体能力が段違いなのだ。


 そしてネルの胸に残る金色の髪の友人は金の女王の娘である。

 彼女は女王の血を引き、その超人的な身体能力も受け継いでいた。

 次期女王とならなければならないそのしがらみは欲しくはなかったが、彼女の力は素直にうらやましいとネルは思う。

 だがそれは望んでも仕方のないことだ。

 ネルは頭に浮かぶ友の面影おもかげを消し去る様に頭を振った。


「ネル。お待たせ。食べて精をつけてね」


 ナサニエルが用意した昼食は豪華な羊肉のスープとやわらかな小麦の白パンや新鮮な果実など贅沢ぜいたくなものだったが、せっかくの味も分からないほどネルは食べながら無言で考え続けていた。


(……飛距離を今すぐ伸ばすには……より大きな弓が必要だ。レギンのじいさんに頼めば2メートル級の鉄の大弓をすぐに作れるだろうか。いや……待てよ?)


 ネルはそこであることを思い出し、口に入れたパンを飲み込むひまも惜しんでナサニエルに声をかけた。


「おいナサ。昨日アタシに見せたあの、おまえの作ったヘンテコな樹脂じゅし弓弦ゆんづる、まだ残ってるか?」

「と、とりあえずパンを飲み込んでからしゃべりなよ。あれはまだあるよ。君にコテンパンに言われたから後で捨てようと思っていたんだけど……」


 そう言うとナサニエルは立ち上がり、奥の寝床から特殊樹脂(じゅし)つるを持ってきた。

 飛距離をかせぐために特殊な樹脂じゅしで弾力性を増したその弓弦ゆんづるは、ナサニエルが自作して鉄の弓に張っていた物だ。

 しかしこれでは飛距離が出てもねらいが安定しないとネルに酷評されて弓から外したのだった。


「もしかして……これを使うの? これだと飛距離は出てもねらいが安定しないって君が……」

「ああ。だろうな。だがそもそも届かないんじゃ話にならねえ。発想を変えるぞ。届かせてからねらいを調整する」


 そう言うとネルは茶で口の中の食べ物を全て流し込み、ナサニエルから受け取った弾力強化をした特殊な樹脂じゅしつるを弓に張っていく。

 その弾力性を指で確かめるとネルは口を真一文字に引き結び、立ち上がった。


「よし。やってみるか」

「え? もう始めるの? ろくに休憩していないけど……」

「急いで確かめたい。早く飯を食え。ナサ」


 そう言うネルにナサニエルは目を白黒させて食事を口に詰め込むのだった。


☆☆☆☆☆☆


 ネルは再び2本の杭の間に立つと、鉄の弓に鉄の矢をつがえた。

 そして弓弦ゆんづるをグイッと引いてみる。

 ナサニエルが特殊な樹脂じゅしで作ったそれは麻のつるよりもはるかに弾力性が強く、実際に弓に張った状態で引いてみると違和感が大きい。

 それでもネルは自分の腕を信じて思い切り矢を放った。


 ビンッと強く弾ける音が響き、矢が虚空こくうへと飛んでいく。

 結び付けた矢が谷間ににじをかけるようにを描いた。

 そして……矢は向こう岸の杭の間を通り抜けて、その1メートルほど先の地面に突き立った。

 それを見たナサニエルが両目を見開いて大きな声を上げる。


「と……届いた!」

「喜んでねえでなわを引け。ナサ。外れたんだぞ」


 そう言うネルの言葉にハッとしてナサニエルは急いでなわを引っ張る。

 そうして約80メートル先から鉄の矢を引き寄せると、向こう岸の地面に突き立った鉄の矢のやじりには向こう岸の地面の砂が付着していた。

 ナサニエルは思わず歓喜の表情でネルを見る。


「向こう岸の砂だ。いける……いけるよネル!」


 無邪気むじゃきな様子のナサニエルにネルは肩をすくめながら、今の一射をかえりみる。

 力をそれほど入れずとも飛距離は出た。

 しかも鉄の矢自体の重量かあるためか、射撃の勢いにも思ったほどブレることもなく意外にまっすぐ矢は飛んでくれた。


「まずは第一関門突破だな」


 そう言うとネルは気持ちを新たに午後の挑戦にのぞむのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ