第19話 『凶悪な兄弟』
「兄者。楽しい仕事があると聞いて急いで帰ってきた。ダニアの女は死んでねえだろうな?」
そう言って山賊団の頭目であるデクスターの前に姿を現したのは、デクスターの実弟であるアドルフだった。
「おお。アドルフ。仕事を終えたばかりだってのに悪いな。安心しろ。おまえのために御馳走は生かしてある」
横暴で凶悪なデクスターだが、弟だけには気遣いを見せる。
兄のデクスターと同じく元々はこのシスタリスの軍人だったアドルフ。
それも先陣を切って敵を襲撃する強襲部隊の所属であり、その手にかけた敵の数は100を超える殺しの達人だった。
デクスターの話にアドルフはニヤリと笑う。
「そいつはいい。それでその御馳走の居所は特定できているのかい?」
だが弟の言葉にデクスターは苦い顔を見せる。
「それが逃げられちまってな。この山のどこかに潜伏していることは間違いねえんだが。各所の山道はあらかた部下をやって封鎖している」
「良くねえな。兄者は部下に恵まれていねえ。出来の悪い部下はきちんと教育し直すか、ダメなら殺してしまわねえと」
そう言うとアドルフはニヤついた表情のままデクスターの側近たちに目を向ける。
側近たちはビクッとして一様に背すじを伸ばし、顔を強張らせた。
そのうちの1人が必死に声を絞り出す。
「あ、明日の朝一番でもう一度捜索に当たります。必ず明日中に見つけ出しますので……」
「本当か? じゃあ明日中に見つけられなかったらおまえ、責任を取って死ぬか?」
「そ、それは……」
凍り付いたような顔で言葉を失う側近の男の様子に、デクスターは肩をすくめて弟を嗜める。
「そう脅かしてやるな。どちらにしろおまえが合流してからが狩りの本番なんだ。敵の女は弓の達人というだけじゃなく、ダニアの戦士だけあって身体能力も相当なもんだ。お前の力が必要なんだよ。戦闘だけじゃなく探索も含めてな」
デクスターとアドルフの兄弟はこの山賊団の中で唯一の元軍人であり、残りの者たちは浮浪者や貧農たちが食うに困って集まってきたような者ばかりだ。
それを兄弟が厳しい訓練で一端の賊に鍛え上げたのだ。
だが武器の使い方を覚えて戦闘や略奪が出来るようになっても、探索などの繊細な行動を満足に出来る者はほとんどいない。
比較的仕事の出来る者を側近幹部として何人か選び出し、彼らに部隊の統率を任せているが、なかなか上手くいっていないのが現状だ。
アドルフはニヤケ顔から一転し、不機嫌そうに部下を睨みつける。
「まったく。兄者と俺だけで全員の面倒を見るなんて出来ねえんだ。おまえらは幹部にして他の奴らより少しはいい思いをさせてやってるんだから、その恩に報いるべきだろ」
「はい。面目ない。明日はお頭と兄貴に満足していただけるよう死ぬ気で働きます」
この頭目兄弟から叱責された時はとにかく従順にしている他ないと側近たちは学んでいる。
以前に口答えして、アドルフに文字通り八つ裂きにされて死んだ部下もいた。
「アドルフ。とりあえず朝までゆっくり休め。明日はお楽しみといこうじゃないか」
デクスターはそう言って弟を宥めると、部下たちに命じる。
「明日はアドルフが中心となって捜索のやり直しだ。各所で見張っている奴らに、ネズミ一匹見逃すなと厳しく言っておけ」
山賊たちは夜の間、身を潜めて明日の山狩りの時を待つのだった。
☆☆☆☆☆☆
朝が来た。
ネルがそのことに気付いたのは、小屋の窓から薄く差し込む光が彼女の顔を照らしたからだ。
「……地下にいるのに朝日で目覚めるってのも妙な感じだな」
まだ光は弱く周囲は薄暗い。
夕べはしっかり食べて風呂で体を温め、ぐっすりと眠れたため体の調子は良い。
昨日の筋肉疲労もかなり軽減されている。
「よし。今日もみっちり動けるぞ」
ネルは身を起こすと、甕から柄杓で水を桶に汲んだ。
顔を洗い、歯を磨く。
身支度を終えた時、ちょうど足音が聞こえてきてナサニエルが小屋に顔を出した。
「おはよう。ネル。体調はどう? 朝ご飯にしよう」
「体調はすごぶるいい。飯を食ったらとっとと終わらせるぞ。今日こそは向こうの杭にこいつを通してやる」
そう言うとネルは金輪を手首に通してグルグルと回した。
それを見てナサニエルは笑みを浮かべると、朝食のパンに切れ目を入れてそこにバター、薄く切った牛肉と野菜を挟んで竈の火で炙った。
「そういえば麻弦の替えがないから、先生が食料調達がてら上で取って来てくれたって」
「上? 地上のことか。今は山賊どもがウヨウヨしているんじゃねえのか?」
「大丈夫。先生はこの山のことを知り尽くしているから。それにデクスターの山賊団は50人ほどしかいない。先生は山中に張り巡らされた洞窟の中を移動するから、簡単には見つからないよ」
そう言うとナサニエルは炙り終えた肉野菜入りのパンをいくつか皿に載せ、牛の乳と共にネルに出す。
「あのボンクラ山賊団は軍に討伐されねえのか?」
「デクスターは元軍人なんだ。このシスタリスの。ネルも知っているかもしれないけれど、この国は兵力が少なくて、首都のシスタリアに防衛兵力を集中させているから、各地に駐留している兵力は少ないんだ。だから巡回警備兵団が国内を常に回っているんだけれど、元軍人のデクスターはかつての同僚に金品を渡して、見逃してもらっているって噂だよ」
「ケッ。とんだ小便野郎だな」
ネルの悪態に苦笑しながらナサニエルは話を続ける。
「デクスターは村を襲撃しないから、軍から見逃されているんだ。さすがに村を襲撃されたら軍も黙っていないからね」
そうなればそれなりの規模で兵力が派遣され、デクスターらはあっという間に壊滅に追い込まれるだろう。
「でも奴らは山に迷い込んだ旅人や山の恵みに預かろうとして入り込んだ人には容赦しない。捕まえて金品を奪うだけに留まらず、男女ともに奴隷にされる。強制労働をさせられたり、奴らの……」
それだけ言うとナサニエルは口ごもる。
聞かなくてもネルには分かっていることだ。
女ならば山賊どもによってたかって慰みものにされるだろう。
男は憂さ晴らしのために殴る蹴る、あるいは下っ端の山賊に度胸を付けさせるために試し斬りの的になる。
世の中には悪意が蔓延し、悪人はどこにでもいる。
そんな者たちの暴虐の犠牲となる者たちの末路は決まっているのだ。
それを跳ね返し己の身を守るには力がいる。
「ナサ。アタシには関係ねえが、この先もこの山でこうして過ごすなら、いつか連中に捕まることも覚悟しなきゃならねえぞ。その覚悟があるならアタシは何も言わねえ。まあ、いずれにしろおまえの好きにしな」
「僕は……あんな連中に怯えてこの山から離れたくはないよ。先生から教わりたいことがまだまだ山ほどあるんだ」
そう言うとナサニエルは決然とした表情でネルを見る。
「いつか……僕が財を築くことができたら、この地域を守る私兵団を作りたい。山賊なんて寄せ付けないくらいの強い私兵団を」
「いいんじゃねえか。好きにやりな」
そう言うとネルは朝食をたいらげて立ち上がる。
その目には強い光が宿っていた。
今日こそ必ず難業を成し遂げる。
ネルは鉄の弓を手に、作業の現場へと向かうのだった。




