第99話 風の通り道の、その先へ
草原を抜ける風が、白い髪をふわりと揺らした。
「んー……今日は風が強いね」
白雪は、さっき見つけた窪地の前でしゃがみ込んでいた。
《風渡りの窪地》。
地面が浅くすり鉢状にへこんだ場所で、周囲の草は風に押されるように同じ方向へ傾いている。
その中央には、小さな石がいくつも転がっていた。
「この石、さっきから動いてる気がする」
ひとつ拾い上げてみる。
ただの灰色の小石に見える。けれど、手のひらに乗せていると、微かに震えているような感覚があった。
「……ふむ?」
白雪は石を耳元へ持っていった。
何も聞こえない。
今度は地面に置いてみる。
ころん。
石は風に押されるように転がり、窪地の端で止まった。
「あっ」
白雪は石を追いかけた。
そして、石が止まった場所の地面に、小さな穴が開いていることに気づいた。
「穴だ」
しゃがみ込んで覗き込む。
中は暗く、奥までは見えない。けれど、穴の奥から時折、ひゅうっと風が吹き出している。
「ここから風が出てるのかな?」
白雪は近くに落ちていた細い草を一本拾い、穴の前にかざした。
草の先が、ふわりと揺れる。
右へ、左へ。
一定ではない。
「おお。風がくるくるしてる」
今度は草を穴の中へ少しだけ差し込んでみた。
すると、草がすっと奥へ引き込まれた。
「えっ」
白雪は慌てて草を離す。
草はそのまま穴の中へ吸い込まれていった。
「……持っていかれちゃった」
少しだけ残念そうに穴を見つめる。
けれど、すぐに別のことが気になった。
「中、どうなってるんだろう?」
白雪は両手を地面につき、穴の入り口を覗き込む。
頭が入りそうな大きさではない。
「うーん……」
周囲を見回すと、穴のすぐ横に、手のひらほどの平たい石があった。
白雪はそれを持ち上げ、穴の入り口の横へ置く。
すると、風の流れが少し変わった。
ひゅううう……。
穴の奥から、今度は少し長い風の音が聞こえてくる。
「おおっ!」
白雪は目を輝かせた。
石を少しずらす。
風の音が変わる。
戻す。
また変わる。
「これ、楽しい!」
しばらく石を動かして遊んでいた白雪だったが、ふと、穴の奥から何かが転がってくる音に気づいた。
ころころ……ころん。
小さな青白い粒が、穴から飛び出してきた。
「わっ、何か出てきた!」
拾い上げてみると、透明感のある小さな結晶だった。
《風穴晶粒》
「きらきらしてる!」
白雪は結晶を光にかざした。
その時、穴の奥から再び風が吹き出す。
今度は、白い綿毛のようなものが一緒に飛び出してきた。
ふわふわと宙を漂い、白雪の鼻先をかすめる。
「わっ、ふわふわ!」
白雪は思わず手を伸ばした。
しかし、綿毛は風に乗って逃げていく。
「あっ、待って!」
追いかけて数歩走ったところで、綿毛は地面に落ちた。
白雪が拾おうとすると、地面の草がもぞりと動く。
「ん?」
草の根元から、小さな白い生き物が顔を出した。
丸い体に、小さな耳。
背中には短い毛がふわふわと生えていて、風が吹くたびに毛先が揺れている。
「……かわいい!」
白雪が近づくと、生き物はぴょこんと跳ねて穴の方へ戻っていった。
「待って待って!」
白雪も追いかける。
生き物は穴の前で立ち止まり、白雪を振り返った。
そして、もう一度ぴょこんと跳ねる。
「遊んでくれるの?」
もちろん返事はない。
けれど、白雪にはそう見えた。
白い生き物が穴へ入っていく。
白雪は穴の入り口に手をつき、今度は少し離れた場所にある別の隙間を見つけた。
そちらは、先ほどの穴よりも広い。
「こっちから入れるかな?」
体を横向きにして、そっと入り込む。
狭い通路を少し進むと、内部は思ったよりも広くなっていた。
天井には小さな穴がいくつも開いており、そこから細い光が差し込んでいる。
風はその穴を通り抜け、空間の中をゆるやかに巡っていた。
「わあ……!」
白雪が顔を上げた瞬間、頭上から白い綿毛が降ってきた。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
まるで雪のように、ふわふわと舞い落ちてくる。
「雪みたい!」
白雪は両手を広げた。
綿毛が手のひらに乗る。
そのまま風に押されて、くるりと回った。
「おもしろいなあ」
近くには、小さな白い草が群生していた。
風が吹くたびに、草の先端が同じ方向へ傾き、戻る。
白雪は一本だけ採取してみる。
《風穴綿草》
さらに、草の根元には小さな青い実が落ちていた。
《風穴青実》
「実もあるんだ」
白雪は一つ拾い、少しだけ眺めた。
甘いのかな。
酸っぱいのかな。
それとも、また変な味がするのかな。
「……食べてみようかな」
一瞬だけ迷ったあと、白雪は小さくかじった。
ぱきっ。
「んっ?」
最初はほとんど味がしなかった。
けれど、噛んでいるうちに、口の中にひんやりとした甘さが広がっていく。
「おいしい!」
その直後。
ふわり。
白雪の体が、ほんの少しだけ軽くなった。
「……あれ?」
足元が浮いたような、不思議な感覚。
試しに軽く跳ねてみる。
いつもより、ほんの少しだけ高く跳べた気がした。
「おおっ!」
白雪はもう一度跳ねる。
今度は着地した瞬間、風が背中を押すように吹いた。
「わっ!」
思ったより前へ進んでしまい、白雪は慌てて足を踏ん張った。
「びっくりした……!」
その時、視界の端に通知が表示された。
《味覚》の熟練度が上昇しました。
《風穴青実》を摂取しました。
状態変化:《微風》
「微風?」
白雪は自分の手を見た。
特に変わった様子はない。
けれど、体の周囲を通る風が、少しだけ身近になったような気がした。
「なんだろう。変なの」
さらに、白い生き物が奥へ走っていく。
「あっ、そっちにも行けるの?」
白雪は後を追った。
空間の奥には、低い岩棚があり、その下に小さな風穴が開いていた。
白い生き物は、その穴の前で立ち止まると、ふわりと跳ねて姿を消した。
「えっ、入っちゃった」
白雪も覗き込む。
穴の向こうから、さらさらと砂が流れる音が聞こえた。
その音に合わせるように、足元の小石が微かに揺れている。
「……ここ、まだ続いてる?」
白雪は穴の周囲を確かめた。
すぐ横に、細長い石が挟まっている。
指で押してみると、少しだけ動いた。
ぐっ。
石がずれる。
その瞬間、穴の奥から強い風が吹き出した。
「わっ!」
白雪の髪とマントが大きく揺れる。
風は一度強く吹いたあと、今度は奥へ吸い込まれるように流れ始めた。
そして、岩棚の下に隠れていた小さな通路が、少しずつ姿を現す。
「おおお……!」
白雪は目を輝かせた。
また道が見つかった。
しかも、さっきの白い子が入っていった道だ。
「行ってみよう!」
白雪は迷わず、狭い通路へと体を滑り込ませた。
その先に何があるのか。
イベントの得点になるのか。
そんなことは、今の白雪にはどうでもよかった。
ただ、先が気になる。
それだけだった。
一方、その頃。
黒羽は、根に覆われた小さな部屋の前に立っていた。
部屋の中央には、古びた宝箱がひとつ。
周囲には細い根が何本も伸びており、宝箱の蓋を覆うように絡みついている。
「……ようやく見つけた」
黒羽は周囲を確認した。
根の一本には小さな石が埋め込まれている。
その石を押すと、別の根が動いた。
「やっぱり、連動してるのね」
黒羽は先ほどから見つけた石の位置を思い出し、順番に操作していく。
最後の石を押した瞬間。
ぎぎぎ……。
絡みついていた根が、ゆっくりとほどけ始めた。
そして、宝箱の蓋が少しだけ開く。
「開いた……!」
中には、青緑色の結晶片と、細長い金属片が入っていた。
《根晶の欠片》
《古樹金属片》
黒羽はそれらを確認し、宝箱の底に残された小さな板を手に取った。
そこには、見慣れない紋様が刻まれている。
「まだ続きがあるのね」
黒羽は小さく息を吐き、周囲を見回した。
宝箱を見つけたことで探索は一区切りかと思ったが、壁の根の隙間に、さらに奥へ続く細い通路が見えている。
「……もう少しだけ」
彼女は慎重に通路へ進んでいった。
ユウマは山の斜面を進んでいた。
《岩殻の守り手》を倒した先で見つけた通路は、山の内部へと続いている。
足元には水が流れ、壁には青白い鉱石が点々と埋まっていた。
「ここも、まだ探索されてない場所か……」
ユウマは剣を構えたまま、慎重に進む。
少し先で、水音が大きくなった。
その奥には、広い空洞があるようだった。
「今度は何がいるんだ?」
岩陰から覗き込むと、空洞の中央に大きな水たまりが広がっていた。
その水面が、ゆっくりと揺れる。
やがて、水の中から大きな影が浮かび上がった。
「……またか」
ユウマは剣を握り直す。
探索は、まだ終わりそうになかった。
そして白雪は。
「わああっ!」
狭い通路の先で、風に押し出されるようにして、小さな空間へ転がり込んでいた。
「いたた……」
すぐに起き上がり、周囲を見回す。
そこは、丸い岩に囲まれた小さな空間だった。
天井には細い亀裂があり、そこから風が吹き込んでいる。
床には白い砂が薄く積もり、中央には青白く光る石がひとつ置かれていた。
そして、その石の上に。
さっきの白い生き物が、ちょこんと座っていた。
「いた!」
白雪が近づくと、生き物は耳をぴくりと動かす。
それから、石の上から飛び降りて、白雪の足元をくるりと回った。
「ふふっ。ここがおうちなの?」
生き物は答えず、青白い石の前へ戻っていく。
白雪はその石を覗き込んだ。
表面には、小さな風車のような模様が刻まれている。
そして、石の周囲には細い溝が何本も伸びていた。
「これ、さっきの穴とつながってるのかな?」
白雪が石に触れる。
すると、石が淡く光った。
ひゅううう……。
空間の中を風が巡り始める。
床に積もっていた白い砂が、ふわりと舞い上がった。
白い生き物はその風に乗るように、ぴょんと跳ねる。
「おおっ!」
白雪も真似して跳んでみた。
すると、足元から風が吹き上がり、体がふわりと浮いた。
「わっ、浮いた!」
一瞬だけ、いつもより長く空中に留まる。
しかし、風が弱まると、そのまま落下した。
ぽすん。
「おお……!」
白雪は目を輝かせた。
もう一度跳んでみる。
今度は、風が吹くタイミングに合わせて足を伸ばした。
ふわり。
さっきよりも少し高く浮かぶ。
「楽しい!」
白雪が何度も跳ねていると、視界に新しい通知が表示された。
《風穴綿草》を発見しました。
《風穴青実》を発見しました。
未発見の小規模空間を発見しました。
イベントポイントを獲得しました。
《跳躍》の熟練度が上昇しました。
「おおっ、またポイント!」
白雪は通知を眺めてから、目の前の石を見た。
「これ、もう一回触ったらどうなるんだろう?」
そう言って、再び青白い石に手を伸ばす。
石は淡く光り、風が一度だけ強く吹いた。
白い生き物が、白雪の肩にぴょんと飛び乗る。
「わっ!」
白雪は驚いたあと、嬉しそうに笑った。
「ふふっ。乗ってきた!」
生き物は白雪の肩の上で、ふわふわと毛を揺らしている。
そのまま、しばらく風の中で揺れていた。
やがて生き物は肩から降り、空間の奥にある小さな穴へと入っていった。
「あっ、またどこか行っちゃうの?」
白雪は追いかけようとして、ふと立ち止まった。
「……あれ?」
穴の奥から、今までとは違う音が聞こえてくる。
風の音に混じって、何かがころころと転がる音。
そして、かすかな水音。
白雪は穴の前にしゃがみ込んだ。
「今度は何があるのかな?」
彼女はにっこり笑うと、再び穴の中を覗き込んだ。
イベント2日目は、まだ終わらない。
白雪の寄り道も、まだまだ続きそうだった。




