第100話 小さな水音を追いかけて
「水の音がする……」
白雪は、岩の隙間に開いた小さな穴を覗き込んでいた。
風の音に混じって、奥から聞こえてくる水音。
ぽちゃん。
さらさら……。
ときどき、何かが水面を跳ねるような音も聞こえる。
「お水があるのかな?」
白雪は穴の周囲を確かめた。
人が通るには少し狭い。けれど、体を横向きにすれば入れそうだった。
「よいしょっと」
白いマントが岩に引っかからないように気をつけながら、ゆっくりと中へ進む。
通路は少し下り坂になっていた。
足元には細かな砂が積もり、壁には青白い石がところどころ埋まっている。
「きれいな石だね」
白雪は壁に手を伸ばしかけたが、指先が届く前に、奥から冷たい風が吹いてきた。
その風に、微かな水しぶきが混じっている。
「わっ、冷たい!」
頬に当たった水滴を指で拭う。
そして、もう少しだけ奥へ進んだ。
やがて通路が広がり、小さな水場が姿を現した。
天井から落ちる水が、岩のくぼみに溜まっている。
水面には青白い光が映り、底には丸い石がいくつも沈んでいた。
「わあ……!」
白雪は水辺にしゃがみ込んだ。
水は透き通っていて、底までよく見える。
そのとき、水面がぴくりと揺れた。
「ん?」
小さな影が、水底を横切る。
白雪が目を凝らすと、魚のような生き物が岩陰から顔を出した。
細長い体に、半透明のひれ。
尾の先には小さな青い光が灯っている。
「お魚だ!」
白雪が手を伸ばすと、生き物はすっと水中へ逃げた。
「あっ、待って!」
水面を覗き込む。
魚は少し離れた場所で止まり、こちらを見ているようだった。
白雪が右へ移動すると、魚も右へ泳ぐ。
左へ動くと、魚も左へ。
「ふふっ。ついてくる!」
白雪は指先を水につけた。
ちゃぷ。
すると、魚は指先へ近づいてきた。
そして、水面から小さく顔を出す。
「こんにちは」
もちろん返事はない。
けれど、魚は尾を振って水面に小さな波紋を作った。
「遊びたいの?」
白雪が水面を指でなぞる。
魚はその波紋を追いかけるように泳いだ。
しばらく遊んでいると、魚が突然、水場の奥へ向かって泳ぎ始めた。
「あっ、そっちに行くの?」
白雪は立ち上がり、魚の後を追った。
水場の奥には、岩の隙間から細い水が流れ込んでいる。
魚はその流れに逆らうように泳ぎ、途中にある小さな穴へ入っていった。
「えっ、そこ?」
白雪は穴を覗き込む。
魚の尾の光が、奥でちらりと揺れた。
「……入れるかな?」
穴は狭いが、通路のように奥へ続いている。
白雪は少し考えたあと、近くの岩に手をついた。
「よいしょ」
体を低くして進む。
通路の途中には水が溜まっており、膝下まで浸かる場所もあった。
「冷たっ!」
それでも、白雪は進んでいく。
やがて、魚の尾の光が大きくなった。
その先には、小さな水の空間が広がっていた。
「わあっ!」
水が岩壁を伝って流れ落ちている。
天井の隙間から差し込む光が、水面に揺れる模様を作っていた。
そして、中央には青い石がいくつも並んでいる。
白雪が水辺に近づくと、魚がその石の間を泳ぎ回った。
「ここがお気に入りなのかな?」
水面に手を入れてみる。
すると、指先に何かが触れた。
小さな貝だった。
《水穴小貝》
「貝だ!」
白雪は水をすくわないように、そっと拾い上げた。
さらに水辺を見回すと、岩の隙間に青い葉が生えている。
《水穴青葉》
少し離れた場所には、丸い透明な石もあった。
《水穴水晶片》
「こっちにもいろいろある!」
白雪は水辺を歩きながら、気になったものをいくつか採取した。
そのとき、足元の水が突然、ぐるりと渦を巻いた。
「わっ!」
白雪が一歩下がる。
水の流れが強くなり、中央の青い石の間を勢いよく通り抜けていった。
魚は流れに乗って、くるりと一回転する。
「おおっ、すごい!」
白雪も水の中へ足を入れた。
流れに押され、体が少し横へ動く。
「わわっ!」
慌てて岩に手をつく。
水の流れは思ったより強い。
けれど、魚は楽しそうに泳ぎ回っていた。
「私もできるかな?」
白雪は足元を確かめながら、流れに合わせて一歩踏み出した。
水に押される方向へ体を傾け、流れが弱まった瞬間に足を動かす。
少しずつ、流れに逆らわずに進めるようになってきた。
そのとき、視界に通知が表示された。
《水流歩行》を習得しました。
「おおっ!」
白雪は足元を見た。
「水の中を歩くのが上手になったのかな?」
もう一歩踏み出す。
今度は、さっきよりも安定して歩けた。
「やった!」
その直後、魚が白雪の足元をくるりと回った。
「ふふっ。ありがとう!」
魚は尾を振り、少し奥へ泳いでいく。
その先には、岩の間に挟まった大きな石があった。
水の流れは、その石にぶつかって二手に分かれている。
「これ、動くのかな?」
白雪は石に手をかけた。
ぐっ。
びくともしない。
「うーん……重い」
両手を使って押してみる。
少しだけ動いた。
その瞬間、石の下から水が勢いよく流れ出した。
「わっ!」
水しぶきが白雪の顔にかかる。
そして、石の下から小さな青い実が転がり出てきた。
ころん。
「実?」
白雪は拾い上げた。
《水穴青実》
「また実があった!」
白雪はそれを眺めた。
表面はつるつるしていて、青い水滴のような模様がある。
「これも食べられるのかな?」
少しだけ匂いを嗅ぐ。
甘い香りがした。
「……おいしそう」
白雪は小さくかじった。
ぷちっ。
「んんっ?」
口の中に、甘さと一緒に強い酸味が広がった。
「すっぱ!」
思わず目を細める。
その直後、舌が少しだけしびれた。
「えっ?」
白雪は慌てて口元を押さえた。
舌先がぴりぴりする。
「な、なにこれ!?」
状態変化:《舌のしびれ》
「しびれた!?」
白雪は急いでアイテム欄を開いた。
状態異常回復薬を取り出し、慌てて飲む。
ごくん。
しばらくすると、舌のしびれが少しずつ消えていった。
「はぁ……びっくりした」
白雪は手に残った青実を見つめる。
「おいしかったけど、しびれるんだ……」
そして、視界に通知が表示された。
《味覚》の熟練度が上昇しました。
《水穴青実》による状態変化を確認しました。
《麻痺耐性》の熟練度が上昇しました。
「……あっ、これ麻痺するんだった!!」
白雪は少しだけ考え込んだ。
もちろん、初めて食べた実だ。
麻痺することを知っていたわけではない。
「でも、味はおいしかったなあ」
残った実をアイテム欄にしまう。
また食べるかどうかは、そのとき考えればいい。
白雪は水場の中央へ戻った。
すると、魚が青い石の上に乗っている。
その周囲には、小さな泡がいくつも浮かんでいた。
「泡?」
白雪が近づくと、魚は尾を振った。
ぽこぽこぽこ。
泡が水面へ上がっていく。
白雪はその泡を指でつついた。
ぷにっ。
泡は弾けず、少しだけ形を変えて揺れた。
「おおっ、触れる!」
もう一度つつく。
今度は指先にくっついて、ふわふわと浮かび上がった。
「わっ、ついてきた!」
白雪が手を動かすと、泡も一緒に動く。
くるり。
ふわり。
ぽんっ。
最後には、白雪の指先で弾けた。
「楽しい!」
白雪は魚の周りに浮かぶ泡を、ひとつずつ指でつついて遊び始めた。
しばらくすると、通知が表示された。
《泡操作》の熟練度が上昇しました。
「泡を動かすのも上手になったのかな?」
白雪は両手を水面に近づける。
魚が尾を振ると、また泡が浮かび上がった。
今度は少し大きな泡だった。
白雪が指を近づけると、泡はふわりと逃げていく。
「あっ、逃げた!」
白雪は泡を追いかけた。
水辺を一周して、岩の上へ。
そして、泡が岩の隙間に引っかかった瞬間。
ぽんっ。
弾けた泡の中から、小さな青い粒が落ちてきた。
「何か出てきた!」
拾い上げると、透明な粒の中に青い光が閉じ込められている。
《泡水晶粒》
「きらきら!」
白雪は嬉しそうにアイテム欄へしまった。
そのとき、イベント通知が表示された。
未発見の水辺空間を発見しました。
未登録の水棲生物を発見しました。
イベントポイントを獲得しました。
「おおっ、またポイント!」
白雪は通知を見て、満足そうに頷いた。
けれど、すぐに魚の方へ視線を戻す。
魚は水面から顔を出し、白雪を見ているようだった。
「もう帰るの?」
魚は尾を一度だけ振った。
そのまま、青い石の隙間へ泳いでいく。
「またね!」
白雪は手を振った。
そして、水辺に残っていた小さな石をひとつ拾い上げる。
《水穴丸石》
「これも持って帰ろう」
アイテム欄へしまい、来た道を振り返る。
「そろそろ戻ろうかな」
さすがに、イベント中ずっと水の中にいるわけにもいかない。
白雪は狭い通路を戻り、最初の小さな水場へと出た。
そこから岩の隙間を抜け、草原へ戻る。
空を見上げると、まだ日差しは高い。
イベント2日目は、まだ続いている。
「次はどこに行こうかな」
白雪は草原を見回した。
少し離れた場所で、白いものがひらひらと揺れている。
「……あれ?」
風に飛ばされた布のようにも見える。
白雪は目を細めた。
そして、ゆっくりとそちらへ歩き始める。
「なんだろう?」
また、新しい寄り道が始まりそうだった。




