第98話 風に揺れる草原の小道
イベント二日目。
休憩エリアから再び草原へ転送された白雪は、辺りを見回していた。
「今日はどこへ行こうかなぁ」
昨日見つけた《水音の隠れ場》には、まだ気になる場所がある。
《水葉モチ》にも、もう一度会ってみたい。
けれど、同じ場所ばかり探索するのも少しもったいない気がした。
「うーん……」
白雪は草原の向こうを眺める。
すると、遠くで草が一方向に倒れているのが見えた。
「あれ?」
風が吹いているのかと思ったが、周囲の草はほとんど揺れていない。
倒れている草だけが、細長い道のように続いていた。
「道かな?」
白雪はそちらへ歩き始めた。
近づくにつれて、草が倒れている範囲がはっきりしてくる。
まるで、何かが何度も同じ場所を通ったようだった。
「誰かが通った跡?」
白雪はしゃがみ込み、草の先を触ってみた。
折れているわけではない。
根元からきれいに横へ傾いている。
そのとき、草の向こうから小さな音が聞こえた。
サラサラ……。
「ん?」
白雪は顔を上げる。
少し先で、草がまとめて揺れた。
「何かいる!」
白雪は足音を立てないように近づいた。
草の隙間から覗くと、そこには小さな生き物がいた。
丸い身体に、細長い耳。
背中には、薄い緑色の葉のような毛が生えている。
その生き物は、地面に身体を伏せていた。
そして、耳をぴんと立てると、突然走り出した。
「わっ、速い!」
白雪も反射的に追いかける。
生き物は草を倒しながら進んでいく。
その後ろを白雪が走る。
ぴょんっ。
生き物が跳ねる。
白雪も跳ねる。
草の間を抜け、低い岩を飛び越え、少しずつ距離を詰めていく。
「待ってー!」
生き物は振り返ることなく走り続けた。
やがて、草が急に途切れた。
そこには、細長い窪みがあった。
白雪は勢いを落とし、窪みの前で止まる。
「わぁ……」
窪みは、草原を横切るように続いていた。
深さはそれほどないが、底には細かな砂が敷き詰められている。
両側には背の高い草が生え、風が通り抜けるたびに葉が揺れていた。
さっきの生き物は、その窪みの中で立ち止まっている。
「ここが住んでるところなのかな?」
白雪が近づくと、生き物は耳を揺らした。
そのまま窪みの底へ走っていく。
「また行っちゃった!」
白雪は窪みの中へ入った。
地面は柔らかく、歩くたびに砂が少し沈む。
窪みの両側には、細い草の根が伸びていた。
白雪が手を伸ばすと、根が風に合わせて揺れた。
「不思議な草だね」
そのとき、窪みの奥から強い風が吹いた。
サアアアッ!
白雪の髪が後ろへ流れる。
草が一斉に揺れ、砂が舞い上がった。
「わっ、風が強い!」
白雪は目を細めた。
風は窪みの中を通り抜け、奥へ向かって流れている。
まるで、風の通り道になっているようだった。
白雪は風に押されるように、少しだけ前へ進んでみた。
すると、身体が軽くなった。
「お?」
もう一歩。
今度は足元がふわりと浮くような感覚があった。
「わぁ、何これ!」
白雪は軽く跳ねてみる。
いつもより少し高く跳べた。
着地すると、風が身体を支えるように吹き抜ける。
「面白い!」
白雪は何度か跳んでみた。
今度は少しだけ勢いをつけて跳ぶ。
風が背中を押し、いつもより遠くまで身体が進んだ。
「おおっ!」
そのまま着地しようとすると、足元から風が吹き上がる。
身体がふわりと浮き、着地の衝撃が和らいだ。
<システムメッセージ>
スキル《風路歩行》を習得しました。
「えっ、スキル?」
白雪は表示を確認した。
「風の道を歩く……?」
もう一度、窪みの中で跳んでみる。
風に乗るように、身体が少しだけ前へ進む。
「なるほど!」
白雪は楽しそうに何度も跳ねた。
その様子を、窪みの奥にいた生き物がじっと見ていた。
「君もやる?」
白雪が声をかけると、生き物はぴょんっと跳ねた。
そして、風に乗るように長く滑空する。
「すごい!」
生き物は窪みの端に着地すると、再び走り出した。
白雪も後を追う。
窪みの奥には、小さな草の塊があった。
その周囲には、白い羽根のような葉がたくさん落ちている。
「これ、羽根?」
拾い上げると、植物の葉だった。
薄く、軽く、風に揺れるたびに羽ばたくように動く。
<システムメッセージ>
《風羽葉》を入手しました。
「本当に羽根みたい!」
白雪は葉を手のひらに乗せた。
すると、風が吹いて葉がふわりと浮かび上がる。
「あっ!」
葉は白雪の頭の上を越え、窪みの外へ飛んでいった。
「待ってー!」
白雪は慌てて追いかけた。
その後ろで、小さな生き物が耳を揺らしていた。
<システムメッセージ>
未発見の生物を発見しました。
《風耳ラット》の発見ポイントを獲得しました。
未発見の地形を発見しました。
《風渡りの窪地》の発見ポイントを獲得しました。
「風耳ラット!」
白雪は名前を確認した。
「さっきの子、そんな名前だったんだ!」
風耳ラットは窪地の草の中へ戻っていった。
白雪はその姿を見送る。
「またね!」
そして、飛んでいった風羽葉を拾い上げた。
「……あれ?」
その先に、細い道が続いているのが見えた。
風が吹くたび、草が左右へ倒れて道を作る。
白雪は少しだけ考えた。
「こっちも気になるなぁ」
結局、今日も予定は決まらないままだった。
北の森林。
黒羽は円形の広間で、石板の位置を調整していた。
壁の刻印には、枝が三方向へ伸びる模様。
床の石板にも、それぞれ異なる枝の模様が描かれている。
「枝の向きを合わせる……?」
黒羽は石板を一つ動かした。
カチッ。
床の一部が淡く光る。
次に、別の石板を回転させる。
カチッ。
今度は中央の根柱がわずかに揺れた。
「これで反応するのね」
黒羽は石板を一つずつ調整した。
ただし、正しい配置に近づくほど、床の根が動いて足元を妨害してくる。
「なるほど。簡単には解かせてくれないわけね」
黒羽は足元の根を避けながら、最後の石板を動かした。
カチッ。
その瞬間、中央の根柱が大きく開いた。
中から、緑色の光が溢れ出す。
「……成功した?」
黒羽は短剣を構えたまま、光の奥を確認した。
そこには、根で覆われた小さな宝箱が置かれていた。
山岳地帯。
ユウマは《山水岩亀》の攻撃を避けながら、脚の付け根にある青い結晶を狙っていた。
岩亀が水場へ戻ろうとする。
「逃がすか!」
ユウマは一気に踏み込み、剣を振るった。
ガキンッ!
青い結晶に亀裂が入る。
岩亀は大きく身体を揺らし、水しぶきを上げた。
「あと一撃……!」
ユウマは相手の動きを見極める。
岩亀が身体を反転させた瞬間、甲羅の横へ回り込んだ。
そして、剣を突き出す。
パキンッ!
青い結晶が砕けた。
岩亀は短く鳴き、ゆっくりと水面へ沈んでいく。
<システムメッセージ>
《山水岩亀》を討伐しました。
《山水岩亀の甲片》を入手しました。
《水晶甲羅の欠片》を入手しました。
「よし!」
ユウマは剣を下ろした。
水場の奥にあった岩の通路が、ゆっくりと開き始める。
「ここも先へ進めるのか」
ユウマは周囲を警戒しながら、開いた通路を覗き込んだ。
奥からは、冷たい風が吹いている。
「まだ何かありそうだな」
ユウマは一度だけ水場を振り返り、それから通路へ進んでいった。
イベント専用の休憩エリア。
白雪は一度戻り、アイテム欄を確認していた。
「今日もいろいろあったなぁ」
《風羽葉》を取り出し、手のひらに乗せる。
軽く息を吹きかけると、葉がふわりと浮いた。
「おおっ!」
白雪はその葉を追いかけ、ベンチの周りを一周した。
周囲にいた参加者が、少し不思議そうにこちらを見る。
「……あの子、何してるんだ?」
「さあ……」
白雪はそんな視線に気づかず、葉を捕まえて嬉しそうに笑った。
そのとき、イベント画面に途中経過の通知が表示された。
<システムメッセージ>
《未知なる大地の探索祭》
第2日目 途中経過ランキング
1位 白雪
2位 黒羽
3位 レイ
4位 ユウマ
5位 セツナ
「まだ変わってないね!」
白雪は順位を確認すると、すぐに画面を閉じた。
「次はどこへ行こうかなぁ」
明日もまだ探索できる。
そう思うと、白雪の胸はわくわくしていた。
イベント二日目は、まだ終わらない。




