第91話 夕暮れの強敵と草原の寄り道
夕暮れの草原。
白雪は《鳴石の空洞》から外へ出ると、空を見上げた。
「もうこんな時間なんだ」
空は橙色から紫色へと変わり始めている。
イベント初日も、そろそろ終わりが近い。
白雪は一度、イベント画面を開いてみた。
<システムメッセージ>
《未知なる大地の探索祭》
第1日目 残り時間:まもなく終了
現在の個人ランキングが更新されました。
白雪は表示された順位を眺める。
「ふーん……」
自分の順位が上の方にあることは分かったが、特に気にする様子もない。
「まだ時間あるね!」
そう言って画面を閉じた。
帰るには少し早い。
白雪は周囲を見回した。
すると、少し離れた場所で草が揺れているのが見えた。
「ん?」
風で揺れているのとは違う。
草の根元を何かが移動しているようだった。
白雪はそちらへ近づいていく。
草をかき分けて覗き込むと、小さな茶色の生き物が地面を掘っていた。
丸い身体に短い前足。
背中には、土のような色をした硬い毛が生えている。
「モグラ……?」
その生き物は、白雪に気づくと顔を上げた。
鼻先をひくひくさせたあと、再び地面を掘り始める。
「何を探してるの?」
白雪はしゃがみ込んで、その様子を眺めた。
生き物が掘った場所には、小さな穴ができている。
その穴から、白い粒が一つ転がり出てきた。
「あっ、何か出てきた!」
白雪が拾い上げる。
<システムメッセージ>
《土白の粒》を入手しました。
「白い石?」
指で転がしてみる。
石というより、少し硬い木の実のような感触だった。
白雪は鼻を近づける。
土の匂いがする。
「……食べられるのかな?」
少し考える。
先ほどの生き物が、また地面を掘り始めた。
白雪はその様子を見てから、手元の粒を眺めた。
「ちょっとだけ!」
小さくかじってみる。
カリッ。
「……ん?」
味はほとんどない。
少しだけ土の香りがして、噛んでいるうちにほのかな甘みが出てきた。
「おお、意外とおいしい!」
その直後、白雪の視界に通知が表示された。
<システムメッセージ>
《土白の粒》を入手しました。
《味覚》の熟練度が上昇しました。
白雪は残りの粒をアイテム欄へしまった。
すると、モグラのような生き物が白雪の足元へ近づいてきた。
そして、彼女の靴を前足でちょんちょんと叩く。
「どうしたの?」
生き物は少し離れた場所へ移動し、地面を掘り始めた。
白雪もついていく。
そこには、地面に沿って細い溝が伸びていた。
生き物が掘った跡らしい。
溝の先には、小さな盛り上がりがある。
「ここに何かあるのかな?」
白雪が手で土を払うと、丸い石が顔を出した。
その石には、細い穴がいくつも開いている。
風が吹くと、穴を通り抜けて小さな音が鳴った。
ピィ……。
「わっ!」
白雪は石を持ち上げた。
もう一度、風が吹く。
ピィィ……。
「笛みたい!」
白雪は石を持ったまま、風の向きに合わせて角度を変えてみた。
音が少しずつ変わる。
ピィ、ピィ……。
「面白い!」
しばらく音を鳴らして遊んでいると、地面の下から小さな振動が伝わってきた。
モグラのような生き物が、白雪の足元を掘り進んでいる。
「あっ、そっちはどこに行くの?」
白雪が追いかけようとしたとき、地面が少し崩れた。
「わっ!」
足元が沈み、白雪は慌てて横へ跳んだ。
土が崩れた場所には、小さな空洞ができていた。
中には、白い根のようなものが何本も伸びている。
「穴ができちゃった……」
白雪はしゃがみ込んで覗き込む。
空洞の奥から、ひんやりした風が吹いてきた。
「……また穴だ」
今日だけで何度穴を見つけたのだろう。
白雪は少し笑うと、空洞の周囲を確認した。
けれど、奥は暗い。
今から入るには少し遅い。
「うーん、ここも明日にしようかな」
白雪は地面の位置を覚えてから立ち上がった。
モグラのような生き物は、いつの間にか別の場所へ移動していた。
「またねー!」
白雪は手を振り、草原の開けた場所へ戻っていった。
北の森林。
黒羽は《根守り》の動きを見極めていた。
相手の攻撃は、正面からの突進と枝のような角を使った薙ぎ払い。
一撃は重いが、動きそのものは読みやすい。
「なら……」
黒羽はあえて相手の正面へ踏み込んだ。
根守りが角を振り上げる。
その瞬間、黒羽は身体を低くして攻撃をくぐり抜けた。
短剣が、相手の前脚の付け根を切り裂く。
ギィッ!
根守りが鳴き声を上げ、後ろへ跳んだ。
「そこが弱点ね」
黒羽は追撃せず、距離を取る。
すると根守りの足元から、細い根が伸びてきた。
「っ!」
黒羽はすぐに横へ跳んだ。
根が地面を走り、足首を狙ってくる。
一度避けても、別の根が追いかけてくる。
「本体だけ見ていても駄目か……」
黒羽は周囲の床を確認した。
根が伸びてくる場所には、先ほど罠があった床と同じ模様が浮かんでいる。
「床の模様が予兆になっているのね」
黒羽は根の動きを誘いながら、少しずつ位置を変えた。
根守りが再び突進する。
黒羽は横へ避け、相手の身体が床の模様を踏んだ瞬間に後ろへ回り込んだ。
短剣が、背中の根の隙間へ突き刺さる。
ギャッ!
根守りの身体が大きく揺れた。
黒羽は短剣を引き抜き、さらに距離を取る。
数秒後、根守りは力を失い、地面へ崩れ落ちた。
<システムメッセージ>
《根守り》を討伐しました。
《根守りの枝角》を入手しました。
《根皮の欠片》を入手しました。
「ふぅ……」
黒羽は短剣を下ろした。
その直後、広間の奥にある木の根がゆっくりと動き始めた。
根が左右へ開く。
その先には、小さな石の台座があった。
中央には、淡い緑色の結晶が置かれている。
「……まだ何かあるのね」
黒羽は周囲を警戒しながら、台座へ近づいていった。
山岳地帯。
ユウマは《岩殻の守り手》と向き合っていた。
巨大な腕が振り下ろされる。
ユウマは横へ走り、攻撃を避けた。
ドォン!
岩が砕け、地面に大きな穴が開く。
「一発でもまともに受けたら危ないな……!」
ユウマは距離を取りながら、相手の身体を観察する。
岩殻の表面は硬い。
通常の斬撃では、大きなダメージを与えにくい。
しかし、身体のあちこちに埋まった銀色の鉱石が、攻撃のたびにわずかに光っていた。
「鉱石が弱点か?」
ユウマは一度、足元の小石を拾った。
そして、相手の顔へ投げつける。
カンッ!
岩殻の守り手が反応し、頭を動かした。
その瞬間、胸元の銀色の鉱石が露出する。
「そこか!」
ユウマは一気に踏み込んだ。
剣を振り抜く。
ガキンッ!
刃が鉱石に当たった。
硬い音が響き、ユウマの腕に衝撃が伝わる。
「くっ……硬い!」
それでも、鉱石の表面には小さな亀裂が入っていた。
岩殻の守り手が大きく腕を振る。
ユウマはすぐに後ろへ跳び、距離を取った。
「何度か当てれば割れるか……!」
ユウマは呼吸を整え、次の攻撃に備える。
岩殻の守り手が再び動き出した。
やがて、草原の空はすっかり暗くなり始めた。
白雪は草原の開けた場所で、最後にもう一度だけ周囲を見回していた。
「今日はいっぱい見つけたね!」
白い綿毛の窪地。
鳴石の空洞。
土の中を掘る小さな生き物。
どれも面白かった。
イベントの順位は、まだ確認していない。
けれど、今日見つけたものを思い返すだけで、白雪の顔は自然と笑顔になった。
「明日も楽しみ!」
そのとき、空に大きな光の文字が浮かび上がった。
<システムメッセージ>
《未知なる大地の探索祭》
第1日目の終了が近づいています。
参加者は安全な場所で待機してください。
「もう終わりなんだ!」
白雪は少し名残惜しそうに草原を見渡した。
まだ気になる場所はある。
けれど、明日も探索できる。
「じゃあ、今日は帰ろう!」
白雪は帰還地点へ向かって歩き始めた。
その頃、黒羽は根の広間で見つけた結晶の前に立ち、ユウマは岩殻の守り手との戦闘を続けていた。
イベント初日。
三人それぞれの探索は、まもなく一区切りを迎えようとしていた。




